第五章 ③否の女社長・コウメ(餓鬼)

 美魔女のサロンオーナー・コウメがテレビ出演していた。

 連日の雑誌取材やネット広告によって知名度は抜群だ。行く先々でチヤホヤされ、もてはやされる。そんな日常がいつしか無論アブヴィ当然アスリィになっていた。

 そうして本性があらわになる。コウメは良からぬ方向に変貌を遂げていた。女王気取りの独善的経営者になっていた。


 陰険なサロンスタッフたちは女社長の陰口を叩く。ひそひそ、陰で笑う。

 ……高慢こうまんちきで、高飛車たかびしゃで、上から目線で、いけ好かない自己チュー・オバサン! 全身整形人間、厚化粧ババア! そうしんエステと美容サプリに大金をつぎ込んだ改造人間! ムカつく、嫌い、大嫌い! 

 しかしながら女社長のご機嫌取りは通常業務の一環だ。コウメにびて取り入ることは最重要課題だ。なぜなら気に入られれば給料は格段に上がる。立ち(ポジ)位置ションは保証されて優遇されるのだ。

 今や全国展開となった各サロンを仕切るのは女社長の取り巻きメンバーだ。気に入られたスタッフは幹部に抜擢ばってきされて特別待遇を受けている。

 幹部スタッフの過剰称賛は罪深いほど見事だ。コウメの強すぎる承認欲求を満たすだけの話術わじゅつが備わっている。

 だから皆、幹部を真似マネする。お世辞を駆使くしして、愛想笑いを貼り付けてへつらう。いそししむのはポジション獲得競争だ。

 いつの間にか女社長のご機嫌取りが最優先事項になっていた。日々が打算にまみれる。スタッフ同士は足を引っ張り合う。ひずみや亀裂が深くなる。

 顧客対応は粗忽そこつになって二の次になった。ぞんざいに扱われた顧客は不快感を募らせる。

 途端に悪評が渦巻いた。


 コウメの金銭感覚は完全崩壊していた。地獄の餓鬼がきの如くに満たされる感覚がなくなっていた。過剰に美を追求し、ぜいを極める。あれもこれも欲しくてたまらない。欲心が抑えられずに我慢ができない。

 そうして、収益をひたすら優先する方針にシフトチェンジを決めた。価格改定を独断決行する。サロンの入会金と基本施術料金を大幅に引き上げた。美容サプリや化粧品価格を派手に値上げした。

 行き過ぎた値上げの影響で客離れが止まらない。収益減少によりスタッフの給料は下がった。幹部との待遇格差から不満が噴出する。派閥はばつ争いから軋轢あつれきが生じる。険悪な人間関係はスペシャリストの集団離職を招いてしまった。

 技術者が不足して苦情が相次ぐ。ネットのレビューは惨憺さんたんたる有様だ。経営にはほころびが生じていた。


 しかしコウメは酷評こくひょうされる現実から逃避して目をそむけた。不埒ふらち慣習かんしゅうを病的に繰り返してぎょ歓楽よくふけった。

 セレブとハイスペック限定のパーティを夜毎よごとに開いて豪遊する。しのホストに高級車を買い与える。高級シャンパンを飲み干す。貢ぐ、貢ぐ、貢ぐ。

 ブランド品や宝飾品を買い漁る。周囲にひけらかして自慢気にインスタ投稿する。

 徹底的に容姿を磨く。さらなる美を追求する。原型を留めないほど整形を重ねた。


 羨望せんぼうまとになるほど快感が増す。砂漠のように枯渇こかつした肉体は欲望にまみれてすさむ。

 経営悪化や人間関係の亀裂の広がりを認識しつつも傲慢女王は改悛かいしゅんできなかった。

 不協和音が響く。リズムが乱れる。龍使い・凛花の言葉をかろんじる。そうして遂に、……忘れた。


 所沢市・緑町。

 コウメは西武新宿線・新所沢駅に下車した。記憶を辿って西口改札を通り抜ける。裏路地を迷いながら歩き回った。

 そうしてようやく『赤煉瓦ベル』に辿り着いた。建物の前にひとり立ち尽くして待ち伏せる。龍使いとの『再会』をこころみた。

 ……切望する欲念が抑え切れない! 龍使いに頼み込んで願いを叶えてもらいたい!


 ヒューン………………、最大値だったリズムが急落した。

 黄金龍王の『』の采配は『いな』に転じた。 

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