第二十章 ②岩の上堂の宇音(ウオン)

 奥秩父・三峯神社。

 背の上に凜花を乗せたコン太は本殿の上空を飛び越えた。気づけば小高い丘の上だった。

 そこには巨大な日本武尊やまとたけるの銅像が右手を高くかかげて勇壮にそびえ立っていた。

 日本武尊像どうぞう裏の影に桜色のベンチが隠されていた。

 「ここが良いわね」

 ノアがブランチポイントを決定した。

 凛花は桜色のベンチの下に特大レジャーシートを広げてリュックを置く。四人はぺたり、座り込んだ。

 

 矢庭やにわにコン太がイレーズに話しかける。

 「そうだ! イレーズ、聞いてくれよ! 実はおいら『わらし』に呼ばれてさ。おとといの夕方『秩父札所二十番』に立ち寄ったんだよ」

 「ああ、『宇音ウオン』か。元気だった?」

 「うんうん! 相談があるって言われてさあ」

 「ふうん。それで? 宇音ウオンは何て?」

 「札所二十番はかなり歴史の長い霊場なんだけどさ。江戸時代初期に『内田家』が私財を投じて『観音堂』を造営してから今もずっと守り続けてくれているんだ」

 「確か、個人宅だったよね?」

 「そうそう。観音堂の後ろの高台には熊野くまの権現社ごんげんが鎮座していてさ。観音堂では平安時代のものとされる『聖観音菩薩像』が大切に保護プロテク管理ションされているんだよ」

 「うん。それで?」

 「そもそも『内田家』は住職じゃないから『檀家だんかシステム』がないんだよ。だから数百年も観音堂を守り続けるのは至難しなんわざだったはずなんだ。だから近隣をはじめ多くの人の勧募や力添えをいただきながらさ。ときには私財を投じたりしてさ。長きに渡って先祖代々が残してきたってわけ。内田家がいなかったら『観音様』は残っていなかったかもしれないのさ」

 「それは並々ならないね」

 「それでさ、宇音は内田家にとても感謝していてさ。御礼がしたいんだって」

 「うん」

 「それでおいら、真剣に考えたんだけどさ! あらたに『御朱印ごしゅいん』を作ってもらったらどうかなって! 『札所二十番』に参詣さんけいに来てくれる人が増えたら宇音ウオンも喜ぶしさ」

 「なるほどね」

 「そしたらさ、九頭龍神と宇音ウオンを連想させる御朱印が良いと思うんだよねえ?」

 「うん、いいかもね」

 「イレーズは許可してくれるかい?」

 「内田家当主と相談してみなよ。当主が良しとしたら進めればいい」

 「やった! 宇音ウオン、よろこぶぞ! 龍神の御朱印って、かっこいいよねえ?」

 「ま、そうだね。天界とのえにしができる『コン太&宇音御朱印』が実現するといいね」

 

 凛花が質問する。

 「宇音ウオンさんって? コン太のお友達?」

 コン太が大きくうなずく。

 「そう! 宇音は『座敷ざしきわらし』なんだ。『宇宙(天界)のおと』が聴こえるから『宇音ウオン』って名付けられたらしいよ」

 「わあ! 素敵な由来だね」

 「イヒヒ! 宇音は一見すると幼い子供に見える。しかしてその正体は……! ジャカジャンッ! ……(コショコショ)、かもだよ? 内田家個人所有の観音堂には御本尊の『聖観世音菩薩』が安置されているのさ」

 「……うわあっ、すごい! じゃあ、コン太と宇音さんの『御朱印』がいただけることになったら『秩父三十四観音札所めぐり』に是非とも行こうね!」

 「イヒヒ! そうしよう。岩の上堂は荒川の川岸の崖の上にあるんだ。昔は橋が無かったから『渡し船』で荒川あらかわを渡ってさ。それから急な石段をのぼって参詣さんけいしていたらしい」

 「わあ! 渡し船? レトロで素敵だね」

 「とは言え今は立派な『秩父橋』がかっているからりく続きで行ける。だから現在は橋を渡って丘に登ってから石段をくだって参詣するんだよ」

 「そうなんだ。札所二十番は出雲いず大社みたいにくだり参道なんだね」

 「観音堂の扉の裏には日天、月天、風神、雷神と観音三十三応おうしんの彫刻がほどこされている。ちなみに七福神の『布袋ほていそん』の大きな袋の中には多くの『宝物』と『風神・雷神』が入っているって言い伝えがあるんだ」

 「そうなんだ! そういえば出雲で仲良くなった『まん丸お爺さん』は笑顔が可愛くって『布袋ほていさま』みたいだったなあ」

 「イヒヒッ! そりゃあそうだろうねえ? おいらも『王の化身けしん』に会ってみたかったよ」

 「うん! 私もまた会いたいなあ……」

 

 「あっ、そうだ! これ食べるかい?」

 コン太が薄紫色の個包装のお菓子を取り出した。

 「宇音ウオンがオススメ! っていう名産菓子をくれたんだよ。『オガノコイシ』だってさ。ふたつしかないけど」

 「もちろん食べるっ! やったあ」 

 凛花は薄紫色の封を開けてノアと半分こにした。

 「わ! 素朴な甘さで美味しい! 間違いなく秩父の名物菓子だねっ」

 「あら、ほんと! 和洋わよう折衷せっちゅうなのね。いいわね」

 コン太は瞳を潤ませて上目遣うわめづかいをした。

 「なあ、イレーズゥ……。おいらたちも半分こ、しよっか? イヒッ?」

 「…………。俺は、いい」

 「じゃあっ、遠慮なく! いっただきまーす! ムグムグ。おおっ、ふんまい(美味い)!」

 

 「イレーズさんは甘いものは食べないのですか?」

 ふと気になった凛花が問いかける。

 「イレーズのいる『兜率天とそつてん』は欲界とはいえども色界に近いんだよ」

 なぜかコン太が饒舌に答えるのだった。

 「だから人間の五大欲求(財欲・名誉欲・睡眠欲・淫欲・食欲)がほとんど無いんだ。その中でも特に食欲と淫欲は極めて薄いんだ。だから基本的に食事はらないのさ」

 「そうなんだ……」

 「それに兜率天は無尽蔵むじんぞうだからねえ……。求めずとも得られ、願わなくても叶う。すべてが満たされてしまうからほっするものなんて何もない。腹も空かないしのども乾かない。ま、『極等万能祭司四人衆』は水分(酒)は浴びるほど飲むらしいけどねえ?」

 イレーズはため息まじりに肩をすぼめる。

 「ま、俺たちの『時間軸』は気が遠くなるほど長いからさ。酔わない酒を飲むのは単なる暇つぶしの余興よきょうだよ」

 「そうなのですか……」

 凛花にとっては遠い世界の不思議な話だった。

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