第二十章 ①三峯神社での再会

 赤煉瓦ベル。

 夕食を終えた。里芋と長ネギたっぷりのけんちん汁とワカメご飯を完食してお腹いっぱい。ポカポカにぬくまった。

 凛花の大学は年末の冬休みに入った。三人は居間のソファーでくつろいで配信中のドラマを流していた。

 唐突とうとつに。コン太が画面を指差す。

 「なあ、凛花。おいら『あれ』が食べてみたい」

 凛花は映像を注視ちゅうしする。『あれ』とは。家族ホームドラマに映じられていた『弁当』だった。

 ノアが即座に同調する。

 「あっ、あらあっ、ピクニック! 重箱のお弁当ね! お、美味おいしそうだわっ」

 「おいら、重箱弁当を外で食べてみたいなあ」

 「そっ、そうね。いいわねえっ! あ、ああっ! そ、そうだわ! 早速だけど明日! 『遠足』に行きましょうよっ」

 「イヒヒ、いいねえ……。凛花はどうだい?」

 ノアの演技力は微妙びみょうだった。コン太は若干じゃっかん冷や冷やする。

 凛花は目を丸くした。

 「え? 明日遠足? 急だね」

 「確かに急だけどさあ。おいら、どうしても行きたくなっちゃったんだよねえ?」

 「そっか。お弁当はあり合わせでもいい?」

 ウンウン、ウンッ! ノアとコン太はシンクロしてうなずいた。

 「ふふ。じゃあお弁当はまかせてね! 昨日の特売で、大量に買い物しておいてよかったあ!」

 凛花は腕まくりして冷蔵庫をのぞき込む。張り切って下ごしらえを始めた。米をぎながらコン太に問いかける。

 「遠足、楽しみだね! ねえねえ、どこに行く?」

 「目的地はもう決めてあるよ」

 「そうなの? どこどこ?」

 「ジャジャーンッ! 武蔵むさしの国の『みつみね神社』さ! 行ったことはあるかい?」

 「ない! ないけどパワースポットで有名だよね! 行ってみたいって思っていたの」

 「じゃあ、明日の朝七時に『鳥居とりい』の前に集合だ。標高が高いから厚着をしてくるんだよ」

 「うん、わかった! 確か西武秩父駅から直通バスが出てるよね!」

 「うーん、そうだけど。ごめんよ、今回はおいらの都合で朝が早いからさ。公共の交通機関には乗れないんだ。だからノアの背に乗って来ておくれよ」

 「ええ、そうね。凛花、今回はそうしてちょうだい」

 「うん。じゃあ、お言葉に甘えるね」

 「イヒヒ、楽しみだねえ! それじゃあ『弁当』頼んだよ! また明日ねえ!」

 コン太はそそくさと芦ノあしのこに帰っていった。

 

 早朝六時半。お弁当完成! 

 凛花はおかずと助六すけろく寿司を二段の重箱に詰めて風呂敷に包み込む。そうして完成した重箱弁当をリュックに入れた。

 ノアは凛花に目一杯の厚着をさせて背に乗せる。

 『三峯神社』へと出発した。

 赤煉瓦ベルを出発して約十秒。すでにふたりは『二瀬ダム』の上空を飛翔していた。

 風は肌を突き刺すような冷たさだった。奥秩父の山々や道端みちばたには新雪が残っている。あさじもりた地面は固くてついていた。

 

 『みつみね神社じんじゃ』に到着した。

 三峯神社は三峰山山頂に鎮座する古社である。霊験あらたかな神域しんいきは真冬の冷気と霊気に満ちている。巨樹巨木と冬の青い空のコントラストはいかめしかった。

 ふたりは待ち合わせ場所の『三ツ鳥居』の前に立つ。

 「うわあ、ほんとに寒いんだね!」

 ご機嫌な凛花は冷たい空気を思い切り吸い込んで白い息を吐き出した。ノアはなぜだかソワソワしている。

 三十秒後。コン太が身震いしながら合流した。

 「お待たせえ! うへえ、寒いなあ……」

 「おはよう! 素敵な場所だね! ねえねえっ、早くお参りに行こうよ!」

 気持ちがはやる。かす凛花をコン太がなだめる。

 「もうちょっとだけ待っておくれよ! もうすぐ『あいつ』が来るはずだからさ」

 「あいつ、って? ……誰?」

 首をかしげてたずねたその瞬間。

 ……ストンッ! 

 目の前にカリスマ神霊獣使い『イレーズ』が現れた。

 天空てんから舞い降りてきたのだろうか? 凛花は後退あとずさりする。目をまん丸にして驚いた。

 「おはよう、凛花。……ククッ、目が落っこちそうになってるよ?」

 「わあっ! イレーズさん! どうして? ええっ?」

 

 イレーズは出雲いず大社で見た束帯そくたい和装姿ではなく『洋装』だった。

 真っ白なドレスシャツにレースアップパンツ。足元には編み上げの白いロングブーツを履いている。ゴシック調の白いロングコートが風にはためいている。その豪壮なで立ちは西洋のプリンスのようだ。

 肩下まである伽羅きゃら色の髪がさらさらとなびいて揺れている。全身からキラキラとホワイト金色ゴールドの光を煌々こうこうと放っている。非の打ち所がひとつもない完璧パーフェクト美だ。

 

 イレーズがおどけて肩をすぼめた。

 「コン太から『遠足に行こう』って。(強引に)誘われたんだよ」

 「そうでしたか!」

 「だけどまさかさ。こんなに早く凛花と再会できるとは思っていなかったよ」

 「はい! 私もです。ご迷惑ではありませんでしたか?」

 「うーん……、なんでだろ? 結構嬉しいかも?」

 イレーズがフッと笑みをこぼした。凛花は一瞬だけ息が止まった。たちまち心臓が早鐘を打ち暴れ出す。寒いはずなのに耳が火照ほてって熱くなった。

 「わ、私もイレーズさんにお会いできて嬉しい、です……」

 「そ? それじゃあ良かった」

 ふたりは無意識に見つめ合った。

 ノアとコン太はニヤリ、アイコンタクトをわす。

 「イヒヒッ。じゃあ、参拝に出発するよ!」

 コン太が仕切る。

 凛花は元気よく返事をする。

 「うんっ、楽しみだね!」

 「ブランチはおいらがリクエストした凛花お手製『重箱弁当』だ! 楽しみだねえ」

 「ああっ! お弁当! もっと作れば良かったかも」

 「それはノープロブレム(無問題)だよ」

 「そうかなあ。足りるかなあ……」

 

 四人は巨樹に囲まれた広い並木参道を歩き始める。

 霜が降り積もる森閑しんかんなる早朝の空気は神聖ちょう澄明みょうとしていた。けがれがはらわれて心身が清められていくように感じる。

 正参道を通って『ずい身門しんもん』の前に立ち止まる。御眷属ごけんぞくの二頭のおおかみにらみをかす。

 ずい身門しんもんの仁王像は明治時代に『神仏分離令』によって撤去されている。いにしえをたどれば神と仏は本来一体だったのだと思いを巡らせる。

 「凛花、ほら、耳を澄ませて」

 イレーズが指をさす。両脇さゆ左右の『オオカミ』の石像に順に耳を近づけてみる。

 『ガヴヴゥ……、ヴヴヴゥ……』

 野太いうなり声が聞こえてきた。

 「良かったね。歓迎されているみたいだよ?」

 「びっくり……。生きているみたい」

 「ククッ、そうだね。もしかしたら本当に生きているのかもよ?」

 「わあ、なんだか可愛く見えてきた! 近くに来たらでたいかも!」

 「ククッ、ほんとに怖いものなしだね? まあ、あの『乱波らっぱ』たちを懐柔かいじゅうしているくらいだから当然か」

 ふとイレーズと視線が重なる。ふたりは見つめ合う。クスリ、穏やかに微笑み合った。

 「ありゃりゃっ、寒いのに暑いねえ?」

 「ほんとよね! 何だか暑いわあ」

 ノアとコン太はからかい口調だ。凛花は首を傾げた。

 後ろを歩く龍神カップルは前方を歩くふたりがもどかしい。ソワソワしてムズムズしてれ焦れしていた。 

 

 巨木きょ樹林ぼくの隙間から『天使の梯子はしご』の光が放射線状に降り注いで差し込んでくる。

 参道を進んで青銅鳥居をくぐる。

 境内のやつむね木の飾り灯台は洒落しゃれて見事だ。手水舎で穢れを洗い落としてみやびやかな拝殿の前に立つ。

 その奥のうるしりの極彩色の本殿にまつられる御祭神イザナギ・イザナミに二礼二拍手一礼して祈りを手向たむける。

 移動して遠宮(御仮屋おかりや)を参拝する。御眷属ごけんぞくもうでは忘れない。可愛らしい『お犬(狼)様』たちに作法にのっとってご挨拶をした。

 

 コン太がくるり、回転して呂色九頭龍神の姿に変化した。

 「さあさあ! 時間はちょっと早いけどブランチタイムにしようよ! おいらはこれを楽しみにしていたんだ」

 

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