第十一章 ③コン太の動向(アクション・行動)

 飯能はんのう八幡はちまんちょう

 レンジは目を泳がせる。

 武蔵野うどん『古久こくや』の座敷に四人が向かい合って座っている。

 同席しているのはしょう羽衣ういと見知らぬ美青年だ。

 昨晩輝章から業務ビジネスメールが届いた。

 【明日、午後三時からの撮影前にランチミーティングをお願いします。指定場所の地図を添付てんぷします。午前十一時に現地集合でお願いします】

 打ち合わせの指定場所こそが『古久や』だったのだ。

 古久やを訪れたのは今日で二度目だ。二十三年前のあの日(女子中学生レイプ)、以来だった。

 それにしてもどうにも落ち着かない。

 若気の至りでは済まされないであろう二十三年前の記憶が否応なしに呼び覚まされてしまうのだ。 

 後ろめたい過去があるからこそ飯能や所沢のエリアは警戒していた。つい最近まで極力近づかぬよう忌避きひしていた。

 

 午前十一時。

 小民家風こみんかふうの店舗の脇にある駐車場に愛車のアルファードを停めた。

 いつもは開店から閉店まで行列の絶えない人気店のはずだ。だが今日は違和感を覚えるほどにいている。もしや定休日? それとも貸し切りなのだろうか。 

 入口から店内をそっとのぞいた。座敷の奥に輝章が座っているのが見えた。

 あわてて監督である輝章の元に駆け寄った。

 「お待たせして申し訳ありません。途中道路が少し混んでいまして……」

 輝章が笑顔を向ける。

 「ああ、レンジさん。遠くまですみません。どうぞ、お座りください」

 「はい。……あれ? 羽衣ういっ!」

 「急にお誘いしたのですが。羽衣さんも電車で来てくださいました」

 羽衣は悪戯いたずらっ子のようににっこり笑う。

 「レンジさん、ビックリした? 監督がレンジさんと『古久や』でランチミーティングするから一緒にどうかって誘ってくださったの」

 「そうか」

 「うふふ。レンジさんを驚かそうと思って来ちゃった! 羽衣の家は所沢だから飯能まで電車で三十分くらいなの!」

 レンジは顔をほころばす。

 「まさか羽衣が来ているとは。……驚いた」

 「嬉しい?」

 「ああ。もちろん嬉しいよ」

 

 仲良さそうなふたりの会話をさえぎったのは見知らぬ青年だった。

 「レンジさん、はじめましてえ!」

 新人俳優かなにかだろうか。長身の美青年だ。

 「おいらは輝章くんの遠い親戚の従兄弟いとこの甥っ子の友達の弟の知り合いだったかな? まあそんな感じのいろ九頭くず龍神在あるろうっていいまーす。どうぞよろしくねえ!」

 「あ、ああ。輝章監督のご親戚でしたか。レンジです。よろしく」

 羽衣はなつっこく話しかける。

 「在狼あるろうくんはスタイル良いしかっこいいから俳優さんかと思った! スカウトされたことが何度もあるでしょ?」

 「ないないないない! 興味ない! 輝章くんに誘われて映画撮影の見学に来ただけ」

 「ええ? そうなの? 絶対人気出そうなのに」

 「そうかい? だけどおいらは演技なんてできないからねえ……。『名俳優』を尊敬するよ! だってさあ。別人格を演じ切るんだからさ」

 「うん、ホントそうだよね! レンジさんは確かにすごいかも! 役が入り込んでくる『憑依ひょういがた』っていうらしいよ。羽衣はね、レンジさんにいっぱい演技のアドバイスをしてもらっているの」

 「へええ? それじゃあ羽衣も却々なかなかの演技ができるかもだねえ? だけど俳優レンジの指導となると! 周りの人たちが丸め込まれてまどわされちゃうかも、だねえ?」

 「んん? どういうこと?」

 羽衣は首をかしげる。

 「イヒヒ! ま、そんなことより。肉つゆうどん、楽しみだねえ!」

 輝章がうなずく。

 「注文は四人分済ませてあります。今のうちに打ち合わせを済ませましょう」

 

 ……ランチミーティングはものの十分程度で終了した。内容も単簡だった。

 レンジは何だかに落ちない。

 この程度の打ち合わせなら撮影現場でも十分じゅうぶん事足ことたりたはず。それなのに。なぜわざわざ『古久や』までさせたのだろうか。

 

 丁度良く四人分のお膳が運ばれてきた。あの日と同じ『肉つゆうどん』だ。

 羽衣は「わあ! 美味しそうっ!」そう言って瞳を輝かせる。

 在狼くんはどうやら相当の早食い大食いらしい。あっという間に大盛りをたいらげていた。

 食事のさなか。輝章からいわくありげな言葉をかけられた。

 「レンジさん。肉つゆうどん、とても美味しいですね。以前と変わらぬ優しい味ですか?」

 「え…………?」

 

 食事が終わり輝章が会計を済ます。

 その途端に。怒涛どとうの如くに客が押し寄せた。静かだった店内はあっという間に満席だ。外には長い行列ができている。

 「レンジさんはお車ですか? 迷惑でなければ撮影現場まで同乗させていただけませんか? 羽衣さんと在狼あるろうくんも一緒にお願いできたらありがたいです」

 監督である輝章にそう言われて断る理由はなかった。

 「もちろんいいですよ。どうぞどうぞ!」

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