第二十三章 ②制裁(証憑・エビデンス)

 映画館・ステージ上。

 コン太の指はレンジを向いていた。

 レンジはおぼろげに状況りか理解できていた。要は悪夢の中の九頭龍神と撮影現場に見学に来ていた在狼あるろうくんは『同一どういつ』だったということだ。 

 しかし素朴な疑問を投げかける。

 「あの、在狼あるろうくん? 悪いがひとつ教えてくれ。さっきから聞こえてくる『』とか『契約』とか『制裁』とか……。わけの分からない言葉は一体何事だ?」

 羽衣は目を丸くする。

 「ええっ? レンジさんは契約内容を知らないの? じゃあ『の契約者』ではないってこと? それなのに制裁の標的ターゲットって……。どうゆうこと?」

 コン太はニヤリとする。

 「ではでは特別に! 羽衣チャンの質問にだけ答えてあげるねえ? この俳優レンジは龍神界を敵に回した極悪人なんだ。その証拠は首筋にある空蝉うつせみ模様の烙印らくいんだよ! ほーら、ねえ?」

 羽衣は背伸びしてのぞき見た。

 「あ、ほんとだ。火傷きず残痕あとせみの抜け殻の模様になってる……」

 「この空蝉の焼き印は龍神界から指名手配された『証憑しょうひょう』なんだ。だからおいらが『スペシャル制裁』をお見舞い(プレゼント)してあげるってわけさ!」

 「え? だけど、それって…。あ、あのっ……?」

 「ああーっ! うるさいなあッ! 悪いけど、そろそろ黙っていてくれるかい?」

 「でっ、でも…………っ」

 「おいらの邪魔をすることは許さない。……あんたに用はないんだよっ!」

 在狼あるろう(コン太)はすごんだ。羽衣はおびえて足がすくんでしまった。

 

 コン太はヌゥッ、顔を近づける。

 「ねえねえレンジさん、覚えてる? 心の中で願っていたよねえ? 『俺を殺してくれ』ってさあ?」

 「え、あ、ああっ……!」

 「イヒヒッ、思い出したかい?」

 「はい……」 

 「だ、か、ら! 本日わざわざ願いを叶えにきてあげたってわけ! 優しいおいらに感謝してよねえ?」

 造作ぞうさもない薄情な宣告だった。なぜか輝章が同調する。

 「レンジさん……、あなたは長きにわたって芸能界で活躍されてきました。そして人格を具えた名俳優だと尊敬され世間的せけんてきにも高い社会的地位を得ていました。……しかしその本性は、理性の欠落した『鬼畜』だったのですね?」

 「え……? あの? それは……?」

 「あなたは過去に二度、破廉恥はれんちざいを犯しています。そしてその事実をのためだけに隠ぺいしてきました。さらには巧妙こうみょう演出によって世間をあざむいて『善人』だと思い込ませてきました。平然と大衆を騙し続けてきたあなたは『極悪人』です」

 

 レンジは息を吐いて肩を落とした。

 「ああ、やはり……。ようやくに落ちました。監督とくはすべてをご存じだったのですね? ……実は映画の脚本だい台本ほんを初めて読んだとき息が止まりました。身に覚えがありすぎて戦慄せんりつしました」

 「はい。彼(呂色九頭龍神)から詳細を聞いて脚本を書きあげました。伝達されたのは『所沢』と『宇和島』でのインシデント(出来事)でした。……正直、耳を疑いました。そして僕は『俳優レンジ』を心の底から軽蔑けいべつしました」

 「そう、でしたか……」

 「レンジさん。あなたの役者としての実力は本物です。その演技力に心から感服かんぷくいたしました。……ですが! なる才能があるからといって、それが罪を見過ごすことへの理由にはならない。犯した罪は許されていいものではありません」

 「……はい」

 「トラウマに時効などありません。被害者の心の傷は想像を絶するはずです」

 「確かに……。そのとおりです」

 「それだけではありません。十五年前、あなたがレイプした宇和島の幼女は、僕の『恩人』です。僕にとって、かけがえのない女性ひとなのです」

 「え…………?」

 「彼女は夢を諦めかけていた僕に勇気を与えてくれました。『あなたの未來はあなたのもの』そう言って励ましてくれました。だから僕は夢を叶えることができました。脚本家としての人生があるのは、すべて彼女のお陰なのです」

 「そ、そんな…………」

 「だから、許せない……。僕の大切な人を傷つけた『鬼畜レンジ』をどうしても許すことができないっ……!」

 レンジはすぐさま頭を下げた。

 「弁明の余地はありません。……申し訳、ありませんでした…………」

 

 コン太は軽侮けいぶして問いかける。

 「へええ? 流石さすがは実力派俳優っ! この哀愁漂ただよう表情も演技かい? それとも被害者風情ふぜいで同情を買うつもりかい? あんたって、とことんムカつく野郎だよねえ?」

 「いや……、はい」 

 「いいかい? 俳優レンジは最低最悪の犯罪者だ。それなのに大衆に支持されて!  偉そうに踏ん反り返って! チヤホヤされていい気になって! ずっとずっと優雅に暮らしてきたんだろう?」

 「はい……」 

 「ねえねえ、知っているかい? レイプって犯罪なんだよ? あんたが大物俳優として華々しく活躍する裏側でさあ! 被害者はいずり回るような痛みと苦しみに耐えていたよ? 声にならない悲鳴を上げていたよ? 心も身体もズタズタに引き裂かれて血反吐ちへどを垂れ流していたよ?」

 「は、い…………」

 「宇和島の幼女はさあ、すっごく優しくて我慢強いんだ。だから家族に心配かけないようにって健気けなげに頑張っていたよ? だけど夜になると部屋の隅っこでうずくまって泣いていたんだ。声を必死に押し殺して涙を流していた。未來を悲観して絶望していたんだよ」

 「あ、嗚呼ああっ………! 返す言葉が見つかりません……」

 「ねえねえ? 今までにどれほどの人間をだましてきたんだい? どれほどの人間を利用して使い捨てにしてきたんだい? 善人の仮面をかぶって大衆をあざむきながら平然と生きてきた。反省どころか、微塵みじんの罪悪感さえ抱かなかった。そんなあんたは正真正銘の『鬼畜』……、だよねえ?」

 

 レンジは在狼あるろうの言葉を噛みしめる。

 「はい。間違いありません。すべて在狼くんの言うとおりです。……俺は破廉恥なレイプ犯です。最低最悪の鬼畜です」

 「うんうんっ、そうだよねえ! だから制裁されても仕方がないよねえ?」

 「はい。すべてはおのれの身から出たさびです。そして制裁は当然の報いです……」 

 レンジはすべてを受け入れた。

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