第二十三章 ③制裁(父と娘・リレーションシップ)

 映画館・ステージ上。

 レンジは覚悟を定めた。コン太はわずかな温情を与える。

 「イヒヒ……、いさぎよくってい感じだねえ? それじゃあ制裁確定だ。さあさあ、もうすぐ人生の最期さいごだよ! 誰かに何かを言い残すことはあるかい?」

 レンジは頷く。

 「はい。少しの時間でいいので、羽衣ういと話をさせてください」

 「オッケー、オッケーッ! じゃあ大サービスして『十分間』差し上げるねえ! それでは、……どうぞ?」

 

 レンジは羽衣の正面に立った。フッと目を細めて柔らかい笑顔を浮かべた。

 そうして穏やかに語り始めた。

 「羽衣うい……。今までこんな『中年オヤジ』と仲良くしてくれてありがとう。いつもきみの明るい笑顔に励まされて元気をもらっていた」

 「え? え? 待って……。まるでお別れの挨拶みたいになってるよ?」

 「情けないことに映画の撮影期間はいつも君に助けられてばかりだった。……俺は君が本当の娘のように思えてしまってね。可愛くて可愛くてたまらなかったよ」

 「レンジ、さん……」

 「ふたりで買い物に行ったり、食事に行ったりしたね。一緒に過ごした時間は宝だよ。とても楽しかった。ありがとう」

 羽衣はこらえきれずに泣き出してしまう。大粒の涙をポロポロ落とす。

 「ああ、頼むから泣かないでくれ。羽衣が悲しい顔をしていると俺まで泣きたくなってしまうよ。……君は素敵な女性だ。きっと人格と実力を兼ね備えた素晴らしい女優になるだろう。芸能界は厳しい世界だが必ず成功する。俺が保証する」

 「いやあっ、いやだ……。うっ、ううっ」

 「きみの名は母親ママが命名したのかな? 無邪気で可憐な君にぴったりの良い名前だ。羽衣は本当に『天使』のようだった……」

 

 レンジは威儀いぎを正す。

 「それから羽衣。悪いが『伝言』を頼まれてくれないか? 羽衣のママ(ナナ)に伝えてほしい。……【俺をうらんで許すな。贖罪しょくざいのすべてを受け取ってくれ。勝手だが、君に出会えたことが人生最良の出来事だった】と……」

 羽衣は首を振って泣きじゃくる。  

 「そしてこれが最後のお願いだ。どうかずっとママの味方でいてほしい。……頑張り屋のママのことをこの先も支えて。ママが困ったときには力になって。助けてあげてくれ」

 レンジは両手で羽衣のてのひらを包み込む。

 「俺にとって羽衣はかけがえのない存在だった。我が子のようにいとおしかった。だから、これからの人生はたくさん笑って……。それから……優しいママと、ジイジとバアバを大切にして……。……どうかどうか、家族みんなで、幸せに、なって…………」

 「レッ、レンジさん、やめてっ。もう会えないなんていやっ! 別れの言葉なんか言わないでっ……!」

 

 十分が経過した。

 「ブッ、ブブーッ! はいはい時間切れ!」

 コン太は改まって申し開く。

 「ねえねえレンジさん、知っていたかい? あんたの首筋にあるのは落雷による火傷やけどあとじゃないよ? 十五年前、宇和島のみかん畑で幼女をレイプしたときに真珠色龍神が焼き付けた『空蝉うつせみ模様もよう烙印らくいん』だ。それは龍神界からの指名手配の『証憑しょうひょう(あかし)』だよ」

 「はい…………」

 「あの日、あんたは仕事で宇和島を訪れていた。横柄おうへいレンジは不貞腐ふてくされてスタッフを困らせていた。もうすぐ撮影が始まるというのにさ晴らしにみかん山に登った。そこに偶然居合わせた可愛らしい幼女に好感を抱いた。破廉恥はれんち男は五歳の幼女に襲い掛かった。みかん畑の固い地面に押し倒しておおいかぶさった。そして幼女の下半身を引き裂いて揺さぶってもてあそんだ。……我に返ったあんたは瞬時に自己保身の心に支配された。そうして、ひとり、逃げ出した」

 「……はい」

 「血塗ちまみれで置き去りにされた幼女はいのちが消える寸前だった。集中治療がほどこされてどうにかいちめいは取り留めた。けれど家族のなげきはすさまじかった。そりゃあ当然だよ。いとしい幼子おさなごが通りすがりの男にけがされたんだからねえ?」

 「は、い……」

 「レンジさんにわかるかい? 幼女と家族が、どれほどの苦痛の日々を過ごしてきたか。どれほどの涙を流してきたか。一度でも想像したことがあるかい?」

 「そ、それは……」 

 「無理だよねえ? だってあんたはチヤホヤされて調子に乗ってのうのうと生きていた。自惚うぬぼれて思い上がって有頂天になっていた。偉そうに踏ん反り返って金満生活を送っていた。そんな増長ぞうちょうした鬼畜に他人ヒトの苦痛が分かるわけがないよねえ?」

 

 レンジは右手で首筋の『証憑』を触る。そうして熟知する。

 ……まさに因果いんが応報おうほうだ。遂にさばきの時が来たのだ。どうやら天はお見通しだった。高い空からすべてを見澄ましていた。

 過去から現在に至るまで、積み重ねた『善』も『悪』も累積るいせきされて未來の我が身に返ることを思い知る。

 おのれの罪悪はみずからが償うのが当然の道理である。犯した悪行を隠蔽いんぺいできても事実が消え去ることはない。転嫁てんかや代替えはできないのだ……。

 レンジは腹をくくった。

 「すべておっしゃる通りです。制裁を、お願いいたします」

 

 「イヒヒ……、りょーかいっ」

 在狼(コン太)はくるり、回転する。そうして呂色九頭龍神の姿に変化へんげした。

 次の瞬間。凄まじい怒気が放たれた。どす黒いよどんだ空気が一面に渦巻いた。

 忿怒ふんぬ形相ぎょうそうをして邪悪オーラをまとうその姿は冥界めいかい(地獄)からの使者のようだった。

 羽衣はゾッとして後退あとずさる。輝章は度を越した激憤げきふん鬼胎きたい(不安)をいだいた。

 

 コン太は不気味な笑みを浮かべて予告する。

 「まずはあんたの首筋においらの『りゅうそう』をぶっ刺すよ? 深く深くねじ込んで『証憑しょうひょう』をくだいて破壊する。それから串刺しのまま揺さぶって身体を引き裂いてあげる。宇和島の幼女がされたのととおんなじようにむごたらしく遊んであげるからねえ? そうしてぽろんっ、血塗ちまみれ頭を地面に落っことして踏みにじってあげるねえ? イヒヒッ! どうだい? 最高だねえ? 楽しみだねえ?」

 

 積もり積もった憤懣ふんまんが爆発寸前だ。トドメの一撃を放とうと鋭く光るりゅうそうをふりかざす。

 「さあさあ覚悟はいいかい? 消え去れっ! この鬼畜めえ……っ」

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