第二十三章 ④制裁(中断・インターラプション)

 映画館・ステージ上。

 ピカァァ……ッ! 目がくらむほどの強い閃光せんこうが差し込んだ。

 「わわっ? なんだ……?」

 なぜかコン太は動きを封じ込まれていた。立ちはだかったのは『緋色ひいろ龍神ミュウズ』と『かい紫色むらさきいろ龍神ユウイ』だった。突如として目の前に表裏ひょうり龍王の妻が現れたのだ。

 ふたりは毅然きぜんとして告げる。

 「コン太! 待ちなさいっ」

 「そうですわ。お待ちになってっ」

 コン太は瞬時に察した。サッとりゅうそうをひっ込めると制裁を一時中断する。さすがにゴリ押し行動はできないと判断したのだ。


 「あれれえ? ママン(ミュウズ)! ユウイ! 一体いったいどうしたんだい?」

 おどけるコン太にミュウズとユウイは大げさに嘆息たんそくする。

 「はあぁっ、まったく! 頭が固い男って、嫌よねっ」

 「ふうぅっ、同感です。心がお狭いですわっ」

 「んんっ? それってまさか、おいらのことかい?」

 「ねえ、コン太。レンジは『の契約者』ではないでしょう? だからいなの制裁指令は出ていないはずよ?」

 「そうですわ。契約者ではないエラー人間を裁くことができるのは当事者だけです。そしてさばきには天上界からの承認が不可欠です」 

 コン太は不満顔に口をとがらせる。

 「ちょ、ちょっと待ってくれよ! こいつ(レンジ)は龍神界の敵だよ? 空蝉うつ模様せみの烙印を焼き付けられた指名手配者だよ? だから万能龍神のおいらが制裁したって問題ないはずだ。なんで邪魔をするんだい?」

 ミュウズとユウイはあきれ顔をする。

 「コン太、それは誤断ごだんよ? だって『未來王』からの下命かめいではないのでしょう?」

 「そうですわ! そもそも未來王の承認をいただいたのですか?」

 「うっ、うぐぐぐっ……。確かに未來王の承認はまだだけど事後報告するつもりでいたさ。それにママンもユウイも凛花の味方だろう? だったらレンジを殺したいほど憎いはずだ。おいらを責め立てないでおくれよ!」

 ピュンッ……! 

 キラリ、何かが目の前を横切った。それは真珠色龍神ノアだった。コン太は慌てふためく。

 「え? え? ノ、ノア……ッ? うへえっ? も、もしや、秘密行動していたことを怒っているのかい? あわわっ! ノアッ、お願いだっ! おいらのこと嫌わないでおくれよ! 後生ごしょうだよおっ」

 

 ミュウズとユウイはするり、移動した。そして小声で告げる。

 「しょうさん、羽衣ういさん。あなたたちは『ほまれ』を手にしたの契約者ね? 悪いけど、この『頭巾ずきん』を頭からかぶってもらえるかしら。今すぐ目隠しが必要なの。あなたたちを守るための措置そちなの」

 「今からこの場所に『龍使い凛花』がやって来ます。の契約者が『瑞光ずいこうオーラ』に再び触れることは大変危険です。ですからわたくしたちの指示にしたがってくださいませ」

 輝章と羽衣は顔を見合わせる。お互いが『契約者』であることを初めて知った。状況を察して即座に首肯しゅこうする。

 ふたりはユウイから『白い頭巾ずきん』を渡された。それは龍神界の秘宝『ははきの織物』から作られた『遮光しゃこう頭巾ずきん』だった。

 受け取って頭からかぶる。すると顎下あごしたまですっぽりとおおい隠された。

 契約者ふたりの視界は完全に遮断された。

 

 一方、レンジは絶句していた。

 ……どういうことだ? 見目みめうるわしい龍神たちが人間の言葉を喋っている。

 さっきから『ほまれ』だとか『瑞光ずいこうオーラ』だとか? 何やらわけの分からない言葉が飛び交っている。

 目の前で繰り広げられる不可思議な光景は夢かうつつまぼろしか? しかしあまりにも即物的リアルだ。

 にわかに信じがたい。しかし考え及ぶゆとりがない。どうやら龍神という生物は数多あまたに実在しているらしい……。


 ふわり、そよ風が吹き抜けた。

 ステージ上方の高い場所から透き通る声が響き渡る。

 「お願いがあります! まずは、輝章さん、羽衣さん。是契約者は私の姿や瑞光オーラを再び目にしてはいけない。だから決して遮光ずき頭巾を外さないでください! それからコン太はレンジさんと距離をとってくれるかな? ……お願いっ」

 声の主は『龍使い凛花』だった。

 「う、うぬぬぬう……」

 コン太は凛花には弱かった。懇願こんがんされて数歩だけ引き下がる。

 「う、……わあっ! この声……。ほんとに凛花さんだあっ」

 羽衣は小さく叫んだ。輝章は胸の鼓動が高鳴った。

 不意にレンジは頭上を見上げた。視線の先には真珠色龍神の背に乗る若い女性の姿があった。

 

 ……ストン。 

 若い女性がステージに降りてきた。そうしてレンジの正面に向き合うと、ぺこりと頭を下げた。

 「こんにちは。りんと申します」

 レンジは首を傾げて怪訝けげん顔で凝視ぎょうしする。

 「……? りんか、さん……?」

 「はい。お久しぶりです。私はあの時の子供です。十五年前、みかん山で出会った『宇和島の幼女』です」

 「え…………?」

 レンジは瞠目どうもくした。

 ……いやまさか? 嘘だろう? し、しかし……。……ア? 嗚呼ああァァッ! なんてことだっ! 目の前に立つこの女性は『あの日の幼女』だ! 愛くるしい『天使』の面影がありありと残っている! 間違い、ない……。

 

 レンジの体温は急降下して青ざめた。震撼しんかんして足がすくむ。呼吸を忘れて蕩揺とうようする。ぐらんぐらんして立っていられない。

 ドサリ……、ひざから崩れ落ちた。

 「あ、あ、あ、あ、あやまりたい……。い、いや? つ、つ……、つ、つぐないたい。あ、しかし……今さら……? あれ? 俺は何を言っているんだ? あの日の天使が目の前に……? まさか? なぜ? そんなはずは……? あ、あの? あれ? 俺は、なにを? どうしたら……?」

 混乱して支離滅裂だ。もがもがと口ごもる。

 

 何とか呼吸を整えた。そうしてゆらり、立ち上がる。かすれ声を絞り出した。

 「もともと俺は異常ロリータ心理者コンプレックスだった。十五年前のあの日、旅番組で宇和島のみかん農家を訪れた。撮影前のみかん畑で出会ったのは天使のように愛くるしい幼女だった。俺は欲望をき出しにして幼女に襲い掛かった。

 ……我に返ったときには遅かった。天使は泥だらけで血塗ちまみれの『ボロ人形』に変わり果てていた。きっともうすぐ息絶えて死んでしまうと思った。……俺は即座に決断した。好感度抜群の俳優ポジ生命ションを失いたくない! だから一目散いちもくさんに逃げ出した……」

 「……」

 「数日後。弁護士から示談成立の連絡が入った。……取りあえず幼女は無事だった。さらには慰謝料も不要だという。最高に幸運ラッキーだと思った。不遜な俺は悔いるどころか反省すらしなかった。……ことの重大さをようやく理解できたのはつい最近だった。そして同時に気がついた。もはや俺に生きている価値などないのだと……。だから夢に出てくる九頭龍神に『殺してくれ!』と願った……」

 

 コン太は会話に割り込む。

 「そうだよねえ? 願ったよねえ?」

 「はい。俺はいやしくて粗暴な鬼畜だ。ずる賢くて欲深い下衆げす男だ。八つ裂きにされたとしても、それでも生ぬるいでしょう」

 「確かにそうだねえ! 生ぬるいねえ!」

 「そうだっ! もしも可能ならば被害者(凛花さん)に殺してもらえないだろうか? ……そうしてもらえたならば本望ほんもうです」

 コン太があざける。

 「ケッ! あんたってさあ、どこまでも身勝手なお馬鹿さんだよねえ? 常識的に考えてみなよ。被害者を人殺しにするわけにはいかないだろう? 心の傷をさらに増やすつもりなのかい?」

 「あっ、ああ……! 確かにそうだ。在狼あるろうくんの言うとおりだ。……どうやら俺の性根しょうねは腐りきっている。狡猾こうかつ性分しょうぶんが骨のずいまで染みついてしまっているらしい。情けなくて恥ずかしい……」

 「イヒヒ、まさしくそうだねえ? だからおいらが制裁の『代行』をしてあげるって言ってんだよ!」

 「はい」

 「いいかい? 金輪際こんりんざい(永久に)、凛花を傷つけることは許さない! ……わかったかい?」

 レンジはうべなった。

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