第二十三章 ①制裁(標的・ターゲット)

 都内某所・映画館。

 人気脚本家・しょうが監督・演出をつとめた映画『リレーション・えにし』が完成した。

 PR(宣伝活動)は盛大だ。さらには主要キャストであるレンジと羽衣ういの不倫報道が連日マスメディアをにぎわせていた。良くも悪くも話題性は抜群だった。

 

 全国公開を七日後に控えている。

 午後六時からマスコミ関係者と一般客合同の完成披露試写会がもよおされる。上演後には監督と出演者の舞台挨拶も予定されている。

 大注目映画『リレーション・えにし』の試写会抽選倍率は異常なまでに高かった。

 会場である映画館にはプレミアムチケットを手にした観客が続々と入場し始めていた。さらにはマスコミ関係者や芸能記者たちがこぞって押し寄せている。ネット民たちもねっ視線しせんを向けていた。  

 

 プレミアム試写会が始まった。

 しょう・初監督作品『リレーション・えにし』は前評判を遥かに上回る傑作けっさくだった。

 観客は物語ストーリー没入ぼつにゅうして引き込まれていく。『家族の絆』を再考し共感させられる展開に心が揺さぶられる。序盤からすすり泣きの声が聞こえてきた。

 やはり天才と称される輝章の実力は本物だ。さらには役者たちの演技が秀逸しゅういつだった。観客の涙腺るいせんは崩壊した。

 

 感動上映を終えた。

 女性司会者が登壇とうだんしてマイクの前に立つ。まずは止まらない涙をぬぐう。そうして観客席に向かって声高こわだかに呼びかけた。

 「非常にっ、感動いたしました! 間違いなく後世に残る『傑作』です! あっという間の二時間半でした。素敵な作品を拝聴できて本当に幸せでした!」

 観客席から共感の拍手が沸き起こった。司会者は続ける。 

 「さあさあ皆さま、お待たせいたしました! これよりは天才脚本家として名高い輝章監督! そしてメインキャストである俳優レンジさん、羽衣ういさんに登場していただきます! それでは、どうぞっ!」

 

 舞台挨拶が始まる。

 ステージは四方からのスポットライトに照らされた。横一列に並び立った三人は観客席に向かって深く一礼した。悲鳴まじりの歓声が上がる。拍手かっ喝采さいがわき起こった。

 芸能リポーターたちはやにわに身を乗り出した。どうやら映画の内容そっちのけでレンジと羽衣の不倫疑惑のコメントを奪取だっしゅしようと躍起やっきらしいのだ。

 ピカッピカッ、フラッシュの点滅がまぶしい……。


 ヒュウゥゥーーー……………

 何処どこからだろうか? 寒風が吹き抜けた。映画館は屋内だ。それなのに何故なぜだろうか? 冷たい旋風せんぷう渦巻うずまいている。

 ゴロゴロゴロ、ゴゴゴゴゴ…………

 突如として迅雷じんらいとどろいて地響きがした。てつく風が吹き荒れる。天井てんじょうのスポットライトがぐらんぐらん、大きく揺れた。

 ガシャンッ……! 

 ステージ脇のスポットライトが落下した。

 

 …………シン…………

 

 須臾しゅゆに静まり返った。会場内は静止画像のように動かない。どうやら『時間とき』が止まったらしいのだ。

 登壇している女性司会者は動かない。観客たちも動かない。人間たちのことごとくがピタリ、停止していた。

 しかしなぜだか輝章とレンジと羽衣だけは時間ときが停止していなかった。それどころか意識クリ明瞭アーだった。

 ステージ上の三人は立ち尽くす。眼下の異様な光景に目が泳ぐ。先ほどまでムンムンとたちこめていた熱気はすっかり消えせていた。空気は冷えて寒々しい。


 ヒュウゥゥー……………

 再び風が音を立てた。屋内に吹き荒れる風が渦を巻いて黒色に変わる。背後から不気味な声音こえが聞こえてきた。

 「ねえねえ、驚いたかい? 『時間とき』が動いているのは三人だけだよ?」

 ビクッ、背筋が凍った。レンジと羽衣は身震いしながら振り返る。

 「…………ヒッ……!」

 声にならない悲鳴を発した。そこには漆黒しっこく九頭くず龍神りゅうじんの姿があった。ようここのつの龍頭りゅうず威嚇いかくする。ふたりは数歩後退あとずさった。

 「どーもどーもっ! おいらはいろ九頭くず龍神りゅうじん! 愛称あいしょうは『コン太』だよーん」

 龍神は気さくに自己紹介した。しかしフランクな言動とは裏腹に険悪な雰囲気アンビアンスだ。金色に縁取ふちどられた鋭いりゅうがんには怒りとさげすみの念が色濃くにじんでいる。

 よどんだ空気が渦巻いている。底知れぬ恐怖が空間しは支配する。


 レンジは記憶を辿たどって黙考もっこうする。

 ……この龍神には見覚えがある! 俺をあざけり笑っていたあの九頭龍神ではないか!  

 十五年前の『あの日』から悪夢にうなされていた。夢の中に度々たびたび現れて俺を最低最悪の『鬼畜』だと威嚇ばと罵倒した。……もしやこれから暗黒の奈落ならく世界に引きずり込もうとしているのか? ……いや、まさか? だけどもしかしたら……。なるほど、そうか……。そうなのかもしれない……。


 羽衣は静かに絶望する。

 ……どうしよう。いなの制裁だ。『契約書・第七条』に書いてあった。『契約にそむいた者は呂色九頭龍神によっていなの制裁を受ける』って……。ああっ、ごめんなさい! ママ、ジイジ、バアバ、ごめんなさいっ! これからいっぱい恩返しするって約束していたのに! これから頑張って孝行こうこうするって決めていたのに! だけどもう無理みたい。ごめんなさい…………。

 

 呂色九頭龍神は三人の真正面に移動する。くるり、回転して人間の姿に化身けしんした。

 レンジと羽衣はぎょっとする。

 「え? あれ? きみは、確か……。輝章監督のご親戚の……? 映画撮影の見学に来ていた…………」

 「あっ、ああっ! 『在狼あるろう』くん? 飯能市の『古久こくや』で一緒に肉つゆうどんを食べた在狼くんだよねっ?」

 コン太はニヤリとする。

 「イヒヒッ、どーもどーも。お久しぶりだねえ? あっ、輝章くん! 先日はデロンギのコーヒー、ごちそうさま! 相変わらず美味しかったよっ。このたびはおいらに協力してくれてどーもありがとねえ? あともうちょっとだけ、ご協力をお願いねえ?」

 「はい」

 輝章は即座にうべなった。

 

 羽衣はじわり、状況を察した。

 「あっ、そっか。そうだったのか……。在狼あるろうくんが『呂色九頭龍神』だったんだね……。じゃあこれから『制裁せいさい』がくだされるってことだよね?」

 「イヒヒ! 羽衣チャン、ご名答!」

 「やっぱりそっか……。契約いは違反しないように気を付けていたんだけどなあ。……ママたちと最後のお別れができないのは悲しいけど、もう覚悟を決めます。迷惑かけてごめんなさいっ」

 「ん? んんん? いやいやいやっ、違う違うっ! おいら、羽衣チャンに用はないんだよ」

 「え? 羽衣のことを制裁するんじゃないの?」

 「うんうん。残念ながら違うんだ。ご期待に添えなくて、ごめんねえ?」

 「えっ? ええっ? ……それじゃあ、誰なの?」

 

 在狼あるろう(コン太)はビシッ、指を差す。

 「おいらの今回の標的ターゲットは……、ジャカジャンッ! ……こいつだよっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る