第十七章 ②ダイアローグ(信仰って)

 凛花は少し判然としないままに質問を続ける。

 「人生には強大な『運』と『努力』が必要となることは理解できました。しかしそれがままならず将来を悲観するから『何か』にすがりたくなってしまうのではないでしょうか。私財を投げうってでも『何か』にゆだねてしまう。そんな方々が多くられる気がします」 

 「そもそも自分の人生はみずからのものです。みずからが思案熟考して決断すべきです。決定できないから『他の何か』や『天の神様』に任せてしまおうなんて投げやりな博打ばくちです」

 「自身で人生選択の決断ができない場合は権威ある指導者のもとで善導してもらって心を矯正きょうせいさせることが必要なのでしょうか?」

 「いいえ。それは大いに違います。そもそも何を根拠に『善導』というのでしょうか。そもそも誰ならば『あなた』を正しく導けるというのでしょうか。どこにそんな『至上者しじょうしゃ』が存在しているのでしょうか。一体どこに『確証』があるというのでしょうか。教えてください」

 「嗚呼ああっ……! 本当です。無知な自分が恥ずかしいです」

 

 太郎は続ける。

 「何かを神格化して大げさにあがたてまつるような『狂信的信仰』はもう時代遅れです。

 未來を生きる賢い若者たちは違和感を拭えないでしょう」

 「はい。その通りです」

 「革新的時代の変遷へんせんによる転換に合致がっちできずに埋没まいぼつしていく集合アグリゲーション体が今後は増えていくのかもしれませんね」

 「頼りすがっていた『』が埋没して失われてしまい心許こころもとないと感じる方々も多くおられるのではないでしょうか?」

 「そうかも知れません。しかし『埋没』というよりは『淘汰とうた』です。盛者じょうじゃ必衰ひっすい、終わりの時期を迎えたということなのでしょう」

 「例えば淘汰されて信仰のが消えて暗く不安な日々となったとき。次の灯りを模索もさくしてどのように生きていくのが正解なのでしょうか?」

 「うーん……。そもそも正解などあるのでしょうか? こうでなくてはいけないとか、こうすべきだとか、普通はこうだとか。

 それこそが世俗化を推奨する人間たちが極めた『凡庸ぼんよう信仰』に他ならないのではないですか?」

 「凡庸信仰……」 

 「他人の意見など所詮しょせんは無責任なものです。参考にするのは結構ですが意思決定をくだすのは自分自身にほかなりません」

 「では。淘汰されなかったもの。残っている集合体アグリゲーションは正しいといえるのですか?」

 「さあ? どうでしょう? 正邪の基準が曖昧あいまいなのですから分かるはずがありません。そこに判断を濁らす利権が絡んでいたりしたら、それこそ『やぶの中』でしょうから」

 「どうしたら正しく判断できますか?」

 「そこには様々な背景や事情があるかもしれません。密約や不正な裏取引きがあるかもしれません。要するに結局は暗中模索あんちゅうもさくの自己判断です」

 「人生選択はすべて自己責任である。この心理的恐怖こそが何かにすがりたくなるファクター(要因)なのでしょうか?」

 「さあ? 正解がないので答えはありません。そして人間ヒトの心は動きます。揺らめく心理を解き明かすことなど不可能です」

 

 凛花は天をあおぐ。

 「結局答えがわからずに迷ってしまいそうです。進む方向を間違えてしまったらどう修正すればよいのでしょうか?」

 「人間は完璧ではありません。間違えることで学びます。間違いだと気がついたら正せばいいのです。その瞬間からスタートすればいいのです」

 「ですが。愚かな自分に対して罪悪感にとらわれてしまいそうです」

 「を求めてあがめる心を持つ方々は心優しく他者に対する思いやりがあるように感じます。しかし善意の方向性を誤れば親切心や真心さえも裏目となります。不調和を招き寄せて亀裂を生じさせてしまいます」

 「では、救いのすべはないと?」

 「ないとは言い切れません。しかしどちらにせよ。この先の未來では『狂信的信仰』は適合しにくいように思います。

 かといって普通や常識や世間体せけんていなどの多数決を重要視して。時に夢を諦めさせ。時に我慢と忍耐を強要する。ある意味それも『狂信的凡庸ぼんよう信仰』です。凡庸がまかり通ることは薄っぺらいと思えるのですよ」

 「どうしたら、多くの方々が幸せを感じられるのでしょうか?」

 「幸せの感じ方など千差万別せんさばんべつです。知ったことではありません」

 

 太郎は静かに微笑む。

 「凛花さん、あなたは龍使いです。そして『選ばれし者』です。

 精一杯頑張っている方々を応援して。人々に妥当な『未來』を与える。それこそが使命です。そのために龍使いの『是契約』の任務があるのではないでしょうか」

 

 凛花は得心する。そして改めて龍使いの任務の重さを噛み締めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る