第十七章 ③ダイアローグ(神仏って)

 凛花は背筋を伸ばした。威儀いぎを正して質問する。

 「では、どう生きれば? どのような心で生きていけばよいのでしょうか」

 「ハハ。さすが幼少期から『ゲーテ』をたたき込まれただけのことはありますね。少々哲学的に考えすぎです」

 「哲学的、ですか……」

 「要は、楽しんで生きればいいのですよ。例えば。心に余裕を持つために。人に優しくするために。現状をリセットするために……。そうして出発スタートに向けて決意表明をする。そのために神社仏閣があり『神仏しんぶつ』が存在している。そんな定義でもよいのかもしれませんね」

 「決意表明ですか?」

 「ワクワクした楽しい心で寺社巡りをして。清々しい空気に触れて。リフレッシュして。……今よりも、もう少し頑張ってみます! そう神仏に決意表明をするのです。

 そんなほがらかで清らかな心中しんちゅうにこそ。神仏も思わず応援したくなってしまうのではないでしょうか。……たぶんですが」

 「そんなお気楽な抽象的アバ意識感覚で許されるものなのですか? ばちが当たりませんか?」

 「さあ? それにしても。許すとかさないとか物騒ぶっそうな思考回路ですね。罰が当たるとか天誅てんちゅうだとか。なぜだか天上界に『脅迫きょうはく観念かんねん』がある方々が多いように思います」

 「はい。先祖からの因縁いんねんとか。前世や過去世のつぐないとか……」

 「ハハ、面白いですね。なぜ、前世やら過去世やら。先祖が犯した過ちの『代償』をとうに生きている『子孫』が支払わねばならないのですか?」

 「え? ……そういうものなのかと」

 「仮に。その『定説』が正しいとするならば根本的な問題がありますね。現段階まで悪事をしておらず前世の記憶すらない『善人』が過去世の罪の反省はん猛省せいをさせられる。挙げ句に高額な代償(金品)を支払わされる。それも得体えたいのしれない第三者団体を通じて、ですよ?」

 「……。確かに変ですね」

 「それでは発想の転換です。例えば『悪人』たちが身近に存在するとするならば。『集めた善意の代償(金品)』をどうしているのだと想像しますか?」

 「ああっ! ……『搾取さくしゅ』、ですか?」

 「ハハ、理不尽な世の中ですよね。本来ならばつぐなうべき者が償っていないのが現実です。ひょっとしたら『悪人』がチヤホヤされて。平身低頭されて。過剰にあがたてまつられているかも知れませんよ?」

 「……そうなのかも知れないです」

 「しかればもしかしたら。罪とか罰とか因縁だとか。何処どこかの誰かの虫のいい作り話やもうけ話なのかもしれないですよ? 確証がないのですから何とでも言えます」

 「実際に『ばち』というものはあるのですか?」

 「うーん、少なくとも。神仏が『先祖の因縁』とやらで子孫にばちを当てた話は聞いたことがありません。もしも罰を喰らうとするならば本人(当人)のみのはずです」

 「えっ! そうなのですか? 子孫には罪も罰もないと?」

 「もちろん状況にもよりますが。基本的には愚かな過ちを犯した『当人とうにん』にこそ大いに反省していただきたいです。さらに言うなら。真っ当に生きている大衆にびてつぐなって欲しいくらいですよ。子孫もまったくいい迷惑です」

 

 凛花は問う。

 「天上界から見る『悪人』とは。どのような種別カテゴリーなのですか?」

 「うーん、そうですね。一概には言えませんが。……あらゆる事件の首謀者。戦争犯罪人。影響力のある危険思想家などですかね」

 「はい。に落ちます」

 「しかし。もっともたちが悪いのは『善人を装った悪人』です。神仏を悪用して。人間の心を操って。そうして巨万の富をせしめています」

 「フェイク(にせ)だと見破れませんか?」

 「なにしろ口が上手くて善人風情ですからね。多くの人間がたぶらかされてだまされてしまいます。そういった意味では『善に見せかけた悪』こそが何よりも誰よりも罪深いように思います」

 「例えば。そのような方々はばっせられるのですか?」

 「……第三者に対して因果応報のことわりを強迫観念として埋め込むこと。権威ある立場を利用して人間の心理を操縦コントロールすること。こうした思想改造および洗脳は罪深いことです。神仏を使い物にした罪は激甚げきじんに重い……。ですから恐らくたぶん。首謀者しゅぼうしゃや中心的人物に関しての処罰はそれ相応になるでしょうね……」

 「では、悪人にたぶらかされてしまっていた方々は救われますか?」

 「それは一概いちがいには言い切れません。なぜなら人間はいつだって被害者にも加害者にもなりるのです。善人であるつもりが悪人だった、被害者のつもりが加害者だった。往々おうおうにして自我エゴと天上界での審判ジャッジが異なることも珍しくないのです」

 「では罰はあると?」

 「過ちをおかせばおそらく誰しもに相応の処罰はあるでしょう。しかしそれは『更生』や『再出発』を期待しての罰なのです」

 「天界の広量こうりょう慈悲じひたるご温情なのですね。その『なさけ』は等しく与えられているのですか?」

 「いいえ。『本物ラス悪人ボス』への処罰に関しては情け容赦はありません。そして裁かれるのは『死後』です」

 「極悪人なのに人生途中の処罰は免除されている、ということですか?」

 「罰がまったく無いわけではありません。しかしながら残念なことに。高慢こうまん驕慢きょうまん(勘違い人間)になってしまっているので反省することができないのです。それどころか。なぜおのればっせられたのかさえも理解できないのです」

 「なんと言うか。悲しいくらいに情けないですね……」

 「ですから没後に。『無限の時間』を使って猛省していただくのです。時間はたっぷりあります。もはや転生できる可能性はゼロに等しいですからね。恐らくエンドレスに劇甚処罰が続く形になるのかもしれません」

 

 凛花は冷厳なる世界観にひれ伏した。そして深くうべなった。

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