第二十五章 ⑤それから(それからそれから)

 某テレビ局・撮影スタジオ。

 映画『リレーション・えにし』の一般公開から二ヶ月が経過した。

 しょうの脚本力はもとより、父娘おやこ共演も話題を呼んで、映画館は連日大盛況だ。

 レンジと羽衣は大ヒット御礼を兼ねて、人気生配信イブトーク番組『ぶっちゃけ屋さん』に出演していた。

 関西人の辛口司会者が、出演ゲストに手厳しい質問をぶつけるという辛辣しんらつトーク番組だ。

 しかし、レンジはおくすることなく落ち着いている。隣りに座る羽衣はニコニコして嬉し気だ。

 

 早速、司会者が切り込む。

 ≪二ヶ月前、超美人女優のサユミさんと離婚が成立しましたね。慰謝料はまさかのゼロ円って! ……ほんまですか?≫

 「はい、そうなんです。まさかのゼロ円でした」

 ≪しかし、サユミさんは随分イメージ変わりましたね! 変わりすぎやろっ! って突っ込みた入れたいくらいですわ≫

 「いえ。実は以前から変わっていません。サユミはもともとあの通りの男勝りの気質でした。数年間の偽装結婚も『マンガみたいだったわね!』と笑い飛ばしてくれました」

 ≪しかしねえ……。女優サユミはレズビアンで? その恋人は女性マネージャーだったって? そりゃあ世間は驚きましたよ!≫

 「サユミの彼女パートナーは一見するといやし系でおとなしい印象です。しかし機転が利いていて、常に行き届いた配慮ができる業界屈指の敏腕びんわんマネージャーです。有能な彼女パートナーの支えがあるからこそ、公私ともに充実して良い仕事ができているのだと思います。この先はさらに活躍して幸せになっていただきたいですね。サユミには感謝しかありません」

 ≪それで? レンジさんは? 八歳年下の一般女性と電撃再婚されたって? ……マジですかっ?≫

 「はい。羽衣の母親と入籍いたしました。俺の過去はいろいろあって……。まあとにかく、められたものではありません。

 しかし、妻は過去の不徳を許してくれました。こんな至らぬ自分を『夫』として、羽衣の『父親』として、受け入れてくれました」

 ≪奥さんはどんな女性ですか?≫

 「はは……(照)、とても可愛くて、しんが強くて、しっかり者です。俺はだらしなくて、いつも便座のふたを開けっ放しにしたり、靴下を脱ぎ散らかしたりして……。毎日、しつけをし直されています。俺が叱られないようにういがこっそりフォローしてくれています」

 ≪今はどこにお住まいで?≫

 「建売たて住宅うりを買ったので所沢市に引っ越しました。最寄り駅から徒歩十分くらいの閑静かんせいな住宅街ですね」

 ≪それはそれはっ、さぞや立派な! 嫌味なくらいの大豪邸なんでしょうねえ?≫

 「うーん、どうでしょう? 木造二階建てで間取りは3LDKです。四十坪ほどの土地に二台分のカースペースがあります。あ、それからちょっとした花壇があります。にぎやかな『五人家族』になりました」

 ≪え? それって……、だいぶ普通ですやん! んん? 五人家族って! 奥さんのご両親も、ですか?≫

 「はい。父母ふぼも一緒に暮らしています。今まで苦労をかけてしまった罪滅つみほろぼしをさせてもらえないかと申し出て、同居をお願いしました」

 ≪へえっ! それじゃあ『三世代同居』ということですか? ぶっちゃけ、気が休まらないでしょう?≫ 

 「いいえ。毎日賑にぎやかで笑顔がたえません。義父母からは『レンちゃん』と呼ばれて、息子のように可愛がってもらっています」

 ≪ひええっ! レンちゃん、ですか?≫

 「お陰様で『家族』ができました。すでに実の両親と死別してる俺にとって、義父母は『本当の親』そのものです」

 ≪…………。ああっ、そういえばっ! サユミさんの慰謝料ゼロ円で、浮いた分を『財団・リンカ』に寄付したのですか?≫

 「あ、いや、それが……。お恥ずかしいことに、先方せんぽうから断られてしまいました。まずは自分の家庭生活の土台を安定させて、『寄付』はそれからだと一蹴いっしゅうされてしまいました」

 ≪へえ、珍しい! 寄付を断られることって、あるんですねえ?≫

 「ですが次こそは! 受け取っていただけるように頑張ります。精一杯に働いて、日々の節約にも取り組むつもりです」

 ≪俳優レンジが『節約』! ですか?≫

 「はい。妻から節約を学んでいます。こまめに電気を消したり、休日は激安スーパーをはしごして買い出しに行きます。ベランダにプランターを置いて野菜作りも始めました」

 ≪へええっ! 今までのイメージとは、だいぶ違いますねえ?≫

 「はは、そうかも知れません。考えてみると所沢での生活は豪華ゴージャスではないですね。……ですが、心身ともに満たされています。日々が穏やかで安らいでいます」

 ≪確かに! レンジさんは今のほうがいい表情してますよ! ……正直言うと、昔はちょっといけかない男だなあって! 嫌いでした≫

 「はは! それは大いに同感です。過去の自分は殺してやりたいほど憎たらしくて大嫌いです。……ですが今は、こんな俺を好きでいてくれる人が居ます。守るべき家族が居ます。だから、何があっても踏ん張ることができます」

 

 ≪では最後の質問です。レンジさん、羽衣さん! ……幸せですか?≫

 レンジは大きくうなずく。

 「はいっ! たまらなく幸せです。妻がいとしくて、娘が可愛くて、義父母が優しくて……。ささやかな日常の中に大きな『本物の幸せ』がありました。家族と過ごす時間には『思いやり』があふれています。こんな自分に与えられた日々の奇跡を実感して、噛みしめています。そうして今日も、有り難く……、生きています…………」

 羽衣は瞳を潤ませて伝える。

 「……えっと、……見ていますか? 羽衣は今、とってもとっても幸せです! 子供の頃からの願いは全部、叶いました! ママの願いも、ジイジとバアバの願いも、全部全部っ、叶いました! ありがとうっ……、本当にありがとうございますっ」

 父娘おやこはカメラの向こうに深く深く頭を下げた。

 司会者はおどけて笑う。

 ≪いやあ、参ったなあ! だいぶ不本意やけど、あんたらのこと好きになってしもうたわ! まあ、そんでも、世間せけん様(大衆)がどうだかは知らんけどなっ≫

 生配信が終了した。

 人気トーク番組『ぶっちゃけ屋さん』には父娘おやこへの応援メッセージが押し寄せた。

 当然ながらアンチ(嫌悪)は存在する。しかし世間の反応はおおむね良好だった。 

 

 『リレーション・えにし』の興行収入は天井知らずに伸び続け歴代最高記録を塗り替えた。 無論、輝章の評価は世界的にうなぎ上りだ。

 俳優陣の鬼気迫る演技は国内外の高評価に繋がった。レンジは海外映画作品の主演が決定した。羽衣にはドラマや映画、女優業のオファーが殺到している。

 共演者やスタッフたちも才能を見出されて大きな躍進を遂げていた。

 それもこれも『グラビリズム』と『モアレリズム』の合わさった力に他ならないのだ。

 

 レンジの罪過は未來王からの『天赦てんしゃ』によって無罪むざ放免となった。

 首筋に焼き付けられていた空蝉うつせみ模様の烙印らくいん(証憑)は日々に薄らいで跡形もなく消え失せた。スキャンダルによっておおいをかぶせられていた俳優レンジは見事に再起したのだ。

 

 それから。

 ホットな情報ニュースが世間をにぎわせた。輝章と羽衣の特ダネ(スクープ)が報じられたのだ。

 【父親レンジ公認! 人気女優・羽衣と世界的天才脚本家・輝章が堂々の交際宣言! 結婚秒読み! 『邪払ジャバラみかん』が結んだふたりの愛のえにし……】。

 果たして……。

 『鉄面皮てつめんぴ』集団は他人の幸せを心の奥底から祝福できたのだろうか? もしかしたら今頃、地団駄じたんだを踏んで悔しがっているのかも知れない…………。


 それからそれから。

 大空を突き抜けた遥か高き天上界は、なぜか浮足立っていた。

 ソワソワワして気がいて、ワクワクして心がおどって、どうにもこうにも落ち着かない。

 もしかすると、このフワフワウキウキする感覚は、めでたい『慶事けいじ』が起こる予兆(前触れ)なのではなかろうか……?

 

 物語は加速する。

 さあさあっ、行くぞっ! 神在かみありつき出雲いずも大社おおやしろへ…………!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る