第二十六章 ①予感直感(グッドフィーリング)

 出雲市いずもし大社町たいしゃまち

 神在かみありつき(新暦・十一月)、午前零れい時。

 稲佐の浜では神事『かむむかえさい』がおごそかに執り行われた。幸縁結びの祝詞のりとが高らかに奏上そうじょうされ天地に響く。八百万やおよろずの神々が出雲の国に参集する『カミハカリ』(七日間神議)が始まったのだ。

 

 早朝七時。

 りんはノアの背に乗せられて出雲おお大社やしろに到着した。第二の大鳥居(精溜せいだまり)の前に降りるとコン太が合流した。

 「おまたせえ! いい天気だねえ?」

 「コン太、おはよう! ねえ見て見て? 空がキラキラしていて綺麗だよ! まぶしいね」

 「イヒヒッ! そうだねえ! やたらとキラッキラだねえ? べらぼうに『い予感』がするよねえ?」

 「うんっ! なんだか縁起がいねっ」

 「りゅうじゃしんおう様は神幸じんこうされて出雲の国に迎えられたわ。これからカミハカリが始まるから数多あまたの神々がこぞって大集結するわね」

 「今年もさんもんさまにお会いできるなんて嬉しいなあっ」

 「あっ、そうだ! 『いなの浜』でイレーズと待ち合わせしているんだけどさ。悪いけどひとりで行ってくれるかい?」

 「ふたりは行かないの?」

 「それがさ、『龍神・緊急会合』があるんだよ」

 「え? 緊急、って……?」

 凛花の表情がわずかに曇る。ノアが笑う。

 「ふふっ、心配しないで? 実はね、今年のカミハカリに『はち大万能だいばんのう龍神りゅうじん』が勢ぞろいすることになったの。それで龍神たちは大騒ぎなのよ」

 「わわっ! 八大万能龍神? 八尊目に私も会えるかな?」

 「もちろんよ。だって凛花はイレーズが公認している唯一の『龍使い』ですもの」

 コン太が説明する。

 「基本的に数多あまたの龍神はさ、地球上の海底や湖沼こしょうとしている。だけど八尊目のシークレット龍神はさ、地球ではない惑星がなんだよ。だから要するに『地球外生命体』ってわけ」 

 「地球外生命体……」

 「イヒヒ! まあそれをうなら『未來王』や『ごくとう万能ばんのう祭司さいし四人衆』も地球外生命体ってことになるけどさ」

 「ふふ、そっか。確かにそうだよね。だから滅多めったにお目にかかれないってことだよね」

 「そういうこと! それにさ、八尊目が地球に飛来ひらいするのは今回が初めてなんだ。だからおいらたち龍神仲間も『初対面』ってわけ」

 「コン太もノアも会ったことがないの?」

 「ええ、そうなの。だからみんなソワソワしちゃって落ち着かないのよ」

 「まあとにもかくにも本年本日のカミハカリは……! ジャンジャカ、ジャカジャジャーーーンッ! 超絶ウルトラスーパースペシャル(特別)な予感がするのさっ」

 「ふふ、そうね。きっと飛びっきり素敵な一日になるわ」

 「ああっ、ヤバいヤバいっ! そろそろ時間だ。それじゃあ、おいらたちは緊急会合に出席するからさ。六十分後に『御本ごほん殿でん』上空で待ち合わせってことでいいかい?」

 「一緒に行けなくてごめんなさい。あとからイレーズと来てね」

 「うん、わかった! いってらっしゃい」

 「そんじゃあ、諸々もろもろよろしくねえ!」

 コン太とノアは仲良く並んで飛び去った。

 

 凛花は歩き出す。はやる気持ちを抑えて出雲おお大社やしろ西方さいほうに位置する稲佐の浜を目指して足早に歩いていく。

 徒歩十分。波の音が聞こえる。日本海を視界にとらえた。

 

 ……シン…………

 波が止まる。四方から音が消えて森閑しんかんとして静まり返った。『時間とき』が停止したのだ。

 神聖な霊気がただよう。神秘的ミステリアスな気配を感じて空を見上げた。

 音もなく、ぽっかり、空に小さな穴が開いた。それは特殊じゅ呪術じゅつによって作り出された異なる時空世界をつな円錐状えんすいじょう異空間トンネルだった。

 超絶ウルトラ美男子・イレーズが姿を現した。凛花からは思わず笑みがこぼれた。

 イレーズがゆっくりと降りてくる。スッ、目の前に差し出された右手をつかむ。すると凛花の身体はふわり、宙に浮かんだ。

 ストン……。ふたりは『弁天べんてんじま』を見下ろす結界上に降り立った。

 上空には『透明結界』が張りめぐらされ、出雲おお大社やしろに向かって続いていた。

 『特殊結界』や『特殊ベール』の内部は異空間である。それゆえ地上から空は見えても結界上の光景は肉眼視できない。

 

 ザッ、ザザッ、ザザザアァッ…………

 再び波の音が聞こえて清爽な風が吹き抜けた。停止していた『時間とき』が動き始めたのだ。

 カミハカリ(七日間神議)に臨席予定のイレーズは束帯そくたい姿だった。烏帽子えぼしかぶらず、さらさらした伽羅きゃらいろの髪を風になびかせている。極上の容貌はホワイト金色ゴールドきらめきを放つ。あまりに美し過ぎて非現実的アンリアリスティックだ。

 

 イレーズは凛花の顔をのぞき込む。

 「久しぶり、だね? あか煉瓦れんがベルでのタコパ(たこ焼きパーティ)以来だよね」

 「はい。七か月ぶりです。昨夜はドキドキして眠れませんでした」

 「うん。あれから時間を作れなくてごめん。任務が立て込んでしまってさ……」

 「いっ、いえっ!」

 「日々を楽しく過ごせてた?」

 「はい。充実していました。ノアがいて、コン太がいて。にぎやかでおだやかな日々でした」

 「そっか。良かった」

 「……。ですが、私はいつの間にか贅沢ぜいたくになっていたみたいです」

 「贅沢ぜいたく?」

 「イレーズさんに、会いたかった……」

 「さみしかった?」

 「あ、あのっ、はい。とても、寂しかったです。『がれる』という気持ちを思い知ってしまいました」

 

 イレーズはため息をもらす。

 「俺もさ、遠距離恋愛って厄介やっかいだなって思ったよ? だから……、ごめん」

 「え…………?」

 凛花の瞳が不安に揺らぐ。

 ……ごめんって? 厄介って? もしかして終わりにしたいってこと? 超遠距離だから簡単に会えないし。人間の恋人なんて面倒になっちゃったのかな? やっぱり天界と下界げかい(人間界)の恋愛関係継続は難しいのかな…………。

 

 「あっ、ちょっと待って! 凛花が今考えていること、たぶん違うよ?」

 イレーズはふと察してあせり出していた。

 「ちがう……?」

 「うん。俺たち極等万能祭司は大抵のことはなんなくできてしまう。だけど『想い人(ディアー)』の恋愛的心情だけ感応とう透視することができないんだよ。だからさ、一応念のために言っておくけど。俺から別れを告げるなんて有り得ないからね? まあ振られることはあるのかも知れないけどさ……」

 凛花はあたふたする。

 「ええっ? 私がイレーズさんを……? それこそ有り得ませんっ」

 「そ? 俺は恋愛経験がないからさ。凛花は退屈しているかな、もういやになっちゃったかな、なんて。ときどきうれいたりしたよ?」

 「そんなっ……! 恋愛経験がないのは私だって同じです」

 「だけどさ、俺に恋人ができるなんて青天せいてん霹靂へきれきだった。『冷徹コールド無感情エモーション氷河期男アイスマン』なんて言われて、こわがられていたからさ」

 「(あわわっ……)」

 「俺はさ、凛花と恋人になれて嬉しかった。だけどそれと同時に感情が動いて大変だった。会いたいのに時間が合わなくて、もどかしくて一日いちじつ千秋せんしゅうの思いだった。不意に悲観的ネガティブ思考になったりしてさ。胸が痛くて苦しくて、恋しくて寂しくて……。感情の処理が上手うまくできなくて厄介やっかいだったんだ。言葉が足りなくて、ごめん……」

 凛花は安堵あんどする。

 「私もです。ついマイナス思考になりました。ごめんなさい……」

 「ん。たぶんだけどさ。俺たちの愛情総量は『同値の関係』のはずだよ?」

 「わあっ! それならいつも『満タン』なので安心ですっ」

 「ククッ、そうなの? それじゃあ俺と同じだね?」

 イレーズは少しおどけて、照れくさそうに笑った。

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