第十六章 ②老爺と青年

 お腹が満たされて蕎麦屋を出ると、時間はまだ正午だった。

 「ねえ、お爺さん! 私ね夕方まで時間があるの。だから一緒に観光しましょうよ!」

 「いいねえ」

 「あっ、仲良くなった記念に『縁結び箸』を買いましょうか! 名前を入れてくださるみたいですよ?」

 「うーん……。それは遠慮するよ。後々のちのちに面倒なことになりそうだ。お嬢さんの恋人に怒られたくないからなあ」

 「大丈夫、大丈夫っ! 恋人なんていないから」

 「そうなのかい? ああ、そうだ。『稲佐の浜』には行ってみたいなあ。夕日がきれいみたいだからなあ」

 「それじゃあ、お散歩しながら稲佐の浜へ行きましょうか! あっ、ちょっと待ってて」

 凛花は小走りして『ご縁横丁』の土産売り場に立ち寄る。売店でぎゅうにくるまった『ぜんざい餅』とペットボトルのお茶を買った。

 

 まん丸お爺さんと連れ立って浜辺に向かって歩き出す。恰幅かっぷくのいい老爺はゼイゼイと息が切れる。

 「お爺さん、稲佐の浜まで歩ける? 背中を押しましょうか? それとも手を繋ぐ?」

 「ふーっ、ふーっ。はあ、大丈夫だよ」 

 「頑張って! 稲佐の浜までもう少しだからねっ! 一緒に夕日を見れるといいね」

 「ああ、そうだなあ…………」

 まん丸老爺ろうやは小さくうなずく。そしてそっと口角を上げた。

 それはたっとき『アルカイックスマイル』だった。


 稲佐の浜。

 弁天島を視界にとらえて稲佐の浜に到着した。

 老爺ろうやは年季物の頭陀ずだ袋に手を突っ込むと茣蓙ござを引っ張り出した。

 砂浜の上に広げて敷く。それは白い花模様が織り込まれた可憐な『花茣蓙はなござ』だった。

 「うわあ、綺麗な花茣蓙はなござですね!」

 凛花は思わず見入って感嘆かんたんする。

 「ありがとうございます。これは『りゅう華樹げじゅ』の花模様です。どうぞ、お座りください」

 爽やかに着座をうながされた。

 …………?

 声があまりに若々しい。違和感を覚えてパッと顔を上げた。

 凛花は目をみはる。

 まん丸お爺さんはいなかった。目の前に立っていたのはスラリとした若い男性だったのだ。

 

 青年が微笑む。

 「凛花さん、こんにちは。どうぞ、花茣蓙はなござにお座りください」

 穏やかで独特なバスバリトンの声色こわいろうながされる。なぜだか唯々諾々いいだくだくとしてしまう。混乱しながらも思わずぺたんと座り込んだ。

 「あれ? お爺さんは? あれ、なんで私の名前……。あれ?」

 「となりに座ってもよろしいですか?」

 「あっ、ああっ! はい! どうぞっ」

 スタイリッシュな青年はスッと足を交差させると凛花の横に並んで体育座りをした。

 

 青年は二十歳くらいに見えた。肌は白くスラリとした細身のスタイル。切れ長の瞳に薄い唇の薄塩しょうゆ顔だ。物腰は柔らかく知性にあふれている。ファッションもイマドキで全体的にクレバーな印象だ。

 先ほどまで一緒に居た『まん丸老爺ろうや』とは重なり合わない。まったくの別人に見えた。

 

 凛花は不可思議なる青年に問いかけた。

 「あのう、失礼ですが。『まん丸お爺さん』と同一人物ですか? 何ひとつリンクしなくて戸惑っています」

 青年はわずかに口角を上げた。

 「ああ、先ほどは美味しいお蕎麦をご馳走ちそうさまでした」

 「わっ! と言うことは。お爺さんに姿をへんじていたということなのですね?」

 「蕎麦屋では不愉快な思いをさせてしまったかも知れませんね。すみません」

 「いえっ、全然っ! まん丸お爺さんは可愛かわいらしくて憎めなくて大好きです。

 それに、先日亡くなった宇和島のじいと一緒にご飯を食べたような気がして……。とても嬉しかったです」

 「そうでしたか」

 

 浜辺に清々すがすがしい風が吹き抜けていく。

 凛花は青空を見上げてしばし考え込む。そしてひらめいた。

 「あっ、わかりました! あなたは『神様』ですね? カミハカリ(神議かみはかり)にお見えになったどこかの神様なのでしょう? それとも仏様ですか?」

 「神様。……なるほど」

 「何となくですが。まん丸お爺さんは只者ただものではないような予感がしていました」

 「ハハ、あの老爺ろうやが? そう見えましたか?」

 「はい。目が合った瞬間にほっこりして温かな気持ちになりました。きっと効験こう霊験けんあらたかな神様に間違いありません」

 「そうでしょうかね?」

 「輝く光背こうはいはご自身で消しておられるのですか?」

 青年は肩を震わせる。こらえきれないとばかりにクククッ、と笑い出した。

 「流石さすがですね。少しくらいのことでは動じない。龍使いの凛花さん、あなたの瑞光ずいこうオーラは輝いていますよ」

 「わわ? すべてをご存じなのですか?」

 「ええ。まあ、そうですね」

 青年は打ち寄せる白波の水際みぎわを見つめたままサラッと肯定こうていした。

 

 凛花はこの青年は間違いなく相当な人物(神様)なのだ察知した。

 「あの、もしもご存じでしたら『龍使い』の基礎知識だけでも教えていただけませんか? 実はあまりにも無知むちで困っているのです……」

 「そうですか? そうでもないのでは?」

 「私は寿命が尽きる最期さいごのひと時まで龍使いの任務をまっとうしたいと念願しています。限られた年月ではありますが精一杯頑張ってみたいのです。ですが、ただ闇雲やみくもに任務をこなしている気がしています。任務についていまだに疑問だらけです。知識を得たいけれど、どこで学べばよいのかわからないのです。関連書籍はたくさん読んでいるのですが……」

 青年は肩をすぼめた。

 「まあ、確かに。図書館に通ったとしても。多くの文献を読みあさったとしても。おそらく限界がありますよね。知識量は増えますが真偽しんぎは定かではありませんからね」

 「そうなんです……」

 「ではザックリでよければ。『龍使いのシステム』をお教えしましょうか」

 「わあ、本当ですか? ありがとうございます!」

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