第四章 ④輝章の未來(契約)

 吉田町・みかん山。

 しょうは真意を打ち明ける。

「子供のころから映画やドラマが好きでした。脚本家になりたい、漠然ばくぜんと夢見ていました。だけど大人になるにつれ、怖くなりました。不安定な職業を目指すことは親族をがっかりさせてしまう、就活をしている友人たちに馬鹿にされてしまう、そもそも『才能』など無いのかも知れない……。だったら趣味に留め置くのが『無難』だ! そう自分に言い聞かせて安泰あんたいの道を選んだはずでした。だけどそれなのに『本音』は違っていて、納得できていなくて、いつまでも後悔ばかりが残っていて……。言い訳を重ねて、最初からあきらめて、挑戦すらしなかったのです。僕は本当に情けなくて格好悪い人間です」

 凛花は首を横に振る。そして率直に伝える。

しょうさん……、あなたの未來はあなたのものです。悔いのないように生きてください」


 輝章の心は固まった。改まって頭を下げる。

「さっきは断ってしまったけれど、まだ契約を交わすことは可能ですか?」

「もちろん! 次にノアが現れたら必ず『サイン』してくださいね!」

「はい! ……それにしても、ちまたで噂の『龍神・都市伝説』は真実リアルだったのですね。まさか卒業旅行に訪れた四国の地で『龍使い』に出会うとは思ってもみませんでした」

「才能あふれる貴方あなたに出会えて良かったです」

「あ、ありがとう! 龍神との契約に恥じない生き方をします。必ず……!」

 凛花は花が咲いたように笑った。元気よく手を振って実家へと帰っていった。

 輝章はその後ろ姿が見えなくなるまで見送った。そうしてひとり、レンタカーに乗り込む。予約したゲストハウスに向かった。


 宇和島市・ゲストハウス。

 軽く夕食を済ませて風呂に向かう。

 ……自らの汚い心、煮え切らない心、言い訳がましい心、つくろう心、それらすべてを捨て去って洗い流す。そして今日からは、是契約者として恥じない生き方をする!

 輝章はけがれを清めるかのように念入りに身体を洗った。


 真夜中、輝章は心を鎮めて瞑想めいそうする。外出着に着替えて、心静かに龍神を待つ。

 ……ゆらり、空気が揺らいだ。部屋の壁をすり抜けて真珠色龍神ノアが現れた。

 輝章は即座に頭を下げる。昼間の無礼ぶれい真摯しんしびた。

 ノアは飄々ひょうひょうと伝える。

貴方あなたは今、ふたつのリズムが最大値という非常に稀有けうな状態にある。それなのに契約を無下むげにして突っぱねた。それはしんおうにある『卑屈ひくつ』と『傲慢ごうまん』の露見ろけんによるもの……。漫然まんぜんとして手放した『千載せんざい一遇いちぐう』のチャンスを再び握らせてくれたのは凛花よ? 感謝しなさい」

「はい、きもめいじます。申し訳ありませんでした」

 神妙な面持ちの輝章の目の前に『是契約書』が差し出された。受け取って読み込む。すべて承知する。固い決意を込めて首肯しゅこうした。

 次にノアから手渡されたのは、あまの岩戸の名水から創られたというオーロラの曲線がかたどられたペンだった。無色透明の『オーロラペン』を右手に掴む。すると掌中しょうちゅうから五色の光が発せられた。

 スラスラ、輝章はサインを記し終えた。パシャッ、途端にペンは水になる。シュウゥ……、その水は体内に吸い込まれた。

 そうして『是・契約』は成立した。 


 ノアの背に乗ってワープする。辿たどり着いたのは薄闇の鬼ヶ城の浜辺だった。

 そこには瑞光オーラを放つ『龍使い・凛花』が立っていた。

「こんばんは。またお会いできて嬉しいです。あっ、直接会うのはこれが最後ですね」

「あ…………、そう、か……」


「時間よ」

 ノアが時を告げた。水平線の向こうから太陽が昇る。水面みなも暁光ぎょうこうに染まりゆく。

 輝章は焦燥しょうそうにかられる。

 ……是契約者は龍使いとの再会を求めてはならない(是契約書・第六条)。それはつまり、凛花さんと二度と会えないことを意味している。……嗚呼ああ、つらい。言い知れぬ孤独と哀愁が一度に襲ってくる。

 曙景しょけいを眺望する。朝陽を背にした『至極しごくいろ龍神』が天高く垂直に飛び立った。

 くるり、えがく。なぜかしょう目掛けて飛んできた。深い濃紫の艶めく男龍神が猛烈な勢いで一直線に近づいてくる。

 バチッ、輝章と至極色龍神の視線が至近距離で重なった……! 

 まばたきをして、ゆっくり目を開けた。いつのまにか、宇和島のゲストハウスに戻っていた。


 輝章の心耳しんじに、龍使い・凛花の声が響いた。

「脚本家として生きていく『覚悟』を定めてください。貴方あなた稀有けうなる才能をあなた自身が認識してください。そうして夢を実現させてつかんでください。あなたが大成することには意味があります。取り巻く方々の『夢の架け橋』になることができるのです。どうか『希望』と『チャンス』を分け与えてください。ご活躍を心から願っています。楽しみにしています。もう二度と会うことはできないけれど、会えなくても『応援』している『誰か』がいることを信じてください。輝章さんに出会えて、本当に良かった……」

 澄んだ声音こわね珠玉しゅぎょくの言葉、彼女の眩しい笑顔、余すことなく魂に刻み込む。


 ……ああ、切なさが込み上げる。必死に恋慕れんぼを振り払う。

 輝章は空に向かって『決意表明』する。

「僕はこれから多くの作品を世に送り出します。そして貴女あなたがたくさん笑って、ハラハラして驚いて、幸せの涙を流す、そんな感動作品を作り続けていきます。僕は誰よりも貴女あなたに喜んでもらいたい。だから凛花さん、どうか見ていてください!」


 キラリッ! れい上がりの空が輝いた。晴れた空には希望に満ちた『八色の虹』が架かっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る