第二十二章 ②待ち合わせ

 熊野市木本町・鬼ヶ城。

 春寒の早朝。ノアと凛花は鬼ヶ城の浜辺に立っていた。『契約者』とともに、東天とうてんからずる朝陽を拝したのだ。

 任務を終えて帰宅しようとノアの背に乗る。その瞬間、遠くから魅惑的なハスキーボイスが聞こえてきた。

 「あっ、待って待って! 凛花っ、ノアッ! ちょっと待って!」

 スウウッ……! 

 目の前に龍神界のセクシー王子プリンス至極しごくいろ龍神雷らいもん』が現れた。

 「やあ、おふたりさん。こうして対面するのは神在かみありづき以来だね? 元気そうで何よりだ」 

 ノアは怪訝けげんかおをする。

 「あら、任務終了後に声を掛けてくるなんて初めてね。……まさか、悲報ではないわよね?」

 凛花は久々の対面を喜んだ。

 「あっ、らいもんっ! いつもの任務に協力してくれてありがとうっ。……一昨日おとといも昨日も今日も! はやきさせちゃって、ごめんね?」

 「ん? ああ! アハハッ! もしかして凛花、気にしていたのかな? いえいえ、どういたしまして! こちらこそありがとう」

 

 ノアはクールに問う。

 「ねえ、それより。何か用事なの?」

 「ああ、そうだった。イレーズから凛花に伝言をあずかっているんだよ。そうそう、コン太から聞いたよ? イレーズと交際しているんだってね! おめでとう」

 「はっ、あっ、ありがとうございます……」

 「アハハッ、凛花! 赤くなってるよ? まったく可愛いなあ!」

 ノアはあきれて憤慨ふんがいする。

 「もうっ、雷紋ったら! 凛花を揶揄からかっていないで用件を伝えなさい! イレーズからの伝言があるのでしょう? 早くっ!」

 「ああ、ハイハイ(怖い怖い)。『今日の午後二時に横浜『こう大神宮たいじんぐう』のふれあい広場に来てくれ』ってさ。たぶんデートのお誘いなんだと思うよ? (なんでコン太に頼まなかったのか分からないけど)。 まあ、とにかく伝えたからね?」

 「あっ! はっ、はっ、はいっ」

 「じゃあ、またね!」

 雷紋はつやっぽくウインクした。そうしてフェロモンを(無駄に)いて熊野灘くまのなだへと帰っていった。

 

 横浜市西区宮崎町。

 電車を乗り継いで桜木町駅に下車した。ミニリュックを背負った凛花は約束の場所に向かって早足で歩いていた。

 ……イレーズさんに会うのは今日が三度目だ。過去二度(出雲と三峯)は不意打ちだったから寝癖すら直していなかった。

 だからこそ! 今日の寝ぐせ直しにかりはない。さらに薄く化粧をして色付きリップを塗った。

 悩みに悩んでワンピースをチョイスした。靴もアウターも新品なのだ。

 「凛花っ、とってもかわいいわ! これでイレーズもメロメロよ!」

 甘々ノアは手放しでめてくれた。かく、今日は大層たいそう気合が入っている。


 駅から徒歩十分。坂道をのぼって横濱総鎮守・『伊勢山いせやまこう大神宮たいじんぐう』に到着した。

 こうたい神宮は『横浜の守り神・関東のお伊勢さま』と親しまれている。御祭神は『大御神テラス』だ。当時の武蔵の国の国司こくし勅令ちょくれいによって勧請かんじょうしたと伝えられる。

 階段を登って待ち合わせ場所の『ふれあい広場』の隅っこに立った。

 ……ストンッ! 

 目の前にキラッキラのイレーズが現れた。三峯神社で会った時と同様の白いゴシック調の服装にロングブーツの『洋装』だった。

 イレーズが美しく微笑む。

 「凛花、お待たせ。……あれ? いつも可愛いけど今日はいつも以上に可愛いね?」

 「あっ! あわわわわわ……。あ、あ、りがと、ござ、ます」

 凛花は動揺して言葉がおかしくなった。

 「ククッ。まずはお詣り、しようか?」

 ふたりは手水ちょうずを済ませ作法に則って神々に感謝の祈りをささげた。

 (今日もとっても幸せです。ありがとうございます。今よりも成長できるよう頑張ります……)

 参拝を終えて『古木クスノキ』の前に移動した。イレーズは凛花の手を取る。

 ……グンッ! 空高く上昇した。空上くうじょうには『透明けっ結界かい』が張り巡らされていた。

 「じゃあ、『横浜デート』しようか」

 「はいっ!」


 イレーズの提案で『横浜三塔』を巡る。三塔とは横浜県庁(キングの塔)・横浜税関(クイーンの塔)・横浜開港記念館(ジャックの塔)だ。

 この三塔を一日でめぐれば願いが叶う。カップルは結ばれるという都市伝説があるのだそうだ。

 イレーズがおどけて肩をすぼめた。

 「ま、こんな迷信。普段なら絶対に信じないんだけどね? 凛花となら一緒に巡ってみたいって思えてさ」

 「はいっ! ご一緒できて嬉しいです」

 「……クククッ! だけどさ。こんなのあまりに俺らしくないみたいでさ。『イレーズの恋人は只者ただものじゃない! これは大事件だ』って。仲間たちが面白がって揶揄からかうんだよ。やたらに冷やかされて参ったよ」

 凛花は目を丸くする。

 「仲間って『ごくとう万能ばんのう祭司さいし』の方々ですか? イレーズさんを揶揄からかうって……。本当に仲良しなのですね!」

 「ん。まあ、そうだね。俺にとって極等祭司の三人は頼れる兄貴みたいなものかな。みんな『未來王』と家族なんだ。そして四人衆それぞれに王との『特別なきずな』があるんだ」

 「わあっ、深い信頼の絆……。素敵です!」 

 ふたりは歴史ある瀟洒しょうしゃな三塔を空中散歩した。各所の地面の『隠れ目印』を探して見つけて楽しんだ。

 

 『おおさん橋』に移動する。強い風に吹かれて景色を見晴らす。

 「キング、クイーン、ジャックなんて。命名が洒落しゃれてますよね」

 「昭和初期に外国船員がトランプカードに見立てて呼称こしょうしたらしいね。三塔は戦争をくぐり抜けた貴重な建造物だ。それに、航海の安全を守る象徴シンボルとも言われているんだ」

 「はい。歴史を感じます。三塔は船員の方々の『り所』でもあったのかも知れませんね」

 「うん、そうかもね」

 「私、歴史的建造物とか、煉瓦造りの建物が大好きなんです。だから住まいも一目惚れして決めました」

 「所沢市、だったよね」

 「はい! ノアと二人暮らしです。コン太が週に六、七回遊びに来ます。イレーズさんも今度遊びにいらしてください」

 「ん。行くよ(ノアが嫌がりそうだけど)」

 「あっ、モンテローザの『横浜三塔スティックケーキ』買っていいですか? ノアのお土産にしたいので」

 「じゃあついでにさ。アイスクリーム食べていい? 一度食べてみたくてさ」

 イレーズの要望に凛花は驚く。

 「ええっ? アイスクリーム、食べたことないの?」

 「うん。冷たいお菓子、らしいね?」

 「はい。美味しくてビックリしますよ?」

 

 ……ストンッ。

 ふたりは地上に降りた。そうして『できたて横濱馬車道アイス』の行列に並んだ。

 明治二年。馬車道に日本初の『房蔵ふさぞう氷水店』が開業した。しかしながら高価な『あいすくりん』はあまり売れなかった。

 そんな折、伊勢山皇大神宮の遷座せんざさいで見物客たちが甘くて冷たい『あいすくりん』を買い求める。それが美味びみだと評判を呼んだ。

 それから鹿鳴館ろくめいかんで食される。東京の洋菓子店でもアイスクリームが販売され、日本中に広まったのだ。

 「わ、冷たい。あ、ヤバい。……かなり美味おいしいかも」

 イレーズが無邪気に笑った。怖々こわごわとアイスクリームを食べる姿がちょっとだけ子供っぽい。

 ……わあ! イレーズさん、かわいいっ! 


 スチャ…………ッ!

 目の前にド派手な金ぴか巨大が現れた。それはマウンテンゴリラよりも大きかった。

 畏敬いけいしたきん獅子じしえんはイレーズの足元にひれ伏す。

 「あ、マサル……。急にどうしたの?」

 「ウキッ! ウキキキキッ!」

 金獅子猿『マサル』はイレーズと凛花にジェスチャー(身振り手振り)をしてアピールする。どうやら『背中に乗れ!』とうながしているようだ。

 「うーん。じゃあ凛花も一緒に行くよ?」

 「ウッキッキッ!」

 イレーズは凛花の手を取ると『金獅子猿マサル』の背に乗った。

 ピュン…………ッ! 

 そうしてどこかへ瞬間ワー移動した。

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