第二十二章 ③マサルとウオン

 千代田区永田町。

 スチャ……ッ! 

 きん獅子じしえんマサルの背に乗って辿り着いたのは三角の破風(屋根)鳥居の『山王日枝ひえ神社』だった。

 凛花は大廈たいか高楼こうろうの神社に感激する。

 「わあっ、エスカレーター! 都会的な神社ですね! かわいい御猿のマサルさん、素敵な神社に連れて来てくれてありがとう!」

 「ウッキッキッ!」

 凛花に頭を撫でられたきん獅子じしえんマサルは赤い顔をさらに赤らめた。マサルは凛花の右手をぎゅうっ、にぎる。そうして、ブンブンッ! 上下に激しく振って握手した。

 イレーズが笑う。

 「ククッ! 相変わらずの懐柔力かいじゅうりょく、だね?」

 「はい! 未來王からたまわったフィールリズムの威力です」

 「うん、それとさ。凛花の透き通った心がマサルに伝わっているんだと思うよ?」

 「わあっ、そうだったら嬉しいなあ」

 凛花とイレーズは手水を浄め、作法にのっとって参詣さんけいした。

 

 日枝神社縁起えんぎは鎌倉初期に江戸貫かんじゅ(天台宗の頭領・天台てんだい座主ざす)を名乗った秩父重継が居館に『山王社』を勧請かんじょうしたことに始まる。

 その後、悲劇の武将・太田道灌おおたどうかんが江戸城築城にあたり川越山王を勧請かんじょうして新社殿を造営した。日枝ひえ神社の御祭神は山の神様『大山咋おおやまくいのかみ』(スサノオの孫)だ。江戸時代の将軍家の産土うぶすながみであり、明治維新以降は皇室からの御崇敬賜され『皇城の鎮』としてあがめられる。 

 分霊された神様の御霊みたまが『日吉神社』『日枝神社』『山王神社』である。

 

 イレーズが簡単にレクチャーする。

 「山王信仰の神使しんし(眷属けんぞく)は猿なんだ。猿田彦さるたひこ大神おおかみがニニギノミコト(アマテラスの孫)を高千穂に導いたから『みちひらきの大神』とも言われているんだよ」

 「道開みちびらき……。なんだか壮大ですね」

 「マサルは縁起物なんだ。魔が去る。まさってつ。縁(えん)結び。万事を良き方向へ導くって言われている」

 「社殿の前に『夫婦の神猿像』がありました。ざるさんも可愛らしいです」

 「猿田彦大神(太田おおたのみこと)の本宮は三重県鈴鹿市山本町にある椿つばき大神社おおかみやしろなんだ。伊勢の国の一之宮でさ。道開きの祖神なんだよ。境内の『かなえ滝』はパワースポットとしても人気があるよ。『椿とりめし』が有名みたいだね」

 「わあ! 今度行ってみようかな! 椿とりめし……、食べたいなあ」

 「ククッ……。それとさ伊勢神宮内宮には『猿田彦神社』と『佐瑠女さるめ神社』が向かい合っているんだけどさ。そこの猿田彦神社の宮司ぐうじは猿田彦大神の御裔(子孫)なんだ。佐瑠女神社の御祭神ごさいじん天宇受売あめのうずめのみことは芸能、芸術、スポーツ、技芸上達の御利益があるって言われている」

 「そうなのですね」

 「まあ色々あって、高千穂(天安河原)の天岩窟にこもっていたアマテラスがさ。神楽かぐらを楽しむ八百万やおよろずの神々の笑い声が聴こえてきて気になって外をのぞいてさ。再び現れて世を照らしたっていう伝説も残っているよね」

 「はい! その天岩窟の岩扉(岩戸)を怪力の神様(天手アメノ力雄タヂカラ)が投げ飛ばして。扉(戸)が落ちた先が信州の戸隠とがくしなのですよね」

 「クク……。『天岩戸伝説』って確かそんなだったよね? 神様たちもなかなかヤンチャで人間臭いよね」

 「ふふ。ちょっとだけ親近感、です」

 

 「ウキキキキキッ!」

 しびれを切らしたマサルがふたりの手を引いて山王稲荷神社(千本鳥居)の場所に引っ張って連れて行く。稲荷参道の朱色の千本鳥居の階段の途中に『幼児』がぽつん、立っていた。散切り頭にかすりの着物。下駄ばきの五歳くらいの男の子だった。

 「あ、宇音ウオン!」

 イレーズが名を呼んだ。ウオンはイレーズに深々と頭を下げる。凛花は瞳を輝かす。

 「わあ、もしかして! 秩父札所二十番のウオンさんですか?」

 ウオンはニイッ、笑った。

 「初めまして、凛花さん。今日は『ゴン子』の使節メッセンジャーとして参上しました」

 イレーズは目を見開く。

 「ゴン子(未來王)は……、なんて?」

 「はい。内田家(札所二十番)に感謝を示す提案をしていただきました。では、そのままの言葉でお伝えします」

 「うん」

 宇音はコホン、軽く咳払せきばらいをした。ゴン子の声マネをして語り始める。

 「『おい、ウオン! 良いことを思いついたぞ! 『ビー玉交換』はどうだ? 札所二十番でウオンとビー玉交換をするんだよ!  参拝者がビー玉を自宅から持ってきてもいいし、一玉ひとたま・百円くらいで頒布はんぷしてもかまわない。……ただし! ビー玉交換は一日ひとつのみだ。ウオンは『龍神』だから『リュータマ交換』だな! まあ、イレーズの意見を聞いてから進めろ。多くの者に天界の声が届くといいな』……だそうです」

 イレーズはふるふると肩を震わせる。

 「クッ、クククッ! ウオン、似てるよ! ゴン子に似てる! 物まね上手だね?」

 ウオンは頬をふくらます。

 「そうじゃなくてっ! イレーズの意見を聞きたいんですっ」

 「ああ、ごめんごめん。良いんじゃない? 何度も参拝して交換して。ビー玉集めをしてもいいしさ」

 「ビー玉の大きさや色はランダム(無作為むさくい)でいいですかね?」

 「大きめのビー玉だったら玄関やリビングとか窓辺とか。屋内おくないで活気がある場所に置くと良い。だけど持ち歩くには小さいビー玉が良いね。好きなパワーストーンと一緒にリュータマを『布袋ふたい』に入れて御守りにするといいかもね」

 

 凛花は瞳を輝かす。

 「わあ! 『コン太&ウオン御朱印ごしゅいん』と『ビー玉交換』……! 宇音ウオンさんイベント、楽しみです。必ず行きますね!」

 ウオンはぺこり、頭を下げた。

 「凛花さん、ありがとう。内田家当主と相談して準備ができたらコン太に知らせます」

 「はい! ノアとコン太とうかがいます!」

 イレーズが不服を申し立てる。

 「あのさあ、凛花。これってどう考えても俺と一緒に行く、って流れなんじゃないの?」

 「あ、ああっ、ほんとに! 確かにそうですよねっ! みんなで一緒に行きましょう」

 「うーん…………。わかった」

 イレーズは少しねて不満顔をした。ウオンは思わず笑ってしまう。

 「ふははっ。こんなに表情豊かなイレーズを初めて見ました! ゴン子が言っていた通りです。確かに凛花さんは賢くて憎めない龍使いのようですね」

 「ん。可愛いだろ? あげないよ?」

 「はい。『クールなイレーズがれ焦れしている姿が面白いんだ』……ゴン子はそう言っ笑っていました」

 「ああ、まったくさ。そのとおりなんだよ。どうやら好意を抱いた相手の恋愛的心情だけは感応とう透視できないみたいでさ。俺に対する凛花の心が読めなくて歯がゆいんだよ」

 「惚気のろけ、ですか? (まさかの激レア)」

 「ククッ、惚気のろけか。そうかも?」

 

 ウオンは背筋を伸ばす。

 「凛花さん、イレーズが大変優しくなりました。龍神界のひとりとしてお礼を伝えさせてください。ありがとうございます」

 「ええっ? とんでもないですっ! お礼を言われるようなことは何もしていません! 私はただ、イレーズさんのことが大好きなだけです…………」

 不意うち発言にイレーズは照れる。ウオンとマサルは顔を見合わせて笑う。

 「八坂神社はスサノオノミコトとクイシナダヒメノミコトの夫婦神です。是非とも猿田彦神社と併せてお詣りしてください。恋人同士にはオススメです」

 「ウッキッキッキッキッ!」

 金獅子猿マサルは手を叩いて喜んだ。イレーズと見つめ合う凛花の顔はマサルに負けないくらい赤くなった。

 

 夕刻。帰り際にイレーズが問いかけた。

 「あのさ、凛花。女龍神たちとの計画のことだけど…………」

 「あ(バレてる)! あのっ、やはり許されないのでしょうか? 羽衣さんにどうしても伝えたいことがあって……」

 「うん、それは分かる。だけどさ、凛花は本当にそれでいいの?」

 「はい」

 「……。決意は固い?」

 「はい」

 「そっか。じゃあ俺は凛花の味方をするよ。本音はすっごく嫌だけどさ。……味方する」

 「はいっ! イレーズさん、ありがとう……」

 「じゃあさ。ご褒美ほうび、ちょうだい?」

 「え……?」

 チュ……。イレーズは凛花の旋毛つむじにキスを落とした。

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