第二十二章 ①女たちの決意

 赤煉瓦ベル。

 昨晩、就寝前にノアが突然言い出した。

 「ねえ凛花、明日『女子会』するわよ!」

 「えっ、女子会って? どこで?」

 「明日の午後、ママとユウイが『赤煉瓦ベル』に遊びに来るわ」

 「わあっ、ほんとにっ?」

 「ふふ。だけどあくまでも女子会だから!コン太には……、内緒よ?」

 「わかったっ! 明日は奮発ふんぱつして『グランエミオ所沢』でスイーツ買ってくるねっ」

 「じゃあ『キャラメルアーモンドサンド』もお願いできる?」

 「うんっ! ちょっとコン太には悪いけど……。楽しみだねっ」


 所沢市・緑町。

 午後二時。赤煉瓦ベルに仲良し女性陣が集結した。

 女子会メンバーは四名。凛花とノア、『緋色ひいろ龍神ミュウズ』と『かい紫色むらさきいろ龍神ユウイ』だ。 

 ダイニングテーブルにはキャラメルアーモンドサンドとリンドールのチョコレートが並べ置かれた。しかし女性陣はスイーツには目もくれずおしゃべりに花を咲かせている。

 ユウイが先陣を切る。

 「凛花、聞きましたわよっ。イレーズと交際されているんですってね! 龍神界はおふたりの話題でもちきりですわ」

 ミュウズは大げさにうなずく。

 「そうそう! あの仏頂面ぶっちょうづらイレーズの雰囲気が柔らかくなったって評判なのよ! 夫のトール(黄金龍王)もそれはそれは安堵あんどしていたわ。何しろイレーズは辛辣しん冷厳らつだから数多あまたの神々や神霊獣から恐れられていたのよ」

 「うふふ。本当に! 夫のさんもん(りゅうじゃしんおう)も手放しで寿いでいました。それに『イレーズが嘘みたいに優しくなった!』って。数多あまたの龍神が涙を流して喜んでいました」

 「それもこれも! 恋人の『龍使い凛花』のお陰だ! って、ね?」

 ふたりは茶目っ気たっぷりだ。

 「まったく! コン太が嬉しくてあちこちで触れ回るから……。イレーズと凛花が恋人になったことを知らない龍神は一体もいないのよ?」

 ノアはあきれ顔をしつつも上機嫌じょうきげんだ。

 

凛花は照れ隠しに熱い紅茶をすすめる。「あのっ! 冷めてしまう前に、どうぞ」

「あら、そうね。ありがとう」

 三人はスッ、背筋を伸ばしてティーカップのハンドルを右手につまむ。王室さながらの優雅な所作しょさで口元に運ぶ。全美ぜんびたる女龍神は人間に化身した姿もやはり見目みめうるわしい。凛花は目の前の絵画のような美景びけい見惚みとれてうっとりしていた。

 カチャリ……。三人はカップをテーブルに置いた。ミュウズが問いかける。

 「ねえ凛花……。あなたには会いたい人がいるのでしょう? その人物にもう一度会って何らかの『メッセージ』を伝えたいって。そう願っているのでしょう?」

 「え……?」

 あまりに核心に触れた言葉だった。凛花は動揺して目が泳いでしまう。すかさずユウイがたたみかける。

 「それは何方どなたなのですか? もしもわたくしたちが力になれるのであれば遠慮なさらずおっしゃってくださいませ」

 ノアが両手を包み込んでうったえかける。

 「ねえ、お願いだからっ! ひとりで悩んでいないで隠さずに話して? ママ(ミュウズ)もユウイも凛花の味方みかたよ? 信じてっ」

 三人は決意を込めた眼差しを向ける。凛花のほおに涙がつたう。

 即座に心が通じ合った。

 「羽衣ういさん、ね?」

 ノアは確かめるように問いかけた。

 「……うん。私ね、契約てい締結後けつごに是契約者と二度とまみえてはいけないってわかってる。だけど羽衣さんに直接会って伝えたいことがあるの。だからどうしても会いたい。でもどうしたらいいのか分からないの…………」


 ミュウズは小さく息を吐いて微笑んだ。

 「凛花、よく聞いて? 龍神と龍使いは『同値どうちの関係』によって成り立っているの」

 「同値の関係?」

 「ええ。凛花と私たちの相対する真心(愛)の分量が同等イコールになるように定まっているってこと」

 「アルゴリズム(算法)、ですか?」

 「そう。新時代ネオフューチャーは『未來王』の演算によってありとあらゆる事象がシステム化されている。だから龍使いが龍神に向けている真心や愛情までもが数値化されているの」

 「……はい。天部(天上界)によって完全に数値データ化されていると『太郎さん』がおっしゃっていました」

 「そして龍神は信頼関係に基づく『同等値』までであれば行動制限が定められていない。つまり。凛花が龍神に与えている『無償の愛』の数値をもといにして『同値の愛』をお返しすることができるってことなの」

 ユウイはしとやかにほころぶ。

 「ご安心ください。同等値の行動に関しては未來王のトレランス(許容きょよう範疇はんちゅう)です。龍神を私的に使い物にしたことにはなりません」

 ノアはわずかに声のトーンを高めて言った。

 「ねえ? 私たちは凛花のことが大好きなの! だって親友でしょう? 家族でしょう? だからいつだって遠慮しないで頼って欲しいのっ」

 「……うんっ」

 凛花はようやっとうべなった。

 

 三人はくるり、回転して龍神の姿に変化へんげした。感応状態になって透視する。

 そうして思わず目をみはった。 

 ……信じられない! 凛花のフィールリズムは最大目盛めもりをり切っていた。澄んだ瞳から読み取れたのは『強い決意』だ。そしてあふれんばかりの『慈愛』と『感謝』だった。

 女龍神たちは思わず感涙かんるいする。

 「……わかったわ。本当に、それでいいのね?」 

 「承知いたしました。わたくしも全面的に協力いたします」

 「もう私たちは運命共同体ね!」

 

 凛花は胸がいっぱいだ。

 「それで、あのっ! 実は神在かみありつきの『稲佐の浜』で太郎さんから教えていただいたことがあるの」

 「えっ! 未來王は、なんて?」

 「基本的に『ほまれ』には『斥力せきりょく』が込められているから『契約者』との再会は不可能だって。だから生活圏せいかつけんが近いのに、羽衣さんに会えそうで会えなかったみたい……」

 「確かに。斥力が働けばお互いをしりぞけてしまうわね」

 「ああ、困りました。他ならぬ未來王が不可能だとおっしゃったということは……。そもそも再会は艱難かんなんなくしてなし得ないのかもしれませんわ……」

 「でもね、太郎さんはこうも言ったの。『しかし例外として龍使いから是契約者に会いに出向いた場合は再会が可能かもしれない。だけどその場合は『瑞光ずいこうオーラ』に対して何らかの対策が必要だ』って……」

 ユウイがひらめく。

 「あら、それでしたら! もしかすると対策できるかもしれません。婚姻の儀の際におっ (龍蛇神王)から頂いた『秘宝』のひとつに『ははき織物おりもの』がありましたの。それなら瑞光ずいこうオーラをおおい隠せるはずですわ」

 ミュウズは納得してうなずく。

 「そうねっ! ははきの織物なら完全に瑞光オーラを遮断しゃだんできるわっ」

 ノアは満面の笑顔を向ける。

 「やったわっ、凛花! 羽衣さんに再会できるかもしれないわよ?」

 「ほ、本当に……?」

 「ええ! 黄金様にもこっそり報告しておくわね」

 「ふふ。安心しておまかせくださいませ」

 「ミュウズママ、ユウイさま、ノア……。ありがとう…………」

 凛花は腰を折り曲げて頭を下げた。

 緋色ひいろ龍神ミュウズとかい紫色むらさきいろ龍神ユウイは柔らかな笑みを残して住処すみかへと帰って行った。

 部屋にはいつものふたりが残された。凛花は気まずそうに伝える。

 「あのっ、ノア! ……いつもいつも心配ばっかりかけて、ごめんなさい…………」

 ノアは眉を下げて唇をとがらせる。

 「んもうっ! あなたって本当に……。私が凛花に弱いって、よく知っているでしょう?」

 「うん……。あのねっ、私、ノアが大好きっ! いつも、いっぱい、ありがとう……」

 凛花はノアをぎゅうっ、抱きしめた。

 「もう、馬鹿ね……。これからは一人ひとりかかえて悩まないで」

 ノアも凛花を抱きしめた。

 「私だって同じ心よ? だって『同値の関係』ですもの。……十五年前。宇和島で出会ったあの日から私たちにはとけることのない固いえにしがあった。きっと『たっとき御方』が親友としての『本物えに』結んでくださっていたのよ」

 「うんっ、私もそう思う。こうして穏やかな心が得られたのは『未來王』のお陰だねっ」

 「ええ。間違いないわね。ああっ、私もいつかお会いしてみたいわあっ」

 「ノア、協力よろしくね」

 「ええ、もちろん」

 「ふふ。幸せだなあ……」

 「ほんとに。幸せね……」

 女たちは結束して強い決意を固めた。

 ひそやかなプランが緒についていく。

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