第二十一章 ⑤凛花の告白

 三峯の丘の上。

 イレーズが肩を震わせる。

 「クククッ! 分かっただろう? 『ゴン子』は『未來王』が権現ごんげん(化身けしん)した姿だったんだ」

 「はい。まだ頭が混乱していますが……」

 「ああ、そうだ。先ほどの話には続きがある」

 

 ……日没後、冷たい風が音を立てて山を吹き抜ける。

 約束通りゴン子が迎えに来てくれた。ゴン子は俺の手をぐいぐい引っ張って兜率外天院とそつがいてんいんの『藍方らんぽうせい』に案内あないした。

 

 そうして『本来の御姿』を現した。

 

 ま、まぶしい……っ! 『誰か』がの前にたたずんでいる。もはやそれは眩い光の塊だった。 

 放たれる光は煌煌こうこうと輝いて遥か遠方かな彼方までを照らしていた。俺はその『光の塊(ひかり)の主』をどうしても見たくて必死に目をらした。

 ……見えたっ! 目の前にスラリとした若い男性が立っていた。

 思わず息を呑む。そして瞬時に察した。間違いない! この御方こそが唯一無二なる『未來王』だ! 俺は未來王の真の御姿をこの目で拝した。

 あまりの美しさに。あまりの崇高さに。あまりのたっとさに。欣幸きんこうの至りとなって涙が止まらなかった。

 

 未來王が微笑む。

 『お疲れさまでした。よく頑張りましたね』

 穏やかなバスバリトンの声音が宇宙コスモに響き渡る。ねぎらいの言葉をかけられた俺は感激に打ち震えた。そして固いラピスラズリの地面に崩れ落ちるようにひざまず平伏ひれふした。

 『あなたにを与えましょう。今日よりは『イレーズ』と名乗ってください。そして容貌ねん年齢れいは二十九歳で固定します』

 「二十九歳……?」

 『そうです。兜率天とそつてんでは各々の体力のう能力値りょくちが最大値となる年齢に固定されます。イレーズの場合は二十九歳です。今後はシャーマンとしての才覚を極限まで磨き上げてください。指導は『ごくとう万能ばんのう祭司さいし』三人がおこないます』

 「極等万能祭司、ですか?」

 『はい。彼らは藍方らんぽうせいの住人です。あなたの先輩であり仲間です。イレーズが加わることで三人衆だった極等万能祭司は『四人衆』となります』

 「は、はあ……?」

 『自分イレ自身ーズ此処ここ(兜率天とそつてん)での『未來』を感応とう透視してみてください』 

 イレーズは即座に自分の未來を感応とう透視した。

 ……俺は『未來王』の親友となり弟子となり『家族』になっていた。そして最高にイケてる極等万能祭司の仲間たちと『永遠とわの未來』を創造していく『恒久こうきゅう使命しめい』を与えられていた。

 『ご納得いただけましたでしょうか? イレーズが心を定めたならば我々は家族となります』

 「……だくっ! 未來王の友として。弟子として。この身を捧げ尽くします。そして何より王と家族になりたいです! 恐悦きょうえつ至極しごくに存じます…………」

 喜びがあふれてみなぎる。全身に強大なエネルギーがき上がってたぎった。

 『ハハ。イレーズ、あなたはもう独りぼっちではありませんよ? これからの長い長い時間軸を皆で楽しく穏やかに過ごしましょう。まあ、任務に関しましては若干じゃっかん面倒なこともありますが……。その辺は適当に良い加減に処理してください』

 「適当、で、いいのですか?」

 『はい。中心にえてある『根幹こんかん』を見失わなければいいのです。一番大切なものが分かっていれば間違うことはありません。もしも間違えたとしても即座に修正できます』

 俺は深くうべなった。

 「だくっ!」

 『我が無二の友イレーズ。あなたは我らの大切な家族です。ですからもう敬語はやめてください。堅苦しいのは好きではありません』

 「え……? あ、し、しかし……」

 『偉そうに踏ん反り返っているやからうつわなど知れたものです。大げさにあがたてまつられて良い気分になるような類型タイプは古臭くてダサいです。あんなのにはなりたくありません』

 「は……? ははっ、クククッ!」

 王のあまりに気さくな人柄に俺は思わず笑った。

 『永遠の友、イレーズ! 共に未來に尽くしていきましょう! これからよろしく』

 王は俺を包み込んでハグをした。そうして優しく頭を撫でてくれた。俺は未來王の柔軟フレキシブルなベールに包まれ守護された。そうして心の底から安堵した。

 『よく頑張りました。……いい子だ』

 「ううううっ、ううっ……、うわあああっっ」

 俺は幼い子供のように大声で泣きじゃくった。嬉しくて嬉しくて幸せで幸せで涙が止まらなかった。

 王が穏やかに微笑んだ。それは貴きアルカイックスマイルだった…………。

 

 そよそよ……、たわやかな風が吹く。

 凛花はイレーズに共鳴して伝える。

 「私も未來王より『龍使い』の使命を与えられました。生きていて良かったと心の底から感じることができました。改めて、王よりたまわりし龍使いの聖業をほこりに思います」

 イレーズは同意してうなずく。

 「未來ほん本来御姿おすがたはさ。それはそれはこの世のものとは思えぬほどに美しいんだ。それなのに何かに化身けしんするときはあえてユーモラスな風貌にする。容貌や振舞いをあえて崩すことで、ヒトの本性を探っているんだ」

 「そういうことでしたか! スマートでクレバーな太郎さんと『まんおじい老爺さん』のギャップが凄まじいと感じていました」

 「ククッ。ほんとに、ね?」

 イレーズは愉快そうに笑う。

 「未來王はさ。眷属神けんぞくしんのほかあらゆる神々から溺愛できあいされているんだ。さらにはサタンルシファーやハデスプルート。いわゆる悪魔や悪鬼人や天使からも愛されている」

 「わあっ、すごいです! 何となくですが。愛される理由がよくわかる気がします」

 「うん、王はさ。愛されたいとか、愛したいとか。理解されたいとか、従わせたいとか。感情を押し付けないんだ。ただ常に『尊重そんちょう』しているだけ」

 凛花はうべなった。

 「凛花は、さ。宇和島の家族に愛されて宝のように育てられてきた。俺が渇望かつぼうしていた『簡素なぬくもり』をそなえていた。しかし俺はその対極にある冷たい男だ。だから感情が欠落した落胤らくいんの男など凛花に相応ふさわしくないだろうと考えた。だからどうにかしてあきらめようとしていた……」

 イレーズが寂しそうにつぶやく。

 凛花の瞳はみるみるうちにうるみ出す。イレーズの言葉を聞いて猛省もうせいした。

 

 ……たとえ悪気が無かったとしても。自分本位な行動や言動によって誰かの心を傷つけていることがある。浅はかな対応によって傷口をえぐることもある。……私はイレーズさんを傷つけたくない。心を偽って嘘をつきたくない。だから今から誠意をもって向き合う!

 凛花は強く決意して勢いよく立ち上がった。そしてイレーズの正面に向き合うと腰に手を当てて仁王立ちをした。

 「宣言しますっ! 私はイレーズさんをおしたいしております! 恐らく、イレーズさんがビックリして困ってしまうくらい大好きになってしまっています!」

 イレーズは大きく目を見開く。ゴン子の真似をして仁王立ちしている凛花の両足はガクガクと震えていた。

 「えっと、それで、あの……っ。もっ、もしも可能でしたら! 私を恋人に……、していただけないでしょうかっ?」

 イレーズは少年のように無邪気に笑った。

 「うん! じゃあ、凛花と俺は今日から『恋人』ってことでいい?」

 「あ……、はっ、はい……っ!」

 「……ああ、驚いたな。冷酷れいこく無比むひだと言われているこの俺が……。クククッ、まさか恋に落ちるなんてさ。夢にも思っていなかったよ」

 凛花は照れながらつぶやく。

 「私の初恋は……、イレーズさんです」

 「やばい、嬉しすぎる……。だけど、ごめん。俺の初恋はゴン子かも……」

 「ふふ。私もゴン子さんが大好きです! それに私にとって『太郎さん』だけは、ずっとずっと『特別な存在』です」

 「ん。それはそうだね」

 ふたりは見つめ合う。頬と耳が火照って熱くなる。寒いのにポカポカだ。

 「あのっ! コン太に重箱のお弁当を持っていかれてしまったのでお腹が空いてしまいました。『味噌おでん』と『いも田楽でんがく』を買いに行ってもいいですか?」

 照れ隠しに凛花が言う。

 「ククク。じゃあ、俺もためしにしょくしてみようかな」

 「わあ、本当に? 大丈夫?」

 「うーん、たぶん? それに凛花と一緒なら味を感じられるからさ。これから美味しいものをたくさん教えてくれる?」

 「はいっ、それなら得意分野です! まかせてくださいっ」

 「売店、行こうか?」

 イレーズがスッと右手を差し出した。凛花は左手を重ねて添える。ふたりはそっと手を繋いで歩き出した。

 

 ぶわ……っ! 

 無数の藍方らんぽうちょうが舞い踊る。凛花が赤煉瓦ベルに帰宅した。

 「おっかえりい! 待っていたよ! 早く早くっ!」

 「ほらほらっ! それでそれでっ?」

 「えっと、あのね…………」

 …………! 

 待ち構えていたノアとコン太から質問責めにされた。龍神カップルは涙を流す。凛花の初恋じょう成就じゅを喜んだ。

 凛花とイレーズは時空じく世界を超越した恋人同士になったのだ。

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