第二十七章 ③もしものもしもの話

 出雲おお大社やしろ・結界上。

 ゲイルがじんみょう(奥深い)提案をする。

「凛花よ、君はさとく純真明朗だ。ゆえに教練トレーニングとして『憶測話スペキュレーション』をしてみないか? つまりは仮定アサン想定プション訓練だ。ハイポセシス(仮説表題)は『もしも未來王が大宇宙から消え去ったら』とする。どうかな?」

 凛花はゴクリ、息を呑み込んだ。不吉イーヴィルな表題に萎縮いしゅくしながらうべなった。


 ゲイルが前置きする。

「まずは心せよ。未來王が消え去る……、これはもしもの例示れいじであって事実ではない。そのおりに起こりうる現象予測であって、フィクション(架空の創作話)である」

「はい」

「では始める。……もしも、未來王が兜率天とそつてんを去り、大宇宙から消え去る日がおとずれるとしたら……。それは不意であって、僅少きんしょうの前触れすらないだろう」

 シップが続ける。

「未來王は愚鈍ぐどんな人間に嫌気がさした。あきれてウンザリした。未來の活路かつろ見出みいだせず疲れ果てた。ふと、きょ無感むかんさいなまれ脱力する。……あぁ、すくっても掬ってもキリがない。この先も延々と掬い続けるのか……?」

 ゲイルが付加する。

「愚か者があやまちを繰り返す。虚構きょこう(嘘)の正義を振りかざして善人を気取る。私欲にまみれて巧妙に搾取さくしゅする。五大欲求(生理的・安全・社会的・承認・自己実現)を満たすためにたらむ。姑息手法でわなにはめる。おとしいれて責任てん転嫁する。不穏ふおんな道筋へと丸め込んで扇動せんどうする……。いがみ合い、奪い合い、だまし合い、殺し合う。そしてまた不条理な犠牲者が生まれる。もはやすくいがあることが当然であるかのごとくに常態化しているのだ。……そんなある日、未來王は不意に姿をくらました。大宇宙から忽然こつぜんとして消え去った」

 イレーズが冷たく笑う。

「ククッ、もしそうなったらさ、三界さんがい(無色界・色界・欲界)は瞬時に消滅するよ? そして冥界インフェルノ(黄泉界・魔界・霊界)だけが残されるんだ。灼熱しゃくねつ極寒ごっかんの不毛地帯でさ。飢えとかわきの飢餓きがと。重苦じゅう責苦隠忍いんにんと。憎悪ぞうお怨恨えんこんが渦巻いてまんえん支配する」

 クロスが鼻で笑う。

「王が消えたことで冥境めいきょう(人間界と霊界ヘルの境界)が無くなるんだヨ。鬼悪鬼やら魔物モンスターやら。不快害虫やら寄生虫やら。亡者もうじゃやらゴブリン(小悪魔)やら……。悪霊あくりょう怨霊おんりょうがうじゃうじゃ湧き出して腐敗臭を巻き散らかす。辺り一面、強烈異臭がただようぜェ?」

 ゲイルが頷く。

「そうして逃げ場のない恐怖支配の日常ひびが幕を開ける。蔓延はびこる無数の悪霊あくりょう怨霊おんりょう無作為むさくいに生命体におそい掛かる。りついて好き勝手に悪さする。血液を欲して執拗しつようなぶり合う。しかし力量が互角ゆえに決着はつかない。縷々るる延々えんえん、エンドレスの血みどろ地獄となるだろう」

 クロスが言い放つ。

「要はァ! 人間の『邪念じゃねん』から生み出された悪霊怨霊、悪鬼悪魔が無数に蔓延はびこって人間ヒトや動物にりついて好き勝手に操縦コントロールするんだヨ。なにしろ法統制が消え失せた無差別無法地帯だからなァ?」

 イレーズは薄く笑う。

「そ。正邪ぜん善悪あくボーダーが無くなってアンビギュアス(曖昧あいまい)になるからね。モンスター(化け物)が生物の御霊みたまを喰らって身体ごと乗っ取って無間むげん増殖ぞうしょくするんだ。その増えたバケモノたちがジワジワ周囲を浸蝕しんしょくしてみ込んでいく。そうして六百六十六年後、残虐ざんぎゃく無慈悲世界が完成するんだ」

 ゲイルが総括そうかつする。

「未來王は消えてしまった。ゆえに泣き叫んで悲鳴を上げても、声を枯らして助けをうても、誰一人としてすくわれることはない。しかし狂乱きょうらん苦患くかんの日々のすべては人間が招いた帰結きけつであり、同情の余地はない。しかればいさぎよ因果ブーメ応報ランことわりのっとり、冥界インフェルノのエンドレス地獄を堪能たんのうすればよいのだ!」

 凛花は思わず絶句する。神々は恐怖におののいて震えあがった。

 シップが叱責しっせきする。

「こらこらっ、ゲイル、クロス、イレーズよ! 神々までもおびやかすのは感心せぬぞ? ……まあだがしかし。これこそがキング(未來王)が消失した『仮説未來』の末路まつろである。りない人間たちがおろかしさを積み上げた終局である。それゆえ観念して応報刑おうほうけいを受容するよりほかにすべはないのだ」


 クロスは真顔で言い放つ。

「極等万能祭司は未來王の下命以外は完全リジェ拒否クトだ。つまり、王が存在しない世界の俺たちは『役立たず』に成り下がる。だからパアァッ! 霧散むさんして消え去るゼ?」

 ゲイルが即座に同意する。

「それは当然だ。そもそも王のいない世界など無価値である」

 イレーズは凛花の頬をそっと撫でる。一転して穏やかな声音こわねで語る。

「心配しないで? 今はまだかろうじて『未來王時代』だから、ね?」

「……。あの……、もしもイレーズさんが消え去るときには、私も一緒にお願いします」

「ん。それは当然だよ。凛花は俺のディアーなんだからさ。永遠にずっと一緒だよ?」

「はいっ」


 ゲイルはくるり、主旨転換する。

「では凛花よ。ここからは『かり(万が一)』ではなく、『ファクト(事実)』の談義をしてみよう」

「はい! お願いいたしますっ」

 イレーズがレクチャーする。

新時代ネオフューチャーでは一旦すべてをフラット(平坦)にして徹底再調査が開始された。俺たち四人衆は過去にさかのぼって『六世界』の隅々すみずみ万遍まんべんなくメスを入れた。今まで座視ざし看過かんか(見て見ぬふり)されていた尊属そんぞく殺人罪にもメスを入れた。それこそ『逃げ得』だったやからは血の気が引いて青褪あおざめた。許しをうて泣き叫んだ。まさに阿鼻叫喚あびきょうかんだよ」

 ゲイルが頷く。

「そこに支配権力者と平民凡夫の区別はない。神仏悪鬼あっき天使堕天使てんし森羅万象しんらばんしょうのすべてが対象である。再ジャッジにおいての『厳罰対象者』は『鬼神(神将)』や『神霊獣(天将)』が完膚かんぷなきまでにたたきのめして霊界地獄に転送している。極悪人は極等万能祭司と冥界王が粛々しゅくしゅくと処理をする」


 凛花が問う。

「厳罰対象者は大勢居られるのですか?」

 イレーズが応える。

「うん。残念なことに物凄い数なんだ。歴史上において、遺恨いこん理不尽アンリーズナブルがひたすら隠蔽いんぺいされ積み上げられてきた。それらがようやく矯正是正せいされて数値データに基づいての適正分別が始まったところだよ」

 凛花はさらに問う。

現世げんせにおいて。正当なるジャッジがくだされ始めているのは嬉しいです。けれども存命中、善人にはらしめ処罰があるのに悪人にはほとんど無い……。それがどうしても不公平に思えてなりません。なぜですか?」

「うーん……。まあ、正論としては不公平に感じるかもね? だけど先天性マニピュレーターとか凶徒きょうと暴徒ぼうと匪賊ひぞく姦賊かんぞく類型タイプはさ。自己愛が強すぎて反省とか遠慮とか謙譲けんじょうとかできないんだよ。それなのになぜか、自分は誰よりもすぐれていて、完璧で、神をも超越した人格者だと思い込んでいる。おめでたい異常者キチガイだよね」

「以前、太郎さん(未來王)がおっしゃっていました。高慢こうまん驕慢きょうまん(勘違い人間)になってしまっているから反省や理解ができないのだと……」

「その通り。貧汚たんお生物の誤認識、残念過ぎて笑えるよ。そんなやから劇甚げきじん処罰は『彼岸あのよ』に行ってから、じっくり……、ね?」

「死後処罰というのは、むをいたかたなく、なのですね」

「そ。つまり存命中の処罰とは『自己の反省』と『改悛かいしゅん余地よち』を有する者に対してだけってこと。いわば修正チャンスでもあるんだよ。その好機を生かすも殺すも本人次第だけどね? 人間は兜率天とそつてんと同じ『欲界』に属しているんだからさ。もう少し頑張ってほしいよね」

「同じ欲界でも雲泥うんでいの差です。極等万能祭司の皆さんは日々に粗悪異常者と対峙たいじしておられる……、凄惨過酷こくな任務なのですね」

「んー? そうでもないよ。指先ひとつ、だからさ。ま、不快でムカつくけどね? だけどそこは以心伝心いしんでんしんの図抜けた仲間たちと協力して、どうにかこうにか頑張っているよ」


 ゲイルが爽やかな笑顔を向ける。

「では、最悪の末路を招かぬためのアドバイス(進言)をしよう! それは各々おのおの卑屈ひくつ(愚痴)と傲慢ごうまん(自尊)の心に支配されないことだ。両者は一見して真逆のように見える。しかしかみ一重ひとえの似た者同士。隣り合わせの『同類シミラー種』なのだ」

 クロスがおどける。

「オエェッ! イヤだねェ? 下世話な悪口に噂話、つまんねえ自慢話からのマウント合戦、お涙頂戴の身の上話、そうして悲劇のヒロインかァ? アーアッ、承認欲求丸出しで虫唾むしずが走るぜ! ヴァニティ(自惚れや)とか? インシディアス(姑息陰険)とか? 最悪の嫌忌けんき類型タイプだヨ」

 ゲイルが同意する。

「そうだ。嫌忌けんき類型タイプ増殖ぞうしょくこそがカタストロフィ(破滅)への道を引き寄せる。そして反吐へどが出るほど忌々いまいましい類型タイプこそ『善人を装った悪党・マニピュレーター』である」

 シップがまとめる。

「まさに今、六世界が一丸いちがんとなって大変革の真っ只中なのである。『ジャッジ・処罰・転生』を駆使くしして『相応そう世界おう』の具現化に向かっているのだよ」

 イレーズはおどける。

「ま、王は時々ゲンナリしてさ。遠くを見つめてめ息ついているけどね?」

 凛花は思わず笑みをこぼす。

「ふふっ(想像できちゃう……)。ですが過去の理不尽が修正されている今、これから先の未來は悪くない! そんな気持ちが芽生めばえます。それに未來王の大変革、ちょっと面白そうです!」

 四人衆は顔を見合わせて笑う。

「ククッ……、確かに。そうかも、ね?」

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