第二十四章 ①審判(自白・コンフェッション)

 映画館・ステージ上。

 羽衣ういが叫ぶ。

 「やめてええっ! お父さんを殺さないでえっ!」

 

 ピタリ……。


 いろ九頭くず龍神在あるろの動きがピタリ、停止した。コン太は硬直して動けなくなってしまった。

 (んん? あれれえ? 一体どうなっているんだい?)

 どうやら声も出せないらしい。

 しかし脳内は冴えていて意識クリ明瞭アーだ。訳が分からず当惑とうわくする。

 動きが停止したのはコン太だけである。

 

 レンジは『お父さん』と呼ばれて愕然がくぜんとしていた。

 ……まさか? 羽衣が知っているのか?

 羽衣は必死に訴えかける。

 「知っていたの! レンジさんがお父さんだってこと……、ずっと前から分かっていたのっ!」

 「うっ、羽衣?」 

 「小さい頃から人気俳優のレンジさんに会いたかった。どうすれば会えるのかな、っていつも考えていた。だから羽衣は芸能界アイドルを目指したの。……夢が叶ってデビューして、お仕事が増えて、やっと会えたのっ」

 

 遮光頭巾きんかぶった輝章が混乱気味に問いかける。

 「え? ふたりは不倫しているのではなかったの? あのスキャンダルは……?」

 「あんなの全部デタラメですっ。不倫なんてしていません!」

 「だけど、週刊誌に高級ホテルでの密会写真が……」

 「あの写真はホテルのレストランで食事をご馳走ちそうになったときに撮られたものです。ふたりで美味しいご飯を食べて、たくさんおしゃべりしました。すごく楽しくて嬉しくて……。羽衣が甘えて腕を組んだところをパパラッチに撮られちゃっただけなんです」

 「え、え? じゃ、じゃあ、男女の関係は?」

 「そんなの一切ありません! レンジさんはいつだって紳士的しんしでした」

 「そ、そんな……。つまり羽衣さんは、レンジさんが父親であることを初めから知っていたってこと?」

 「そうです。全部知っていてレンジさんに近づいたんです。……だけど欲が出ちゃったの。もっともっと仲良くなりたいって思っちゃったの。だから連絡先の交換も、デートのお誘いも全部、羽衣からお願いしました」

 「じゃ、じゃあ、レンジさんとは……? もしや僕は、思い込みでとんでもない勘違いを……?」

 「朝も夜も、いつだって! 空に向かってお願いしていました。一年じゅう、神様とサンタさんと彦星さんと織姫さんに『お父さんに会わせて』って祈っていました。その願いが神様に届いたの。だから、レンジさんに会わせてもらえたの……」

 輝章は言葉を失った。

 

 羽衣ういの視界はさえぎられている。遮光ずき頭巾で頭から顎下あごしたまですっぽりとおおい隠されている。 彷徨さまようように手を伸ばす。手探てさぐりでレンジの腕にすがりついた。

 そうして涙声で告白コンフェッションする。

 「あのね? ママはいつも言っていたよ。『レンジさんは世界一、大好きな人』だって」

 「……? そっ、そんな馬鹿なっ……」

 「あの日、レンジさんと出会えたから『天使』をさずかった。羽衣は神様からの贈り物なんだって。……レンジさんは最低な男かもしれない。だけどどうしても嫌いになれなくて、ずっとずっと大好きなの、って。……ママはね、レンジさんを責めていない。今だって大ファンで応援しているの」

 「う、嘘だ……。あんなにひどわされたというのにっ……!」

 「ママはね、一途いちずなの。意思が固いの。だから今でもずっと『たったひとり』を愛し続けているの……」

 

 レンジは胸が張り裂けてしまいそうだ。 

 ……信じられない! ナナはこの俺をうらんでいなかったというのか? ずっとファンでいてくれたというのか? 

 ……二十三年前。所沢市で出会ったのは愛らしくて親切な女子中学生だった。あらぬ欲望に支配された俺は少女をだまして愛車に乗せた。そうして河川敷かせんしきでレイプした。

 散々弄もてあそんでから我に返った。草むらに放り出した。恐れていたのはスキャンダルだった。

 ぐったりして地面に横たわる少女に二万円を投げつけた。そうしてアクセルを踏み込んで逃げ出した。

 ……あのあと、半裸で置き去りにされた少女ナナはどんな気持ちで身繕みづくろいをしたのだろうか。

 自宅までの道のりを泣きながら歩いたのだろうか。

 妊娠が分かったとき、どれほど絶望したのだろうか……。

 世間からの冷たい眼差しは耐え難かったはずだ。進学もままならず金銭的にも相当の苦労があっただろう。出産も子育ても、思うようにいかなかっただろうに…………。

 

 レンジはおろかな自分にあきれて天をあおいだ。

 「俺は……、ほんの少しだけ人間らしい心を取り戻せた。がらにもなく羽衣を守りたい、助けたいと思えた。この世に自分の命よりも大切な存在があることを知った。『我が子』というものは、ただひたすらにいとおしい存在だった……」

 「レンジ、さん……」

 「しかし俺は羽衣の母親ママ(ナナ)の青春を奪った男だ。もてあそんで捨てた男だ。だからこんな破廉恥男はれんちおとこに『父親』を名乗る資格はない。おこがましくて胸を張れないんだ」

 「でっ、でもっ……!」

 

 レンジはてのひらを開いて言葉をさえぎった。

 「羽衣、聞いてくれ。実は『偽装結婚』を解消したんだ」

 「え? 偽装、結婚……?」

 「サユミと離婚したんだよ。三日前に。この試写会が終わったあとに正式発表するつもりでいた」

 「サユミさんと離婚したの? 本当に?」

 「ああ。それから俺の資産もすべて整理した。それでサユミと『被害者』に慰謝料を支払う。羽衣の自宅にも、近々弁護士が訪れる。そうしたら提示されたものを拒絶せずに受け取って欲しい。今後の手続きは弁護士に一任いちにんしてあるから心配しなくていい」

 「べんご、し?」

 「おそらく俺は今日を最後に消えてしまうだろう。……だが遠慮は無用だ。せめてもの贖罪しょくざいを受け取ってくれ。

 そしてどうか家族みんなで幸せに暮らして欲しい……。それが俺の一番の願いなんだ」

 「いやっ、いやっ! それじゃあ家族みんなとは言わない! お父さんがいないっ! そんなのいやっ! いやだあああっ……」

 羽衣は半狂乱で泣き叫んだ。

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