第九章 ②地獄穴と岩屋

 十月のはじめ。

 富士の山は初冠雪を迎えた。

 その翌日、うら木曽きその黄金龍王トールは富士五湖の龍神たちに波動メッセージを送った。

 本栖もとす湖・精進しょうじ湖・西さい湖・河口かわぐち湖・山中やまなか湖にはそれぞれ男龍神が棲んでいる。

 以前は、その狂暴粗暴なる気質から『乱波らっぱ五大龍神』と呼称こしょうされ恐れられていた。その荒ぶる五大龍神たちは、龍王からのメッセージを確かに受け取った。


 そしてさらに、この乱波らっぱ龍神たちを善導して見事にしずめた伝説の女龍神のもとにも波動メッセージが届いていた。

 伝説の『緋色ひいろ龍神』は鳴沢なるさわひょうけつの地獄穴の奥底に棲んでいる。此処ここで永き年月にわたって深い眠りについていた。

 伝記によると、地獄穴は青木ヶ原の樹海から江の島の岩屋洞窟へと結ばれていると云われている。しかし、この穴の貫通を証明できた人間が存在したとかしないとか……、真実はいまだ明らかではない。


 『目覚めよ……』

 黄金龍王トールの低い声が洞窟どうくつに響いた。緋色龍神は重いまぶたをゆっくり開いた。

 

 茅ヶ崎ちがさき海岸。

 秋風が心地いい。ノアは凛花を背に乗せて烏帽子えぼし岩の上空を飛翔していた。

 「新たな龍神家族に挨拶に行こう!」

 昨晩コン太とノアに誘われた。これから伝説の『緋色龍神』のもとにご挨拶にうかがうのだ。

 

 江の島の青銅せいどう鳥居とりいの前で人間に化身したコン太と合流した。仲見世通りを抜ける。まずは江の島の頂上目指して階段を一段、登りはじめた。

 「ちょっと待ってえ! おいら、あれに乗ってみたい」

 コン太が指差すのはの有料の上り専用エスカレーターだった。

 「もうっ、少しくらい歩けるでしょう? 頑張りましょう」

 ノアはコン太を励ました。

 「おいら歩きたくない! 恐ろしいほど階段が続いているのが空から見えたよ! ねえ、あれに乗ろうよ? エスカー! エスカー!」

 結局、駄々だだっ子コン太の強い要望によって『江の島エスカー』に乗ることになった。

 しかしそれは、想像以上に楽ちんだった。

 

 江島神社の辺津宮・中津宮・奥津宮の『三女神』にご挨拶した。江島神社の社紋は大蛇伝説残る『三枚のうろこ』の紋様もんようだ。龍神とも馴染みが深い。

 

 頂上から御窟(岩屋)に向かって歩く。

 勾配こうばい激しい石階段をくだっていく。相模湾の波音に近づいていく。荒波に浸食された景観を楽しむ。

 そうして江の島最奥の『岩屋』に到着した。


 赤い欄干らんかんの岩屋橋を渡って入場する。洞窟の中はひんやりしている。

 第一岩屋の中盤に、係りの人間から蝋燭ろうそくを渡された。淡いともしびが足元を照らす。石仏に見守られながら岩屋最深部の行き止まりまでたどり着く。

 「やばい、やばい! 乱波らっぱ五大龍神をつかさどる伝説の緋色ひいろ龍神がもうすぐ目覚めるよ!」

 興奮したコン太がソワソワと動き回る。洞窟の天井に激しく頭をぶつけてもだえ苦しんでいる。

 木の柵の向こうには鳴沢氷穴に続くとされる洞窟が現れた。

 

 ノアとコン太が呼びかけるように小さな咆哮ほうこうをあげる。

 すると、柵の向こうの洞窟の奥から緋色龍神のレスポンス(応答)の咆哮が聞こえてきたのだ。 

 それは柔らかくて美しい声色こわいろだった。緋色龍神とは、優麗ゆうれいなる女龍神なのだと凛花は確信した。

 ノアが悪戯いたずらっぽく微笑む。そしてサラッと告げる。

 「私のママなの」

 「えっ! 緋色龍神って……、ノアのママなの?」

 「うふふ、そうなの。名はミュウズ。トールパパよりずっと怖いんだから!」

 「ふふ、龍王よりも怖いなんて最強の龍神なのね。ノアのママのミュウズに早く会いたいな」

 凛花は嬉しくてたまらない。また大切な家族が増えるのだ! 胸を躍らせ、キラキラ瞳を輝かせた。

 

 コン太はニヤリ、意味深な笑みを浮かべていた。

 ……これから少し先の未來を予見する。これから起こるとされる刺激的事象を想像する。もうそれだけで、ゾクゾクワクワクしてくる。

 龍体にエネルギーがたぎる。天界から多量のエナジーが与えられている。全身に未知なるパワーが宿ってみなぎる。

 そうして、高き場所から貴き使命が与えられていることを自覚する。コン太は思わず武者震むしゃぶるいした。

 「イヒヒッ! これから先が楽しみだねえ?」

 

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