第十二章 ① 集結(食事会)

 あか煉瓦れんがベル。

 今日は凛花とノアの部屋がにぎやかだ。大勢の招客しょうきゃくおとずれている。

 黄金龍王トールと緋色ひいろ龍神ミュウズ(夫妻)。さらには富士五湖の乱波らっぱ五大龍神までもが赤煉瓦ベルにやって来た。

 1DK(ワンディーケー)の激セマ部屋に激レア龍神たちがズラリ、集結しているのだ。


 コン太は思わず可笑おかしくなって頬をゆるめた。

 集結した彼ら(龍神)は皆、当然ながら人間の姿に化身けしんしている。

 黄金龍王トールは貫禄かんろくがあって威圧感が半端ない。金髪のオールバック、声は低く眼光は鋭い。気安く近づけない威風堂々たるたたずまいだ。ノアの『パパン』は迫力満点なのである。

 乱波らっぱたちは龍神の姿も人間に化身した姿も基本的に同様だ。強靭きょうじん強面こわもてムッキムキの中年男である。個体能力値は高いけれど気難しくて頑固者である。荒っぽくてとがった性質ゆえに大変扱いにくい。

 例えるならば黄金龍王トールと乱波らっぱたちは、荒々しくていかついイケオジ(イケてるオジさん)たちといったところだ。

 そして緋色龍神ミュウズは当然ながら! ブラボーのビューティフォー! である。

 容姿端麗、スタイル抜群。明朗で裏表のない飾らない人柄だ。美人(美龍)のうえにサッパリとした気質で信望しんぼうが厚い。容貌も内面も申し分ない絶世の美女なのだ。

 さすがは親愛なる恋人ノアの『ママン』なのである。


 それにしても凛花という龍使いはたいしたものだ。『食事会』と称して黄金龍王夫妻に富士の乱波らっぱ五大龍神までも呼び出してしまうのだから恐れ入った。

 されど赤煉瓦ベルの六畳程度の居間リビングに大柄の龍神が九体(九人)! プラス凛花。狭い室内に十人……。

 いくらなんでもいささか無理がある。心なしか酸素が薄いように感じる。

 ダイニングテーブルの上には凛花お手製料理がところ狭しと並べ置かれている。

 ジャジャーンッ! 本日の夕食ディナーメニューはこちら! 龍神たちリクエストの甲斐かいサーモンの太巻き寿司(てんこ盛り)。甲斐サーモンのマリネ(てんこ盛り)。さらには野菜たっぷりけいちゃん焼き(大盛)。平べったい五平ごへいもち(大量)だ。

 姿勢を正して両手を合わせて「いっただっきまーす!」からの「ごちそうさまでした!」まで、……わずか三十分。

 あっという間に盛りだくさんのごちそうをワッシワッシと平らげた。


 黄金龍王トールが穏やかに話しかける。

 「凛花は少し頑張りすぎていないかい? 深夜から早朝にかけて『契約者』と鬼ヶ城の浜辺で過ごすだろう? それから大学での講義を受けて。在宅ざいたくとはいえアルバイトもある。……身体が心配だよ」

 凛花は笑顔で応える。

 「わあ、トールパパに心配させてしまってすみません! だけどノアがいつも支えてくれているので大丈夫です! 大変だと感じたことさえ一度もありません」

 「そうかい? くれぐれも無理をしてはいけないよ」

 「ありがとうございます。本当に全然無理なんかしていません。大好きなノアとコン太のお陰で毎日が楽しくて幸せです」

 「それならいいが……。凛花は龍神界にとって大切な家族だからね」

 「はいっ」

 ノアとミュウズはくすりと笑い合う。

 「パパがこんなに人間に優しいなんて驚きね」

 「本当に! 凛花だけは特別みたいね」


 コン太はパンパン! と手を叩いて一同の注目を集める。そして得意げに語り出す。

 「いやはや! 伝説の緋色龍神が永い眠りから目覚めてさ! 青木ヶ原あおきがはら樹海じゅかいから現れたときは感動したよ! 

 西湖さいこ乱波らっぱ五大龍神が集結してさ! 緋色龍神ミュウズの目覚めを華麗なる『龍の舞』を演舞えんぶして歓迎したんだ。富士の山は降ったばかりのしゅうせつがきらきらと輝いていてさ! 湖上には幾つもの虹がけられたんだ。それはそれは見事で圧巻だったよ!」

 興奮気味に状況説明をした。

 「わあっ、いいなあ! その景色見たかったなあ」

 凛花は絶佳たる風景を想像して詠嘆えいたんする。

 ミュウズはうるわしく微笑ほほえむ。

 「黄金龍王トールから『そろそろ目覚めよ』って波動メッセージが送られてきたの。昼寝ひるねのつもりが何十年か経過していたみたいねえ。どうやら少し寝すぎたかもしれないわ」

 コン太と乱波らっぱたちはうなずいて笑う。

 「確かに寝過ぎだねえ!」

 「それにしてもクールな性格のノアが龍使いの人間と深い信頼関係にあることを知って驚いたわ。だけどそれ以上に嬉しかったの。

 だから余計に……。凛花の幼少期の影像を感応とう透視したときには怒りに震えてしまったわ。思わず富士山を噴火させてしまうところだったのよ! 危なかったわ」

 ミュウズはウインクして茶目っ気たっぷりに微笑んだ。そうして凛花のほおをそうっとでた。

 

 凛花は嬉しくてたまらない。

 また大切な家族が増えた! コン太から緋色龍神ミュウズはクレオパトラもビックリ仰天ぎょうてんの美しさだよ! そう聞かされていた。そしてそれはまさにその通りだった。

 あかね色のはだえと瞳は黄金色を帯びている。まるでまばゆい太陽のようだ。さらに人間に化身した姿も嘆息たんそくしてしまうほどの麗しい姿なのだ。

 そっと包み込む柔らかな優しさはノアとおんなじだ。一瞬で大好きになった。

 

 ミュウズが凛花の耳元に囁く。

 「ねえ、凛花。娘と仲良くしてくれてありがとう。少しは役に立てているのかしら? ノアは気が強いから同居していると大変でしょう? それに、ずっと一緒に居ると気をつかって疲れるんじゃない? 大丈夫?」

 凛花は目を見開いた。

 「ええっ? そんなこと、考えたこともなかった」

 ノアは頬をふくらます。

 「もうっ、ママったら! いつまでも子供扱いしないでよ! 掃除だって洗濯だって分担しているんだから! ……料理は凛花が得意だからまかせちゃっているけど」

 凛花は笑う。

 「ふふ。ノアは家事全般なんでも得意ですよ! それに財団運営をしながらの任務を遂行すいこうしています。家賃や生活費も折半せっぱんしてくれています。とても思慮深くて頑張り屋で申し分のない女性です。ただただ感謝しています」

 ノアは得意げだ。

 「ほらっ、聞いた? 凛花もそう言っているでしょう? ママは心配しすぎなのよ」

 凛花は改まって告げる。

 「だけど本音を言えば。……家事とか生活費とか、そんなのはどうだっていい。

 私にとって何より重要なのはノアの存在そのものです。ノアはいつだってかたわらにいてくれています。そっと見守ってくれています。心を支えてくれています。それだけで十分じゅうぶんなのです」

 ミュウズとノアは思いがけず胸がいっぱいになってしまった。

 「トールパパ! ミュウズママ! ノアをこの世に誕生させてくれてありがとう! 私はノアと出会えて。龍神界の家族に迎えていただけて。本当に幸せです! ありがとうございます!」

 トールとミュウズは目頭が熱くなって涙ぐんだ。

 「いや、凛花……。こちらこそありがとう。……ありがとう!」

 こらえきれずにホロリ、大粒の涙を落としたのだった。

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