第十八章 ③凛花とイレーズ

 稲佐の浜。

 カミハカリの期間。出雲おおや大社しろから弁天島の上空には目視できない結界がめぐらされている。

 イレーズと凛花は結界空間の中に浮遊して向き合っていた。

 ノアとコン太は飛翔したままに。わずかに距離をとってふたりを見守っていた。

 

 イレーズが問いかける。

 「王と過ごした時間はどうだった? 極上エクセレントだった?」

 凛花は無言のまま。うんうん、うなずく。赤くれたまぶたをゴシゴシ、こする。そしてズズッ、鼻をすすった。

 イレーズは大きく息を吐き出す。

 「あのさあ! 王がさ、あんたのことを『友人』だって明言したんだろう? だったら『王の友人』に違いないんじゃないの?」

 「そんなっ……! おそれ多いです」

 「へえ? あんたはさあ、王と友人になりたくないの? 王のこと嫌いなの? 迷惑だってこと?」

 「とっ、とんでもありません! 恐悦きょうえつ至極しごくに存じます」

 「そ?」

 「太郎さんに『今日から友人です』そう言われて嬉しくてたまりませんでした。出雲おおや大社しろの『本物えに』に心から感謝しました。まさか、未來王であらせられるとは思いもよりませんでしたが……」

 「ふうん……」

 「イレーズさんやごくとう万能ばんのう祭司さいしの方々とは『親友』だとおっしゃっていました。とても深い信頼関係を感じました」

 「うん。特別な絆があるんだ」

 「はい」

 「あ、そういえば! さっき感応とう透視したけどさ。王から『イレーズと是非とも仲良く』ってお願いされていたよね?」

 「あ、はい……」

 「じゃあさあ、凛花。俺とも『友人』になってくれる?」

 「…………?」

 「いやなら仕方ないけど?」

 思いがけないイレーズの言葉に凛花は目を見開いた。驚き過ぎて涙がピタリと止まった。

 ノアとコン太は口をあんぐり開けて絶句している。

 慌てて返事をする。

 「はっ、はい。もちろんです! 友人にしていただけるなんて嬉しいです。よろしくお願いします」

 「うん。じゃあ、凛花。今からは友人としてはなしをしようか」

 「はい」

 

 イレーズは、ため息まじりに話し出す。

 「俺はさ。凛花との『対面』をさあ……。全然ぜんぜんまったく微塵みじんたりとも! 望んでいなかったんだ。そもそも人間なんて大嫌いだしさ。ビックリするくらい気が進まなくてさ」

 「……はい(すみません)」

 「コン太から特別な龍使いだよ、と聞かされてはいた。王からの『下命かめい』だから渋々しぶしぶ承知したけどさ。だけど嫌で嫌で仕方なかったんだよね」

 「……はい(すみません)」

 「今日はまわしくて、腹立たしくて、最悪の一日になる、って予想してた」

 「……はい(すみません)」

 「だけどさ、思いのほか悪くなかったな」

 「…………」

 「たぶん王はさ。凛花の悪くない人物像を掌握しょうあくしていた。そして実際に対面してみてさ。それで結構気に入ったんだろうね? だから率先して友人になった。ってことはさ、王の決断ってことだよ?」

 「そう、なのでしょうか……」

 「この『りゅう華樹げじゅ布袋ふたい』を直接渡されたんだ。『友人』ってことに間違いないよ」

 「もったいないです。今さらながら無礼や非礼がなかったか心配です」

 「ククッ、それは心配ないと思うけど? そもそも王は大げさにあがめられたり平身低頭へいしんていとうされるのを嫌うんだ。だから全然平気だよ」

 「それならいいのですが……」

 

 ふたりはなごやかに会話をはじめた。

 「それで凛花はさ、王のことをどう感じた?」

 「はい。柔らかな雰囲気で。ユーモアがあって。イマドキだなって感じました」

 「うん」

 「あまりに気さくなので。大らかで優しい神様だなあって、安心してしまって。それで思わず調子に乗って……。たくさん質問してしまいました……」

 凛花はしょんぼり小さくなった。イレーズは再度感応とう透視して王と凛花の対話ダイアローグを映じ見る。

 そしてまた吹き出した。

 「クッ、クククッ! あー、ほんと面白い。凛花はそれなりにかしこいみたいだね? ふたりの白熱した対話ダイアローグ、なかなか……、だよ?」

 「ああ……っ! 恥ずかしい。穴があったら入りたいです……」

 「王の性格ってさ。気長で短気。柔軟で頑固。慈悲深くてシビアで。熱くて冷めていて。丁寧で雑なんだよ。対極を網羅もうらしているからとらがたくて掴みどころがない。さらりとしたフレキシブル(柔軟)なジーニアス(天才)なんだよ」

 「はい。ご自身でも真面目であり不真面目なのだとおっしゃっていました。適当なのだとも……。光背こうはい(後光ごこう)に非凡な能力をわざと隠しておられるのだと感じました」

 「うん、確かにそうだね」

 「ですが。ひけらかさずとも秀逸な人格者であられることは隠せていませんでした。端然たんぜんとされていてまたとない威厳を感じました」

 イレーズは嬉しそうに笑った。

 「うん。王は……。『太郎』はさ。俺たち極等万能祭司にとっての唯一無二。絶対的な存在なんだ」

 「はい」

 「とは言え。太郎(王)は結構不真面目だからさ。ドロドロした人間の本質を見澄まして面白がっている感がいなめない。だけどその一方では。救いの道筋を真剣に思案熟考しているんだよ」

 「確かに太郎さんは気ままな自由人に見えました。しかしながら。繊細で誠実な御方であると感じました」

 「そうだね、短時間でよく理解したね」

 「太郎さんの不思議なお力によって。声にならない悲鳴をあげていた私の心は救われました。根幹こんかんに『ゆるす心』を宿やどしていただきました」

 「へえ! ふうん……。あんたのロジック(論理)も思考回路のストラクチャー(構造)も意外と悪くないみたいだね」

 「あのっ! 太郎さんとまたお会いできるでしょうか? 龍使いに取り立てていただいたお礼をお伝えしたかったです……」

 「王と凛花は友人なんだからさ。必ずまた会えるよ」

 イレーズは即答した。

 

 ふたりの会話は続く。

 「実はさ、未來王は人間界に暮らしているんだよ」

 「え? そうなのですか!」

 「うん。大学生。国内屈指の国立大学の学生をしているよ」

 「降臨こうりん、されているのですか?」

 「そ。『未來』のためにね?」

 「もしや不吉な予兆があるのですか?」

 「まあ、そうだね。良くない予見予兆があるから地上に降りたんだよ。渋々、ね?」

 「きっと。多角的視点を持ちながら真剣に取り組んでおられるのだと察します」

 「うん。暗澹あんたんたる未來を照らすにはどうしたらいいかってさ。日々に思案して対策を練って熟考しているよ」

 「たっとき未來王に畏敬いけいきょうけいいたします」

 「とは言っても。人間の機微きびや心理を見澄まして遊興ゆうきょうしているところもあるけどね?」

 「はい。きっとすべてを見極めて考え抜かれて。そして『未來』を潜思せんし潜考せんこうされているのではないかなと感じます」

 「…………。そうだね」

 

 イレーズは凛花の理解能力の高さに感心する。それに人間のくせに心根が綺麗だ。

 だがしかし何だか面白くない。凛花の恐縮した態度に距離を感じるのだ。

 イレーズは肩をすぼめるのだった。

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