第十八章 ②太郎の正体(確証)

 稲佐の浜・弁天島の結界上。

 コン太がぼやく。

 「あーあっ! それにしても残念だなあ! おいらも未來王に拝謁はいえつしたかったよっ」

 ノアも大きくうなずく。

 「ええ、本当よね。まさかこんな近くにられたなんて……」

 「ああっ! それにしてもくやしいなあ! カミハカリの『透明けっ結界かい』のせいで未來王の気配にすら気がつけなかった。滅多にないチャンスをのがしちゃったよ」

 「きっと八百万やおよろずの神々にばれないように完全に気配を消しておられたのね……。だけど、もうっ! ぜひとも近くでお目にかかりたかったわ」

 コン太とノアは口をとがらせて悔しがった。

 

 凛花は声を震わせて問いかける。

 「あの……? 太郎さんって、……未來王、なの?」

 コン太は破顔した。

 「そうだよ! たっとき未來王だよ!」

 「でも、どうしてわかるの? だってコン太は会っていないでしょ?」

 「その『布袋ふたい』だよ! それを見れば一目瞭然いちもくりょうぜんさっ」

 「え? この布袋?」

 「そうさ。そもそも『りゅう華樹げじゅ』は未來王のトレードマークみたいなものなんだ。凛花がもらった蒼い布袋があるだろう? その『りゅう華樹げじゅ模様もよう』こそ! 未來王たるあかしだよ!」

 「う、嘘……。この御守りが?」

 「そういうこと! 『龍華樹プンナーガ』は聖なる木なんだよ。つややかな葉っぱが重なり合うと龍のうろこを形作る。広がる枝には龍が吐きだす百宝がたわわに実る。季節が巡るとそこから小さな白い花が開く……縁起のいい言い伝えがあるんだよ」

 「……。じゃあ、本当に太郎さんが……」

 「そうさっ、未来王さ! 本来ならば滅多めったにまみえることなど叶わぬ御方だよ! 

 おいらだって一度しか拝謁はいえつしたことがないんだよ。それも物凄い遠くからだったしさ。だから、ご尊顔そんがんはさあ、実はよくわからないんだよねえ……」

 「そうなんだ」

 「未來王としゃべったのかい?」

 「……うん」 

 「それはすごいっ! おいらたち龍神は波動を通じて未來王からのメッセージを受け取ることはできるけど。まだ一度たりとも直接対話したことはないんだよ」

 「そうなの?」

 「それに超絶ウルトラスーパー激レアの『りゅう華樹げじゅ布袋ふたい』までいただけるなんてさ! やっぱり凛花はまたとない強運の持ち主だな!」

 「……そっか。本当に、そう、なんだ……」

 ようやくコン太の言葉を受け止めると、ふと。凛花に喪失感が押し寄せてきた。寂しさとわびしさが襲い掛かってきた。

 ……太郎さんはユーモアがあって。テンポが良くて。柔らかくて……。私如ごときが親近感を覚えてしまうほど心安こころやすくてない人柄だった。楽しくて極上の時間ひとときだった。

 きっと秀逸しゅういつなる神様なのだろうと察していた。だけど想像を絶するほどに別次元の御方だった。まさか太郎さんが『未來王』だったなんて……。

 どうやら私は千載せんざい一遇いちぐうの奇跡で『未來王』にまみえていたらしい。

 どうやら私は『りゅう華樹げじゅ布袋ふたい』という最上の果報を頂戴ちょうだいしていたらしい。

 そして私は……。途方も無い御方と友人になれたと勘違いをしていた。

 図々しく浮かれて。いい気になって。身のほど知らずもはなはだしい。 

 それに、私は幼稚だ。あきれるほどの未熟者だ。

 嬉しいだとか、光栄だとか。そんな感情がいてこない。

 心にぽっかり穴が開いたようなむなしさに支配されている。太郎さんとの隔絶を思って悲しくなってしまっている。

 

 ……密かに自覚していたことがある。

 私の心の奥底には憎しみがわずかながらも残されていた。攻撃的感情に薄く濁されていた。

 そんな怨恨えんこんから解放して洗い流してくれたのが『太郎さん』だった。

 潜在意識の中に隠れていた『毒のトラウマ』を解毒げど中和してくれた。

 胸の奥に引っかかっていた『けがれたわだかまり』を消除してくれた。

 奥深く突き刺さっていた『毒の針』を引っこ抜いてくれた。

 そうして。『ゆるす心』を与えてくれた。


 凛花はつぶやく。

 「ああ、私って厚かましいなあ……。

 もう友人として再会できないって。住む世界が違うって。わかったはずなのに…………」

 凛花はどうしようもない現実に絶望して切なくなってしまった。

 蒼い布袋ふたいをギュッと握りしめて悲痛に顔をゆがめた。そうして天をあおいだ。

 「うっ、……ううっ。そっか……、……そうなんだ。じゃあ、もう、会えないのかなあ…………」

 ついにこらえきれなくなって涙があふれ出た。必死になって声を押し殺す。大きな瞳からは止めどなく涙がこぼれ落ちていた。

 

 傍観ぼうかんしていたイレーズが、すうっと近づいて声をかける。

 「あのさ、……少しだけ、俺とはなしをしようか」

 「…………?」

 凛花は驚いてイレーズを見上げた。

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