第十八章 ①太郎の正体(察知)

 出雲おおや大社本しろほん殿でん

 カミハカリ(神議かみはかり)は今日から七日間続く。八百万やおよろずの神々は十九社じゅうくしゃに宿泊する。

 特別来臨らいりんしたイレーズは初日の任務を終えると、天部の兜率外天院とそつがいてんいん藍方らんぽうせい』に戻ることになっている。

 

 イレーズはスルリ、出雲ほん大社本殿から透明結界を通り抜けていた。

 その刹那せつな、ノアとコン太は音のない気配を感知してハッとする。

 凛花の身を案じてあわててイレーズを稲佐の浜まで追いかけた。


 「…………! 結界があって気づけなかった」

 追いかけながら口惜し気に顔をゆがめいていた。

 

 稲佐の浜。

 出雲おおや大社しろ西方さいほうの稲佐の浜は夕日の景勝地として知られている。弁天島の彼方かなたに沈みゆく夕日は神秘的で美しい。絶景をひと目見ようと観光客が群がった。

 夕刻が近づいている。

 凛花は感慨かんがい深く打ち寄せる白波を見つめていた。

 ……朝から夢のような一日だった。幸せ物質みたいなものが分泌ぶんぴつされているかもしれない。神在かみありつきの出雲大社に来ることができて本当によかった。……ああ、なんて幸せなのだろう。

 

 ……グンッ!!

 突如、凛花の体が宙に浮かんだ。誰かに腕を引っ張られて空中に浮かび上がった。

 ストン……。

 弁天島の透明結界の上に降ろされた。

 そのまま直立する凜花の目の前にはめた眼差しのイレーズが立っていた。

 

 コン太とノアは弁天島の真上に空上せい静止した。ただならぬ雰囲気アンビアンスにハラハラしてオロオロして狼狽うろたえてしまう。

 「おいおい、イレーズ! そんなこわい顔をして、一体どうしたんだよ!」

 「イレーズ、お願いだから! 凛花に意地悪しないでっ」

 イレーズの表情は険しいままだ。低い声でぼそり、言葉を吐き出す。

 「あんた、王に会ったのか?」

 「……え?」

 「未來王が此処ここに居たのか、って聞いているんだっ! さっさと答えろよっ!」

 イレーズが怒鳴どなった。

 凛花はビクッとして驚く。クールで冷静沈着なイレーズがいらついて取り乱しているのだ。


 凛花は太郎に言われたとおりに行動する。

 「あ、あの、これ……」

 てのひらを開いて『あお布袋ふたい』を目の前に見せた。

 「……! これは『りゅう華樹げじゅ布袋ふたい』……。なんで、あんたがこれを?」

 イレーズは瞠目どうもくして固まった。

 コン太とノアもてのひらのぞき込む。ふたりは蒼い布袋を視界にとらえる。その瞬間に激しく動揺した。

 「おっ、おいっ! 凛花、この『龍華樹布袋ふたい』をどこで手に入れたんだい? どこかでひろったのかい?」

 「凛花、お願い……。すぐに説明して?」

 親友ふたりが声を震わせ問いかける。

 「えっと? さっき『太郎さん』からもらったの。『御守り』にしてください、って」

 コン太は仰天ぎょうてんする。

 「まっ、まさか、まさかっ! 『未來王』に拝謁はいえつしたっていうのかい?」

 ノアは言葉を失った。


 イレーズは取り乱していた。

 「は……? どういうことだよっ! ちゃんと説明しろよっ!」

 怒りをにじませるイレーズが凛花の肩をつかんで威嚇いかくしてきた。

 凛花は咄嗟とっさに。霊妙れいみょうなる友人『太郎さん』の指示に従った。

 イレーズのほおを両手にはさんで包み込む。そしてグッと顔を近付けて視線を重ねたのだ。

 

 ふたりは至近距離で見つめ合った。

  

 伽羅きゃら色の瞳とつぶらな黒い瞳は確かに視線がぶつかった。

 イレーズは不快ふかい眉間みけんにしわを寄せる。凛花の瞳を照覧しょうらんして感応とう透視する。即座にこの数時間の出来事をさかのぼって分析データアナライズした。

 イレーズはたちまちに冷静さを取り戻した。

 「…………。悪かった。ごめん」

 「い、いえ……」

 互いに後ずさりしてスッと距離を取った。どうしていいのか分からない凛花は戸惑う。向かい合ったまま立ち尽くす。

 

 イレーズは視線をらしてうつむいた。…………? なぜだかフルフルと肩を震わせている。そうしてこらえきれないとばかりに声を上げて笑い出した。

 「クッ! クククッ! あんたって、なかなか面白いんだね? 王を相手にしてさ、あんな白熱した論議をするなんてさあ! ククッ、無謀むぼう過ぎて笑えるよ」

 「え? 王って……、論議って……」

 「ククッ! あー、可笑おかしい。……凛花、だったっけ? あんた結構やるじゃん!」

 「あ、あの、えっと……?」

 「まったく。王は気まぐれで落ち着きがなくて困るよ。相変わらずフレキシブル(柔軟)でせわしない御方おかただ……」

 イレーズは目を細めて笑みをこぼした。そして突拍子とっぴょうしもない言葉を発する。

 「もしかしたら俺、あんたとなら『友人』になれるかも」

 「え……?」

 

 コン太とノアは驚愕きょうがくする。目をパチクリさせて顔を見合わせる。

 ……冷血漢のイレーズが『ごめん』と人間に謝った。

 空恐ろしいほど気難しいあのイレーズが声を上げて笑った。

 それだけではない。凛花に対してかなり友好的な態度なのではないか?

 ……もしやもしや! もしかするともしかするかもしれない。

 

 凛花の頭の中は大混乱パニック状態だ。

 ……王って、誰のこと? まさか太郎さんじゃないよね? 

 フレンドリーで気さくで『権威けんいある王様』って感じではなかった。

 砂浜に並んで体育座りして。一緒におやつを食べて。たくさんおしゃべりして。私と友人になってくれた。挙句に、偉そうな権限なんか持ち合わせていません! って言っていた。

 ……うんうん、そうそう。だから違う。太郎さんが『未來王』だなんて……。そんなはずはない。

 

 不意にイレーズと視線が合わさる。……ま、まぶしい。キラッキラの容貌に思わず見惚みとれて固まってしまった。

 ……それにしても。イレーズさんのパーフェクトな造形美はいくらなんでも反則だ。神々から溺愛できあいされて。絶大ぜつ盛大だいなる依怙贔屓えこひいきをされて。そうして完成されたたぐいまれなる『最高美の傑作けっさく』なのではなかろうか。

 

 ノアとコン太は顔を見合わせてニンマリする。

 凛花の心情を観取かんしゅした。まだ淡くて自覚できない感情に戸惑っている様子だ。

 イレーズの表情はことのほか穏やかだ。気のせいだろうか。ほんの少し照れくさそうにも見える。

 

 『カミハカリの演算』によって。『極上ごくえ』の恋が始まろうとしていた。

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