第十八章 ④イレーズとの約束

 稲佐の浜・結界上。

 どうやらイレーズは凛花に心を許し始めているようだ。

 「あのさあ、もう『友人』なんだからさあ、もっとフランク(率直)に話そうよ」

 「はい。(……だけど。急にれ馴れしくして大丈夫なのかな。怒らせて微塵みじんにされたりしないかな……)」

 「ククッ、れ馴れしくしても大丈夫だよ。凛花に怒るつもりはないし? それに数少ない俺の友人を木っ端微塵にしたりしないよ?」

 凛花は目をみはる。

 ……そうだった! 心の内をすべて見透かされているんだった! 

 「わわっ! 考えてることが全部バレてるんだった! イレーズさんの前では変なこと考えないように気をつけなくっちゃっ! 平常心、平常心……」

 イレーズは小首をかしげる。

 「フッ、そうだな。普段の凛花は……。食べ物のことを考えている時間が多いみたいだね? 何を食べようかな、とか? 美味おいしそう、とか? なかなかの食いしん坊だね」

 「……! うっ、確かにそうですけど! もうっ、そこはスルーしてください!」

 凛花は動揺してボボッ、赤面する。

 イレーズはクスリと笑う。なぜだか気安い反応が嬉しいと感じた。

 

 そして龍神カップルに声をかける。

 「コン太、どうやら凛花は本当に『特別』な龍使い、みたいだね?」

 「イヒヒ! そうなんだよ! 賢くって憎めなくって可愛いだろう? なんといっても龍神界のアイドルだからねえ! おいらなんて初対面でたちまちに懐柔かいじゅうされちゃったんだよ!」

 「ノア、秀逸な龍使いを見つけたな。よくやった」

 ノアは驚く。イレーズにめられるのは初めてなのだ。

 「フッ、フフ、フフフフ……。そうでしょう? 凛花は自慢の親友なんだからっ! イレーズ、もっとめてもいいのよ?」

 ふたりは自慢げにしたり顔をしてみせた。

 

 イレーズは二度、うなずく。

 「恐らく。凛花のことは他の『極等万能祭司』も認めることだろうね。王の『新たな友人』だってこと。あいつらにも伝えておくよ」

 カリスマ神霊獣使いイレーズは凛花を認めた。そして自らも友人になって受け入れた。

 「イヒヒッ! やったね! これは嬉しいねえ」

 「ええ。安心したわ」

 ノアとコン太は手を取り合って喜んだ。


 ふたりは向かい合う。イレーズがスッと右手を差し出した。

 「じゃあ、凛花。改めて。これからよろしく」

 「はっ、はい! ど、どうぞよろしくお願いします」

 優しく握手を交わした。

 その刹那せつな…………。

 稲佐の浜が真っ赤に染まる。海も、砂浜も、人々も。斜陽しゃように赤々と照らされている。ふたりの姿も夕日に赤く染められた。 

 凛花とイレーズは思わず美景びけい見惚みとれた。

 ……ああ、なんだか名残惜しい。美しい夕日がもうすぐ隠れてしまう。

 水平線の向こうに太陽は沈み込んで消えた。

 気づけばふたりは握手をしたままだった。


 日没後。あたりは一気に暗くなった。

 凛花はそっと手を放す。ちらり、イレーズの表情をうかがいみる。ふいに視線が合わさった。

 フッ、イレーズが笑った。

 ……ああ、困った! 予期せぬキラッキラ笑顔に目がつぶれてしまいそうだ。

 稲佐の浜の真っ赤な夕日も。イレーズさんのホワイト金色ゴールドきらめきも。ただただひたすら美しい……。


 コン太がスルリ、近づく。

 「それじゃあさ。そろそろ『赤煉瓦ベル』まで送ってやるよ。ほらほら! おいらの背中に乗って!」

 「うんっ。コン太よろしくね。お言葉に甘えるね」

 「……。ちょっと、待って」

 なぜだか。イレーズがコン太を制止した。

 「凛花は俺の『友人』でもあるからさ。俺が家まで送ってあげる」

 「え……?」

 凛花は驚く。コン太とノアも驚いた。

 

 イレーズは左手の人差し指をピンと立てた。ふぅっ、人差し指に息を吹きかける。

 すると一匹のきらめくあおちょうが舞い出てきた。イレーズが蒼蝶にそっと息を吹きかける。

 ぶわ……っ! 青白い光りを放ちながら数多あまたの蒼蝶が噴出ふきだした。ひらりひらり、羽ばたいて宙を舞う。

 蒼蝶の群れは凛花の身体をぐるりと取り囲んだ。

 「わあ、綺麗きれい……! ユリシスかな? モルフォかな?」

 イレーズが答える。

 「これは『藍方らんぽうちょう』だよ?」

 「藍方蝶? はじめて聞きました」

 「地球上には生息せいそくしていないからね。『兜率内天院とそつないてんいん』と『藍方らんぽうせい』にいるんだ」

 「瑠璃るり色にきらめいて、とても美しいです」

 

 「さあ、目を閉じて……」

 イレーズにうながされるままに凛花は静かに目を閉じた。

 その途端に。藍方らんぽうちょうの群れの羽ばたきが風が起こして渦巻いて。ふんわり包み込まれている感覚が生まれた。

 「あれ? ピンッ、ってハネてる。……寝ぐせ?」

 大きな手が凛花の後ろ髪をそっとかすめてでた。

 凛花はハッとする。朝からスッピン顔でぼさぼさ寝ぐせ頭だったことを思い出したのだ。

 「あっ……!」

 眼を閉じたまま。思わず小さく声を上げた。

 「ククッ! じゃ、…………………。またね」

 イレーズは愉快ゆかいそうに笑いながら。凛花の耳元にささやいた。

 

 空気が変わった。

 凛花は目をゆっくり開ける。いつの間にか赤煉瓦ベルに帰宅していた。

 「あ、家だ。……急に現実に戻ったみたい」

 どくん、どくん、動悸どうきがする。

 「……? あれ? どうして? よくわからないけど……。胸が苦しいかも」

 火照った顔と赤くなった耳を触ってみる。

 「あれ? 熱があるのかな。ちょっと熱いかも……」

 ソワソワして落ち着かない。

 ふと。耳元にささやかれた『言葉』を思い出す。

 

 …………必ずまた会おう。約束だ。 

 

 言葉がぐるぐる反芻はんすうして脳内リピートしている。穏やかな低い声と息遣いきづかいがありありと残っている。寝ぐせのついた髪をそっとかすめた大きな手の感触を思い出す。

 途端に恥ずかしさが込み上げる。両手で顔をおおい隠した。

 ……どうしてだろう。痛いほど胸が締めつけられている。鼓動が強く脈打って高鳴っている。ふわふわして地に足がつかない。不思議な症状だ。 

 浮き立つ感覚に戸惑う。だけど何だか幸せな心地なのだ。

 「今日は素敵な一日だったな……」

 

 凛花はカリスマ神霊獣使いイレーズ(極等万能祭司)と友人になった。

 そして再会の『約束』を交わしたのだった。

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