第二十六章 ⑤神々の願い(ウィッシュカムトゥルー)

 出雲いずも大社おおやしろ・御本殿上空。

 凛花はイレーズの腕の中。すっぽりと包み込まれて抱きしめられている。


 イレーズは八百万やおよろずの神々に高らかに宣言する。

「皆っ! よく聞けっ! 今より『龍使い凛花』は、極等万能祭司・イレーズの婚約者だっ! ……俺のっ! 婚約者だああっ!」


 ううおおおおおおおおおお…………っ!


 天地が鳴動した。大歓声が沸き起こってどよめいた。


 龍蛇神王燦りゅうじゃしんおうさんもん破顔はがんする。

「めでたい。実にめでたい。見てくれっ、イレーズの嬉しそうな顔をっ……! あの無邪気な笑顔をっ……」

 黄金おうごんりゅうおうトールは感慨かんがいにひたる。

「ああ、まさしく佳日かじつだ……。今になって追想ついそうすれば、ノアとの出会いは偶然ではなかった。たっとき『本物えに』に導かれてのえんゆうだった。龍使い凛花が宿す『フィールリズム』のぬくもりが、氷河期男アイスマンイレーズのてついた心をかしたのでしょう……」

 「うむっ、それはまちがいないっ。そうして千載せんざい一遇いちぐうの『極上ごくえん』がまれたのだな。どうやら出雲いずも御利益ごりやくは『無限』らしい。人と人、龍神と龍神、そして人間と龍神の間にもきずながうまれるのだからなあ……」

「そして時には、時空を超えた出会いまでも…………」

「ふははっ! まったく、そのとおりだっ」

 表裏ひょうりの龍王は恵比寿えびすがおをしてえつに入った。


 緋色ひいろ龍神ミュウズとかい紫色むらさきいろ龍神ユウイは手を取り合って感涙かんるいする。

「ああ、感無量かんむりょうよ! 幼児期の悲しみを乗り越えて、大きな幸せを掴んだのねっ」

「ええ! 極大なる慶事けいじ遭遇そうぐうさせていただけて、至上しじょうの喜びを感じ入りますわっ」


 至極しごくいろ龍神雷らいもんは不意にほろり、涙を落とす。そしてひとちる。

「あれ? なんで涙が? われ何故なにゆえ泣いている? もしやモノガミー(一夫一妻いっぷいっさい)に憧憬しょうけい羨望せんぼうの念をいだいているのか……? 

 泣くのなど赤子あかご以来か。それにしても『極上ごくえん』とは格別だ。極大マキシマム感喜よろ波動こびが伝わってくる。互いをうやまい、じんじんまで愛し愛される。恐らく万感ばんかんむねせまる心情なのだろう……。本物えに、か。われには無縁の代物しろものだな。おも王家おうけ嫡男ちゃくなんには龍神界繁栄の責務がある。 なのにわれらず(うっかり)だ。不覚ふかくにも感銘かんめいを受けて『本物』をほっしてしまった。しかし、ゆめゆめすることなかれ、許されない」

 刹那せつなに、ノアを見つめた。 

嗚呼ああ……、この行き場のない恋着れんちゃくはそろそろ捨て去らねばならないな。ノアには深い愛と固い絆で結ばれた想いディアー、コン太が居るのだから…………」


 神々はおそれていた。

……カリスマ神霊獣使いイレーズは眉目秀麗びもくしゅうれいなる気高き天才ジーニアスだ。同時に冷酷無情のサイボーグ(ネオヒューマン)だ。

 飛びぬけた天才ゆえに森羅万象ことごくの機微きびが細部まで読み取れてしまう。汚い本性を瞬時にあばいて見透かしてしまう。だからこそ有機体ゆうきたい(生物)を侮蔑ぶべつして嫌忌けんきする…………。

 神々はうれいた。

 ……終わることのない『未來の時間軸』をたったひとりで突き進むのか。

 冷たい心に支配されたまま、聖なる『恒久使命めい』をまっとうしていくのか。

 愛という感情を知らぬまま『無限の時間とき』を消耗しょうもうし続けるのか…………。

 神々は祈願きがんした。

 ……イレーズの冷え切った心に優しい光が差し込みますように……

 てついた心がかされいやされ満たされて、温かな幸せを感じ得ますように……

 いつか屈託ない無邪気な笑顔が見られますように………………

 そうして本年本日、神々の大願は成就された。


 大地には季節外れの花々が咲きこぼれ、出雲のうさぎたちがぴょんぴょん、飛びねる。そこに三峯のぎんろうカン』と『ダン』が加った。ヒュンッヒュンッ、走り回るその背には日枝ひえきん獅子じしえん『マサル』が飛び乗ってクルンクルンッ、宙返りする。

 大空にはせい紫色ししょくずいうんが棚引いた。富士の乱波らっぱ五大龍神と竜胆色りんどういろ龍神宇音うおんによる壮大華麗な『龍の舞』が演舞披露ろうされた。

 八百万やおよろずの神々は狂喜きょうきしてむせび泣く。

 ふたりの未來を寿ことほいだ。


「ワァォオオオオオーーーーンッ!」

 どこからか、雄叫おたけびが響き渡った。それは号泣ごうきゅうするいろ九頭くず龍神在あるろう(コン太)だった。

「よかったな、イレーズ、ぐずん……。よかったな、凛花、ぐずん……。おいら嬉しいよっ! 嬉しくてたまらないよっ! ワァォオオオオーーーーーーンッッ」

 ノアは嬉し涙をたたえて叫ぶ。

「凛花っ! イレーズッ! 初恋成就ねっ! 婚約、おめでとうっ」

 凛花は涙が止まらない。

「うんっ、うんっ! ノア、コン太……、みんな……! ありがとうっ、ありがと……。ううっ……」

 イレーズは礼を伝える。

「コン太、ノア。俺たちのディスティニー(極上ごくえん)は、ふたりのお陰だよ。……ありがとう」

 龍神カップルは思わずほうけた。

「ええっ? ありがとうって……? イレーズが……? うそっ……、でしょ?」 

「ううッ……、うううううッ……! イレーズゥゥゥッ! そんなそんなそんなっ! おいら感激だよっ! 嬉しいよっ! ワァォオオオオーーーーーーンッ」

 尚尚なおなお号泣ごうきゅうした。


 スッ……! イレーズが右手を高くかかげた。すると、澄み渡った空がキラリ、光る。

 シュンッ…………。

 高き場所から龍神が飛来ひらいした。現れたのは『はち大万能だいばんのう龍神』八尊目のシークレット龍神だった。

 凛花は瞳を輝かす。イレーズが紹介する。

「極等万能祭司専属神霊獣『らんぽうずいりゅうラン丸』だ。ラン丸は藍方らんぽうせい・『共鳴の泉』にんでいる。地球に飛来したのは初めてだよ」

「はっ、はじめまして! 凛花と申します。よろしくお願いいたしますっ」

 ……わあっ! なんて瑞々みずみずしくて絢爛けんらん豪華な男龍神なのだろう。瑠璃るりいろの龍体はラピスラズリのうろこで覆われている。りゅうがんは赤く輝き、金色に縁取ふちどられている。まとうオーラは瑞光ずいこう極彩色ごくさいしきに輝いている。極めて高い知性とポテンシャル(潜在能力)を感じる……。

 ジィィッ……! ラン丸は食い入るように凛花を見つめていた。その数秒後、スルリとり寄ってほおずりをした。

「うっ、うわあっ! なんて可愛いのっ」

 凛花は嬉しくなる。ラン丸の龍頭りゅうずあごを優しく撫でた。ラン丸は甘えるようにピッタリくっついて離れない。

 イレーズは愉快気に笑う。

「クククッ! ラン丸ってさ、実はかなり気難しいんだよ? だけどすでにイチコロ……、みたいだね?」


 凛花はすっかり懐いたラン丸をでながら、ふと問いかける。

「あの? 八大万能龍神は『セレクション(りすぐり)』なのですか?」

「ん? そうだよ。だから『恒久使命めい』と『無限の時間とき』が与えられている。表裏ひょうりの龍王一族、コン太、ラン丸とは気が遠くなるほど長い付き合いになるよ?」

「うっ、うわあっ! 嬉しいっ……」

「基本的に龍神は人間の時間軸に例えると七年ごとにひとつよわいを重ねている。そして千年に及ぶながき歳月を生きるんだ」

「そうなのですね! 龍神たちと長い時間幅で過ごせるのはとても嬉しいです。それに大好きなノアとコン太と永遠に親友でいられるなんて……。幸せ過ぎて夢みたいっ」

「うーん……、そうだね? 大切な仲間がたくさん居るのはいいことだね? だけど『一番』はできれば俺にしてほしいけど、ね?」

 凛花は断言する。

「そんなの、当たり前っ、です! 私にとってイレーズさんは永遠不動どうのナンバーワンですっ」

「そ? それじゃあ……、俺と同じだね?」

 ふたりは笑いあった。


 ピカアアァァッッ!

 突如とつじょとして。空一面が金色に輝いた。

 キラリッ! ピカッピカッピカッ! キラッ、ピカピカッ……、ピカァァッ!


 ひらり……! ひらひらひら、ひらり、ひらひらひらひら……、ドッバーンッ!

 ピュウウウゥーッ! ビュウウウゥッ……! パンパーンッ! ドッカーンッ!

 出雲おお大社やしろはド派手な祝賀ムードに包まれた。

 ……んんん? これは一体、何ごとだ?

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