第二十六章 ④極上縁(デスティニー)

 出雲大社・ほん殿でんの上空。

「凛花っ、ちょっと……、こっちに来て?」

「はいっ」

 イレーズに呼ばれてけ寄ると即座に腕を掴まれた。

 グンッ……、そのまま数メートル浮上ふじょうする。白雲しらくもの上に降ろされた。

 シン………………、結界上は水を打ったように静まり返った。神々は固唾かたずをのむ。


 雲の上。ふたりは向き合って見つめ合う。イレーズは静かに言葉を発する。

「あの、さ。まだだいぶ先の話だけど、凛花が天寿てんじゅをまっとうして天に召される死出の旅路のとき、迎えに行ってもいいかな? 次なる『未來の時間軸』の『無限の時間とき』を共有してほしい」

「え…………?」

没後ぼつご、『兜率とそつ外天院がいてんいん藍方らんぽうせい』に迎えたい。藍方星はせい金石きんせき(ラピスラズリ)を主成分としたあおくて美しい星なんだ」

「…………」

 凛花は目を見開いたまま固まった。息するのも忘れてフリーズしている。

 苦しくなって慌てて呼吸をしたのは二分後だった。

 告げられた一語一句を反芻はんすうする。言葉の意味を理解しようとこころみる。

 けれど思考が追いつかない。

「えっと? これってまさか(プロポーズ)……? ……? 違うかな? あ、夢かも? 未來の時間軸? 無限の時間ときって……??」

 首を傾げてつぶやいた。


 イレーズが解説する。

「未來王がおわす『兜率内天院とそつないてんいん』を囲む数多あまたの惑星を『兜率外天院がいてんいん』と呼称こしょうする。そこには多くの天人天衆が居住している。没後ぼつご、人間等の有機体が外天院に迎えられるのは『選ばれし者』に認定されたことを意味している。総じていえば、神々・神霊獣・天人天衆のすべてが『選ばれし者』なんだ。だけど天界人であってもけがれてそんすれば落伍らくごする。ちる。もしくは黄泉よみの国から再び何かに転生する。要は輪廻リーイン転生カーネイションがあるんだ」

「神々にも輪廻りんねが? 数値、ですか?」

「そこはジャッジ、かな。とはいえ、選抜テス試験を通過してセレクション(りすぐり)になれれば、リーインカーネイションは消去される。特例として。極等万能祭司は『恒久使命』と『無限の時間とき』を即座にたまわっている。選抜せんばつ免除めんじょは未來王から直接スカウトされた特権かもね?」

「アメージングキャスト(驚異的四人衆)なのですね! 選抜はかなり難関ディフィカルトですか?」

「うーん……、たぶん? 及第パス確率は限りなくゼロに近いかも。そもそもセレクション試験テストをしているのが四人おれたちだから、ね?」

「わあ……(厳しそう)」

「ちなみにさ。藍方らんぽうせいには極等万能祭司と『無限の時間とき』を共有できるパートナー特権があるんだよ?」

「なるほど。数少ないとはいえ、その特権を与えられる人もいるのですね」

「……。だから、その、つまりさ。天寿てんじゅまっとに俺のパートナーになってくれないか、って……。必死にプローポーズしているんだけど?」

「……!」


 凛花はようやく理解した。けれど再び考え込む。困り顔で問いかけた。

「あのっ? 死出の旅路ってことは、お迎えに来てくださるころには、おそらく私はおばあちゃんです。イレーズさんのパートナーがシワシワのお婆ちゃん、って……?」

 イレーズはくすりと笑う。

「ああ、そんなの気にしなくていいよ? きっとおばあちゃんになっても可愛いからさ」

「そっ、そういう問題ではありませんっ」

 プクリ、頬をふくらませた。

「ククッ、まあそこは心配無用だよ? 藍方らんぽうせいでは気力体力頭脳が最大能力値となる年齢に容貌固定ていされる仕組みなんだ。例えば凛花の場合、恐らく人間でいうところの三十歳前後にえ置かれるはずだ」

「あ……、そうなの、ですか……?」

「だからさ、どうかな? もしも俺とのバランスが気になるなら、人間界でデートするときには容貌ちょう調整せいして合わせるからさ……」

 凛花は必死に考える。

 ……どうしよう。未知なる世界観に圧倒されてしまう。彼は未來王の四大弟子・極等万能祭司のひとりだ。そのうえじゅう全十ぜんじゅうたるパーフェクト男性だ。恋人にしていただいて幸せだ。だけど自分が釣り合うと思ったことは一度もない。心の底から大好き……、それだけでいいのだろうか……。


 イレーズの伽羅きゃらいろの髪がさらさらと風になびいて揺れている。

 凛花はしんおう吐露とろする。

「正直、とても嬉しくて天にも昇る心地です。ですが、それ以上に戸惑っています」

戸惑とまどう?」

「イレーズさんがあまりに素敵すぎるのです。もしかしたらこの恋は夢なのかも知れない。いつかはかなく消えてしまうかも知れない。そんなことを考えて不安になったこともあります。勝手に気持ちをはかって落ち込んだこともありました」

極上ごくえんなのに?」

「今以上の奇跡を想定したことがなくて……。だからどうしたらいいのか……」

「うーん……、そんなに難しいのかな? そもそも俺は永遠にひとりでいいと思っていた。鬱陶うっとうしい貧汚たんお生物(人間)と時間ときを共有するなんて考えられなかった。だけど凛花となら『無限の時間とき』を楽しく過ごせるって確信しているよ?」

「は、い……」

「想いディアーの恋愛的心情は感応とう透視できないからさ。凛花の胸の内が読み取れなくて歯がゆいよ……。だけど、すべての迷いを吹っ切って『イエス』とこたえてほしい」

 「…………」

「俺はさ、結構単純だよ? 愛する人とずっと一緒にいたい。たったひとりを永遠とわに愛し続けたい。ただ、それだけ…………」

 ぶわっ! 凛花の瞳から涙があふれ出た。


 凛花は問いかける。

「もしも『イエス』とお応えしたら、私にも恒久使命めいをいただけるのですか? 共に未來みら世界に尽くしていけるのですか?」

「うん。そうだよ」

「長い長い無限の時間とき、私だけを一途いちずに愛してくださるのですか?」

「うん。もちろん」

「……。愛する人と無限の時間ときを共有して、未來に尽くして行ける……。もしそうだとしたら、これほど極大なる幸せはありません」

「俺はさ、君の存在自体に真価を見出している。すべてに好感をいだいている。おく二重ぶたえの瞳も。小さな唇も。声質も。たまらなくいとしいと感じている。たぶん、初めて出会った一年前のあの日から、すさまじい愛の引力によってかれていたのだと思う」

「わ、私は……っ! 今日が、待ち遠しかった。イレーズさんの声が聞きたくて、笑顔が見たくて、会いたくてっ! 日々に想いがつのって、あふれてしまって! だけど、これ以上好きになったらどうなってしまうのかわからなくてっ……! 怖かった…………」


 イレーズは改まって告げる。

「俺の正式名リアルネームは『ゆきイレーズ』だ。未來の時間軸では『雪華凛花』になってくれる?」

 凛花は即座にうべなった。

「はいっ! プロ―ポーズ、つつしんでお受けいたします。あなたと無限の時間ときを共有させてください。ずっとおそばにいさせてください」

 イレーズは小首をかしげて問いかける。

「もう撤回てっかいできなけど? 本当にいいの?」

「イレーズさんこそっ! もう撤回できませんよ?」

「ククッ、もちろん。……いつかおとずれる死出の旅路には、俺が必ず迎えに行く。そして俺のいる場所へと連れて行く。俺が愛するのは永遠に君だけ……。誓うよ」

「私もあなただけを永遠に愛し続けます。不束者ふつつかものではありますが、幾久いくひさしくよろしくお願いいたします」

「うん。共に分かち合って、ずっと仲良しでいようね?」

 凛花は泣きじゃくる。

「ううっ、うううっ……。どうしよう……、嬉しいっ! 出雲の御利益ごりやくってすごいっ」

「ほんとにね? ずーっと、大好きだよ」

「私だって! ずーーっと、大好きですっ」

 凛花のほおを涙がつたう。イレーズが指でぬぐった。

「……オーケー?」

 「はいっ、オーケーですっ」


 チュッ……

 イレーズは凛花の唇にキスをした。

 この瞬間。『兜率天とそつてん界法かいほう』のおきてのっとり、ふたりの婚約が成立した。


「あっ、あのっ! イレーズさんっ」

「ん?」

 イレーズが腰をかがめてのぞき込む。なぜか凛花は悪戯いたずらっ子の表情だ。がばっ、首元に両腕を巻きつけると、ぴょん! ジャンプした。

 チュッ! 

 凛花からキスをされたイレーズは驚きに目をみはる。そしてあわてて天をあおいだ。

 まぶたの奥に込み上げてくる熱いるいしゅこぼさぬようにこらえたのだ。

「ああ……、困ったな……。すでに死んでいるのに、嬉しくて死にそうだよ……」 

「私も、幸せすぎて死んじゃいそうです」

「あ、それはダメだよ。俺が迎えに行くまでは死なないで?」

「ふふっ、はいっ! 長生きして龍使いの任務をまっとうします」 

「ククッ、そうだね。……いい子だ」

「大好き、です…………」

 イレーズは微笑む。凛花を包み込んで抱きしめた。そして耳元にそっとささやく。

「マイディアー、マイラブ……」

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