第二十六章 ③邂逅(エンカウンター)

 稲佐の浜・結界上。

 「あっ、そういえば! 今日は『八大万能龍神』が集結するのですよね?」

 「ん。あとで紹介してあげるよ」

 「わあっ、嬉しいです」

 「じゃあ、そろそろみんなのところにに向かおうか?」

 

 出雲おお大社やしろ

 稲佐の浜からワープして第二鳥居(精溜せいだまり)をくぐると地上に降り立った。

 まずはけがれを払うため『祓社はらえのやしろ』に立ち寄る。二礼四拍手一礼の作法にのっとりご挨拶する。今年はふたり並んで参詣さんけいすることができた。

 

 御本ごほん殿でんの上空。

 そこにはすでに多くの龍神と各地の神々が集結していた。まず、ふたりを迎えてくれたのはおもて龍王『龍蛇神王りゅうじゃしんおうさんもん』だった。

 凛花は深々と頭を下げる。そして満面のみでご挨拶あいさつする。

 「さんもんさまっ、お久しぶりです! それにユウイさまっ! あっ、らいもんっ」

 「おおっ、凛花よ! ひさしいのう……。会えて嬉しいよ」

 「はいっ。今年もこうして燦紋さまに邂逅かいこうできましたこと、大変嬉しく光栄に存じます」

 燦紋の妻『かい紫色むらさきいろ龍神ユウイ』が微笑む。

 「あらっ! 凛花はイレーズとデート中でおられたのですね? 仲良しですわねっ」

 燦紋の息子『至極しごくいろ龍神雷らいもん』が冷やかす。

 「おやおや? イレーズ大好きっ、久々に会えて嬉しい! ……って。顔に書いてあるよ? ほらほらっ、凛花の頬っぺたに!」

 「ええっ、うそっ? ホントに? 顔に書いてある? 雷紋には見えちゃっているの? わわっ、どうしようっ」

 凛花は両手で顔をおおい隠した。

 「……プッ! アハハッ! 冗談だよ、冗談っ! まったく可愛いなあ……。それにしても激甚げきじん辛辣しんらつカリスマ神霊獣使いを穏やかにしてくれたって、数多あまたの龍神が泣いて喜んでいたよ? 難攻不落なんこうふらくの極上男を恋人にするなんて、流石さすがは凛花だ」


 そこへうら龍王夫妻『黄金おうごん龍王トール』と『緋色ひいろ龍神ミュウズ』が現れた。

 「こらっ、らいもん! 凛花を揶揄からかいすぎだぞ」

 「そうよっ、私たちにとって凛花は娘のようなもの。ノアの妹で遊ばないでちょうだい」

 凛花はふたりに駆け寄ってハグをする。

 「わあ、トールパパ! ミュウズママ! 今年もノアと一緒に来てしまいました」

 「ははっ! 可愛い凛花。いつもノアと仲良くしてくれてありがとう」

 「凛花は龍神界の宝。そして家族よ……」

 「私はノアに助けられて、今こうして生きています。そしてノアに導かれて、優しい龍神たちと家族になれました。こちらこそありがとうございますっ」

 トールとミュウズは目を細める。凛花をそっと抱きしめた。

 

 そこへ低い声が響きわたる。

 「おーーいっ! 凛花アァっ! おーーいっ」

 ぐるり、六体の龍神に取り囲まれた。それは富士の『乱波らっぱ五大龍神』と薄紫色の龍神だった。

 凛花は瞳を輝かす。

 「わあ! モトロン、サイロン、ショウロン、カワロン、ヤマロン! それと……。ああっ、もしかして! 座敷わら宇音ウオンさん?」

 「はいっ、正解です! 『竜胆りんどういろ龍神宇音うおん』です。本年のカミハカリは龍神の姿で出席いたします」

 「わあっ、座敷わら姿はあどけなくて可愛かったですが、龍神姿は勇壮ゆうそうなのですね! 竜胆りんどういろはだえと瞳がとっても綺麗です」

 「……(テレ)。あ、秩父札所二十番では内田家当主の了承りょうしょうを得まして『ビー玉(龍玉)交換』が始まりました」

 「本当に? やったあ! 近いうちにうかがいますねっ」

 

 ソワソワッ! ウズウズッ! もう一秒たりとも待ちきれないっ! 強面こわもて屈強くっきょう龍神の乱波らっぱたちが凛花に甘えてすり寄った。

 「凛花アっ! 久しぶり」

 「凛花アァ! 会いたかったよ」

 「凛花っ、凛花っ、凛花ァァっ!」

 凛花は五体の龍頭りゅうずを順にでた。それから首元のドラゴン宝珠ジュエルに向けてご挨拶する。

 「奥様方おくさまがた、こんにちはっ! またお会いできて嬉しいです!」

 乱波の妻龍神が盛り上がる。

 「凛花っ、久しぶりねっ」

 「元気そうで良かったわ」

 「なんだか綺麗になったわねっ」

 「それは恋をしたからよねっ」

 「イレーズが優しくなったわ。ありがとう」

 凛花はニコニコする。

 「また所沢にいらしてくださいねっ。寒くなってきたから鍋パーティがいいかなあ」

 乱波らっぱたちは激しく同意する。

 「うんうんっ! いいね、いいねっ! 鍋パーティだっ! すきやき? ほうとう鍋? みかん鍋?」

 「ふふ。じゃあ次は、南瓜かぼちゃほうとう鍋にしようっ」

 「よおしっ、決まりだな! 楽しみだ! がははははっ!」

 そこへノアとコン太が合流した。凛花は大好きな龍神たちに囲まれて笑顔がはじける。

 

 そんな凛花を横目にミュウズとユウイはささやき合う。

 「まあ、凛花ったら……。相変わらずの龍たらしねっ」

 「本当に……。なんて純真で屈託くったくのない龍使いなのでしょう」

 「それにしても雷紋は、いつも凛花を揶揄からかって……。まったく悪ノリ王子プリンスねっ」

 「ええ、冷やかしも度が過ぎてはいけませんわね。初心うぶな凛花が可愛くて、ついかまってしまうのでしょう」

 「あっ、ほらほら見て? 雷紋ったら、もう独身女龍神りゅうじんに取り囲まれているわ。さすがはナンバーワンのモテ王子よねっ」

 「……そうですわね…………」

 「あら? ユウイは嬉しくないの? 雷紋は龍神界繁栄(子孫繁栄)の役割をになって責任を果たしてくれている。立派でほこらしいわ」

 「ええ。本来はよろこぶべきことかもしれません。ですが母としては、ほんの少しむなしい心地なのです」

 「むなしい、……って?」

 「雷紋は王家の嫡男ちゃくなんであり、ポリアモリー(複数愛者)として生きる使命が課せられています。当然、複数の妻と多くの子がります。側妻そばめ(側室)の申し出もあとちません。ですが、あらがえないおのれの運命をのろってややかに傍観ぼうかんしているように感じます。瞳が輝いていないのです」

 「まさに雷紋は『大黒様』……。モノアモリー(一途)なコン太とは対照的よね」

 「幼き日を思い起こせば。雷紋の初恋はノアでした。ですが王家の掟上おきてじょう必定的ひつじょうてきに叶わぬ恋でした。雷紋はがれる想いを胸の奥底にしまい込みました。周囲にさとられぬよう造作ぞうさなく振舞って熱い恋着れんちゃくと荒ぶる情熱を押し殺しました。ひそやかに見つめるだけで求愛することすらかなわなかったのです。恐らく、どれほど多くの龍神りゅうじんから愛されても虚無きょむなのでしょう。最も強く切望した恋だけは実らなかったのですから……」

 「……。今でもノアを想っているのかしら?」

 「さあ、どうでしょうか? ですがノアに向ける眼差まなざしは特別に優しいと感じます」

 「そう……。いつの日か雷紋に『本物えに』がいただけるといいわね」

 「ええ。息子らいもんにも『本物』を……、などと。そんなたわむれをつい願ってしまいます。親のエゴですわね」

 「親なんて子供に対してはエゴのかたまりよ? だけどそうね。我が子の幸せを心から願うのであれば、エゴ(よく)は改めなければならないのよね」

 「ほんとうに……。それにしても今日はソワソワして落ち着かない心地ですわね?」

 「そうね! ノアとコン太も朝から興奮していたわ。私もワクワクしているの」

 ミュウズとユウイはうなずき合った。

 

 一方。カリスマ神霊獣使いイレーズの前には行列ができていた。八百万やおよろずの神々が長蛇ちょうだれつをなして『ご挨拶』に並んでいるのだ。

 以前のイレーズであれば不機嫌顔をして完全無視だった。しかし今は違う。神々の辞宜じぎ目礼もくれいこたえてくれる。さらには時折、わずかだが口角を上げることさえあるのだ。

 神々はそのぜつ見惚みとれて嘆息たんそくする。……氷河期男アイスマン・イレーズは変わった。それもこれも『龍使い凛花』の影響にほかならない。

 

 表裏ひょうり龍王は肩を並べてささやき合う。

 「のう、トール。なんだか今日は、特別にき日になりそうだなあ?」

 「はは、奇遇きぐうだな。さんもんもそう感じるか? 祝日にしたいくらいだよ」

 「ふはっ、ふはははっ! まいった! わしまで動悸どうきが激しくなってきたぞっ」

 「ああ、確かに。こっちまで緊張が伝わってくるよ…………」

 

 神在月の出雲いずも大社おおやしろ

 『カミハカリの演算』が大団円だいだんえん(有終の美)を迎えようとしていた。

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