第二十五章 ①それから(サユミ)

 都内・有名ホテル。

 午後三時。イベントホールには、マスコミ各社やカメラマンがこぞって押し寄せ待機していた。

 一昨日いっさくじつ、レンジとサユミの離婚が正式発表された。

 そのタイミングに合わせて、サユミは三つの事実を公表した。

 ⑴ギブアンドテイク(相互依存)の契約であった『偽装結婚』を解消したこと。

 ⑵自身はレズビアン(同性愛者)であること。

 ⑶デビュー当時から公私にわたり支え続けてくれている『女性マネージャー』が最愛のパートナーであること。

 有料会員サイトのコメント欄は仰天そう騒然ぜんとした。

 この発表にともなって、これからサユミの『単独記者会見』が開かれるのだ。

 

 定刻になりサユミが現れた。次の瞬間、会場がどよめいた。

 サユミはエレガントな長い髪をバッサリ切ってショートカットになっていた。さらには濃紺のパンツスーツに黒のオペラシューズというボーイッシュなで立ちだった。

 短い髪をサッとかきあげる。ノーメークの素顔はキリリ、凛々りりしい。

 まずは深く一礼する。関係者から専用マイクを差し出されると両手で受け取った。そうして静かに言葉を発した。

 

 「本日はご多忙の中、私的な会見にお集まりいただきまして誠にありがとうございます」

 記者たちは質問をぶつける。

 ≪まずは、俳優レンジと結婚に至った経緯けいいをお聞かせください≫

 サユミは立ったまま、笑顔で応対する。

 「はい。私たちの結婚は偽装の契約婚でした。そこには当然、互いにメリットがありました。レンジさんは好感度アップのイメージ戦略のため。私はレズビアンである事実を隠すためでした」

 ≪確か、ご夫妻ふさいは港区白金の高級マンションにお住まいでしたよね?≫

 「そうです。私はすでに引っ越しましたが、同フロアの別室を賃貸契約しておりました。レンジさんは気ままな一人暮らし。私はマネージャー(パートナー女性)と同棲どうせいしておりました」

 ≪俳優レンジに利用されていたのではないですか?≫

 「いいえ。私は偽装結婚を隠れみのにして愛する女性マネージャーと共同生活することができていました。ですからレンジさんに対する一方的なバッシングには心を痛めております」

 ≪アイドルタレント羽衣ういさんがレンジさんの『隠し子』だったことは、知っていたのですか?≫

 「いいえ、存じ上げておりませんでした。ですが……、レンジさんは羽衣さんのことを特別に可愛がっていたように思います。とても微笑ほほえましい親子ですね」

 ≪離婚に際しての慰謝料いしゃりょうはいかほどですか?≫

 「慰謝料とは弁償金・賠償金のことですよね? そもそも互いにメリットがあった契約婚です。ですから、それを解消したからといって慰謝料は発生しません」

 ≪しかしさすがに……。ゼロ円、ということはあり得ないでしょう?≫

 「ふふ、確かに……。レンジさんは、かなり高額の慰謝料を提示してくださいました。ですが必要ないので『財団・リンカ』に寄付をするようにと伝えました。あそこは背後バックなにやらのあやしいからまりがないからおススメよ、って」

 ≪互いにメリットがあった偽装結婚を解消したのはなぜですか?≫

 「それは……。うふふっ、内緒です。理由はレンジさんから聞いてください」

 ≪ええっ! それはもしかして! レンジさんにはすでにあらたなお相手がいる! ということでしょうか?≫

 「さあ? 詳しくは存じ上げません。ですが以前に『完全なる片想いだ』ってなげいていましたね。人気にんきのモテモテ俳優が片想いだなんて……。ちょっと、いい気味ですよねっ」

 ≪芸能関係者ですか? それとも一般人ですか? 知っていたら教えてください≫

 「存じ上げません。ですが私は、レンジさんが愛する女性と結ばれることを願っています」

  

 ≪今回、会見に踏み切った理由はなんでしょうか?≫ 

 「それは……、うふふっ。夢のお告げ、かしら? 数日前、不思議な夢を見ました。濃い紫色の男龍神が現れて私に告げたのです。

 『愛するパートナーと正々堂々と胸を張って生きていくべきだ』と…………。

 夢から覚めると穏やかな安らぎに包まれていました。長い間、雁字搦がんじがらめだった心が吹っ切れていました。そして本来の自分として生きていくことに決めました」

 ≪はあ? 龍神のお告げ、ですか? ……(なんだそりゃ)? えーっと……、今後はどのようにされる予定ですか?≫

 「うふふ、そうですね。今後はファッションもライフスタイルも自分らしく楽しみたいと思っています。そして愛するパートナーと手をつないで公園デートをしたいですね」

 ≪今頃になってレズビアンであった事実を公表するなんて、ファンに対する裏切りではないですか?≫

 「さあ、それはどうでしょうか。……私は今、晴れやかな気分です! そして何より『みやびやかな濃い紫色の男龍神』に心から感謝しています」

 晴れ晴れとした笑顔がはじける。持ち前の美貌びぼうがいや増して輝やいている。

 会見を終えて颯爽さっそうと立ち去るサユミの姿は『イケメン王子・オスカル』さながらだった。


 所沢市・あか煉瓦れんがベル。

 動画を見ながらコン太がにんまりする。

 「へええ? この『みやびやかな濃い紫色の男龍神』ってさあ……。『至極しごくいろ龍神』のことだよなっ! どうやららいもんも心優しい龍使いの影響を受けていたみたいだねえ? イヒヒッ、やるじゃん!」

 凛花とノアは感涙かんるいする。

 「サユミさん、素敵っ! これからさらに大活躍するよね!」

 「ええ。きっと語り継がれる俳優になる。そして何より、愛するパートナーと堂々と生きていけるわね。……良かった」

 

 コン太が問う。

 「そういえば! レンジは『財団・リンカ』に来たのかい?」

 ノアが答える。

 「ええ、来たわ。だけど寄付きふの申し出を断ったの」

 「へえ? それはどうしてだい?」

 「財団の『代表者』が突っぱねたのよ。『レンジさんの今後の未來に有効活用すべきですから!』って」

 「ふーん……。なるほど、ねえ?」

 「だけどレンジったら、しつこくて! なかなか引き下がらなくってね。……『じゃあ三年後に。懸命に働いて余剰分よじょうが出た場合に、そのほんの一部を寄付してください。それならば代表も承知してくれると思うから』って。そう伝えたわ」

 「イヒヒ! さすがは凛花代表、最強だ」

 「ええ、相変わらずいつもどおり! 『フィールリズム』の目盛りは最大値を振り切って、愛があふれているわ!」

 凛花は微笑む。

 「羽衣さんの願い……、叶うといいなあ!」


 記者会見終了後。

 サユミに対する世間やネットの反応は驚くほど好意的だった。所属事務所や会員サイトには応援の声が続々届けられていた。

 インスタは見る見るうちに『いいね!』があふれていく。

 さらにその数分後。

 世界中から『共感』と『賛同』と『支持』のメッセージが怒涛どとうごとくに押し寄せた。

 

 どうやらサユミの未來は明るいらしい。

 信頼するパートナーと手を取り合って、天職である生業なりわい(女優業)に邁進まいしんしていくことだろう…………。

 

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