第十三章 ② 凛花の質問

 契約者は増えていた。そして比例するかのようにいなの制裁を受けるエラー人間も増えた。

 グラビリズムは運を引き寄せる力。モアレリズムは運を広げる力。潜在せんざいするリズムが最大値であることを示している。

 一生のうちにリズムを最大値まで引き上げられる人間の確率は全体の十数パーセント。自力じりきで最大値状態をキープできるのは四十日から五百日前後(個人差あり)だと言われている。

 『契約者』になるためには、その千載せんざい一遇いちぐうのタイミングに龍使いに出会わなければならない。契約者は龍神界からのお墨付きの『ほまれ』を与えられ圧倒的成功者へと導かれていく。その確率たるは限りなくゼロに等しい。是契約者が如何いかに幸運であるかを思い知る。

 

 しかし多くの人間は是契約と無縁のままに一生を終える。

 努力が及ばずリズムを最大値に引き上げられない者。

 自らが有する稀有けうなる才能に気がつかぬまま人生を終える者。

 さらには経済的事由じゆうや出生地の事情など。その理由は多種多様である。

 能力を有しながらも環境不遇ふぐうによる才能開花の困難者が多く存在している。それこそが歯がゆくてなげかわしい現実なのだ。


 ブラックコーヒーを飲みながらコン太がしみじみ語り出す。

 「人生ってさ、最大限の『努力』と空前絶後の『運』が必要なんだよ。

 だけど『ほまれ』を手にした是契約者だからって良い奴ばかりとは限らないだろう? いつの間にか高飛車になって、姑息になって、意地汚くなって、勘違い野郎になって、エラー人間へとへんじている。そしてリズムが消滅して制裁を受ける。人間の心は動くし変わる。だから良い状態を持続して保つことが難しい。むなしい生き物だよな」

 ノアは静かに頷く。

 「確かにそうね。嘘や裏切り。誤魔化しや言い訳。自利じりまみれていて吐き気がすることがあるわ」

 コン太とノアはしかめっつらをして人間に対する嫌悪感けんおかんあらわにした。

 凛花は問う。

 「だけど龍神たちは大嫌いなはずの人間のために働いている。人間を護り、叶え、救い続けている。それはどうして?」

 凛花の質問にコン太はニカーッとして笑顔で答えた。

 「未來王だよ! 未來王から与えられたたっとき使命だからさ」

 「そういえばトールパパも富士の五大龍神も『未來王』って言っていた。もの凄い御方おかたなのね?」

 「そう。たとえようがないほどのたっとき御方。龍使いの任務も未來王の下命かめいによるものよ? だから凛花は未來王の弟子ってことなの。いつか拝謁はいえつできるといいわね」

 ノアの言葉にコン太は『同意!』とばかりに高速にうなずく。

 「そもそも瑞光ずいこうオーラとフィールリズムは未來王からたまわっているんだよ! もとをただせば凛花を龍使いに取り立てたのも未來王なんだよ」

 「わあ、そうだったんだ! いつか直接お会いして、お礼が言いたいなあ」

  

 ティータイムを終えた。

 凛花がもじもじしながら問いかける。

 「もしも、もしもだけど。龍使いが『契約者』と再び会ってしまったらどうなるの?」

 思いがけない質問にコン太は眉をひそめる。怪訝けげんに感じながらノアが答える。

 「良い結果にならないから会ってはいけないってわれているのよ。龍使いの瑞光オーラを再度目撃した是契約者は欲望が過剰増幅ぞうふくして壊れてしまうらしいって。けれど実証されていないから真実は分からないの」

 「再会は危険なのね? わかった。変な質問してごめんね」

 なぜか凛花は肩を落としてしょんぼりした。

 

 コン太とノアは落ち込む凛花を励ますように明るく声をかける。

 「とにかく! フィールリズムや瑞光ずいこうオーラはじんじん崇高なるもの。未來王からたまわりし特別なエネルギーだ。凛花は今のままの飾らない心でいればいい。面白がって楽しんで任務を遂行すいこうしていればいいのさ」

 「そうね。それに是の契約者には共通点があると思うの。まずは卑屈ひくつ傲慢ごうまんの狭い心から脱却する。そしてあと一歩の壁を破るよう必死に足掻あがく。そんなタイミングに龍使いに出会っている気がするわ」

 「そっか、そうだね! 精一杯努力して頑張っている人たちのためにも任務を頑張らないとだねっ!」

 意気込む凛花にコン太は安心する。

 「まあ結局さ、契約したそのあとに卑屈とか傲慢になって制裁されるやからも少なからずだけどさ。大抵が陰の努力家で負けず嫌いの頑張り屋が多いねえ!」

 「ええ。さらに先進的イマドキで頭が柔らかい。周囲と違った視点で物事をとらえる力があるわ。もともと人間に備わっている能力に大差はないの。辿たど経過プロセスによってギャップ(相違)がしょうじているのかも知れないわ」

 「そして何より! 一番大事なのは『決意』さ! 夢を叶えるために必死になって踏ん張っているんだよ! 今よりほんの少し胆力たんりょく(メンタル)をきたえるのがいいかもねえ! 

 まあ、強くするというよりは広くするんだ。そうすると絶対的引力に当たる確率が高まる。そして当たったら超ラッキー! 必然的に善なる未來に導かれて行くのさ」

 

 ノアが改まって告げる。

 「日々に感性を磨いて視野と思考を広くする。そうすると『本物ほんものえにし』を手に入れるってわれているの」

 「本物縁えにし?」

 「ええ。龍使いも『本物縁えにし』との出会いだけはつないで結ぶことが許されているのよ」

 凛花は驚く。

 「龍使いにも出会いの『えにし』があるってこと?」

 「そうなんだよ! 実はあるんだよ! もの凄く希少きしょうで限定的だけどさ」

 「そっか。私にもまだえにしがあるんだって思うと、なんだか嬉しい。……出会えたときにはすぐに気がつけるものなの?」

 「たぶん圧倒的引力でせられて二十四時間以内にわかるはずだよ。『本物縁えにし』に出会ったら胸の奥がギュウーッ! ってなって心がかれるはずだからさ」

 「うんっ、わかった」

 「でもまあたまに『偽物にせもの』にまどわされてだまされる場合もあるよねえ。それと。はた迷惑で自分勝手な『思い込み』にも要注意さ」

 「だけどもしも『本物縁えにし』と出会えたら友人になってもらえる確率があるってことだよね? 龍使いだけど人間の友達をつくってもいいってことだよね?」

 「イヒヒ! まあ、おおむねそういうことっ! だからもしも『本物』に出会ったなら! そのときは勇気をふり絞って『友達』になってもらえばいいのさ」

 凛花はぱあっと顔をほころばす。

 「じゃあ、もしかしたらノアとコン太みたいな親友ができるかも! ってことだよね? やった! ちょっとだけワクワクしてきた」

 「でもまあ『本物縁えにし』とつながって結ばれるってのは天文学的確率だけどねえ?」

 「でもそれでもっ! ほんの少しだけでも可能性はあるんでしょ? ゼロじゃないんだよね?」

 凛花はめずらしく前のめりだ。

 ノアは微笑ほほえむ。

 「もちろんよ。生きている限り『本物』に出会える可能性はあるわ。おばあちゃんになったって、ね? 一生に一度でいいから、そういう『引力』に触れてみたいものよね。

 だから未來を楽しんで生きて行きましょう。……一緒にねっ!」

 コン太はニヤリと笑う。

 「おいらはこの先の未來が楽しみでたまらないんだ。ゾクゾクワクワクして震えるほどだよ! 凛花、一緒に遊ぼうねえ!」

 「うんっ! 一緒にっ!」

 

 ……きっと新たな友人ができる!

 

 なぜだか凛花は確信していた。神秘的なハンチ(直感)があった。

 この先の未來は自らの心をいつわらずに楽しんで生きていく。命尽きるまで龍使いの使命をまっとうする。 

 澄み切った純真ピュアな心で決意を新たにしたのだった。

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