第十三章 ①最強コンビ

 赤煉瓦ベル。

 夕食を済ませて洗い物をしている凛花とノアの背後をコン太がソワソワして動き回っている。

 片付けを終えるとティーバッグの紅茶を二人分。特大マグカップ(コン太用)にブラックコーヒ—を用意する。

 コン太はいまだに落ち着きなくグルグル回っている。

 居間のミニテーブルに三人分のカップを並べて置いた。そうしてようやくふたりがソファーに腰を下ろした。

 途端にウズウズが限界のコン太が身を乗り出して話しかける。

 「なあ凛花、本当に『治癒ちゆ』させなくて良かったのかい? 任務『継続』を選択してしまって後悔していないかい?」

 不安をにじませるコン太にノアが言葉を重ねる。

 「……そうね。治癒すれば凛花に相応ふさわしい男性との素晴らしい『えにし』が用意されていたかも知れないわね」

 「例えばさ、ふたつのリズムが最大値の天才脚本家、とかさ?」

 凛花は目を丸くした。

 「しょうさんのこと?」 

 「そうだよ! 大成功者の輝章くんとの良きえにしは完全消滅してしまったんだよ? 抜群ばつぐんに才能あるし、性格だって悪くないだろうしさ。彼となら何不自由なく暮らせてさ。ほんわか家庭が築けたかも知れないよ?」

 「うん。確かにそうだね。才能も人格も尊敬できるしね」

 「……だったらっ!」

 「きっと輝章さんの未來には素敵なごえんが用意されていると思うんだ。そして運命の人と出会って結婚して。お子さんにも恵まれて温かい家庭を築いていく。そんな予感がするの。何となくだけど」

 「何となくって……」

 「それにね! 輝章さんの運命の相手は私じゃない。私は相応ふさわしくない」

 「なんでだい? どうしてだい? そんなの分からないじゃないか!」

 「とにかく私じゃないの! それだけは確かだよ」

 コン太とノアは顔を見合わせる。

 「後悔しないかい? もう二度と『治癒ちゆ』の選択権は与えられない。だけど今からだったら間に合うかもしれない。おいらとノアが天上界に掛け合ってみようか?」

 凛花は首を横に振る。

 「後悔なんてしない。だから掛け合ってもらう必要はないよ」

 「でも……っ!」

 「私ね、今が幸せなんだ。それはノアとコン太が居てくれるからだよ。ふたり以上に好きになれる人が現れるなんて想像できない。比較対象すらない」

 凛花は言い切る。ノアは瞳を照覧しょうらんしてしんおうを読み取ってみた。

 ……迷う心も後悔の念も微塵みじんたりとも無かった。


 しかしノアは葛藤していた。

 凛花が龍使いとして生きる道『継続』を選択してくれた。あの時はただただ嬉しくて感激して涙した。

 だけど今さらながら戸惑っていた。凛花が無二なる親友だからこそ。大切な存在だからこそ。手放しに喜んではいけない気がするのだ。

 

 そもそも龍使いとは孤独な任務である。人間界でひそやかに善行を重ねながら目立たぬように生きていく。

 報酬ほうしゅうを得るわけでもない。称賛しょうさんを浴びるわけでもない。与えるだけ与えて。枯渇こかつするまで吸い取られて。いずれは老いて衰弱してひっそりと死ぬ。

 そうしてに捧げ尽くして龍使いとして生きてきたあかし痕跡こんせきのすべては消されてしまう。死没後になかったことにされるのだ。

 

 本来の凛花は人懐こくて社交的だ。笑顔が可愛い愛されキャラだ。それなのにこの先ずっと家族以外の人間と深い関わりを持つことが許されない。

 ……果たして本当に任務『継続』で良かったのだろうか? どう考えても『治癒』を選択して良縁を得たほうが幸せだったのではないか。もしかすると凛花は大きな選択ミスをしたのかもしれない……。

 

 意を決したノアは言葉を発する。

 「凛花、あのね……。私にはまだ迷いがあるの」

 「迷い?」

 「私ね、凛花が『治癒』を選択すれば必ず幸せになれるってわかっていた。みんなから愛されて。新たな家族に恵まれて。裕福に暮らせて。満ち満ちた未來が得られるって了知りょうちしていた。……それなのに任務『継続』を選んで欲しいっていう汚い心が残っていたのよ」

 「…………。」 

 「凛花の幸せを願う心は真実だった。だけど複雑でもあったの。私は凛花が大好きだからずっと一緒にいたかった。

 だから任務『継続』の選択をしてくれたとき、嬉しくてたまらなかった。……ああ、よかった。これからも凛花と一緒にいれるんだ! って。そう思ってしまったの。私はずるくて最低なのよ」

 コン太はたまれなくなって気まずい顔をした。

 「凛花、ごめんよ。実はおいらも『治癒』を選択しないでくれって願っていた。

 輝章くんとの未來なんか選んじゃダメだ! 龍使いとして生きる道を選択してくれ! ってさ」

 「…………。」

 「凛花の選択を尊重しているような顔をしていたけどさ。『治癒』を選べば凛花が人間界で幸せを掴めるってわかっていたけどさ。 それなのに本音は凛花とお別れしたくなかったんだ。おいらこそ、最低の最悪なんだよ!」

 ノアは瞳をうるませる。

 「結局私もコン太も凛花と離れたくないっていう我欲がよくが強かったの。心の底から凜花の幸せを願えていなかったってことなのよ。

 これじゃあ親友なんて言えないわよね。自分が恥ずかしい。……ごめんなさい」

 コン太が叫ぶ。

 「だってさ、凛花が遠くに行っちゃう気がして寂しかったんだよ! おいらのこと忘れちゃうなんて悲しすぎるよ! もっともっと一緒に遊びたいんだよ!」

 「凛花、こんな私たちだけどまだ親友だって思ってくれる? 嫌いになってない?」

 「おいら、凛花に嫌われたら生きていけないよ! りずに親友でいておくれよ! お願いだよ! ゆるしておくれよ! ごめんっ! ごめんよぉっ」

 コン太とノアは懇願こんがんした。

 

 「はあぁぁ…………っ」

 凛花は大きなため息をついた。それから今にも泣きそうな顔をして笑い出した。

 「ああっ、もうっ! 良かったぁっ! 私ね、龍使いとして役不足だからクビを宣告されたのかなって思っていたの。それにノアとコン太は私のことを嫌いになっちゃったのかな? 邪魔になっちゃったのかな? って…………」

 ふたりは声を荒らげる。

 「違うっ! そんなわけないっ!」

 「うん。だけど怖かった。もしかしたら『継続』を選んでしまって迷惑だったのかな。本意ではないけれどふたりを喜ばすためには『治癒』を選ぶべきだったのかな、って……。不安になって、悲しくなって、寂しくなって。実はちょっと落ち込んでいたんだ」

 安堵あんどした凛花は脱力した。涙腺るいせんゆるんで泣き出した。

 「ああっ、凛花っ! ごめんよ! 悲しませるつもりはなかったんだよ。一番幸せになって欲しかったのに……。ごめんよおおおっ」

 ノアとコン太は凛花をぎゅうぎゅうに抱き締めた。

 凛花の笑顔がはじける。

 「ノア、コン太。私のことを大切に想ってくれてありがとう。……それから、これからもよろしく! ずっと親友だからねっ!」

 「イヒヒ! ずっとずっと、ずううーっと! よろしくねえ!」

 「凛花、大好きよ! ありがとう……」

 

 三人はハグしたまま涙を流す。ひとしきり泣いた後はれたまぶたを濡れタオルで冷やす。泣きすぎて真っ赤になった顔を見合わせて笑い合う。

 「おいらさ、デロンギの清涼感ある極上のコーヒーもいいけどさ。確かにいい香りがして最高に美味しかったけどさ! それでも凛花が作ってくれるコーヒーが大好きなんだよ。駅前スーパーの特売品のインスタントコーヒーだけどさ。なぜか最高に美味しいんだよ! 甘い粉末ミルク入りのコーヒーも美味しかった。優しい味で大好きになったんだ」

 「デロンギ? 清涼感……?」

 凛花は首をかしげる。

 「イヒヒッ! 要するに、凛花が最高! ってことさ」

 

 三人は揺るぎないきずなをより一層に深めた。龍神界では働き者の『最強コンビ』として広く認識されていく。数多あまたの龍神たちからうやまわれて慕われる。どこか憎めなくて可愛がられる。

 そうして八百万やおよろずの神々からも愛されていくのだった。

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