第十二章 ⑤集結(天上界との取り引き)

 黄金龍王トールがスッと右手を上げて威儀を正した。そして慈悲籠こもる声をもって告げる。

 「刻下こっか。龍使い凛花に未來王からのメッセージを伝達する」

 「はいっ」

 凛花は慌てて黄金龍王に向き合った。正座をしてかしこまる。

 黄金龍王は続ける。

 「過日かじつ未來王直々じきじきの下命が龍神界にくだされた。そうして龍使い凛花に『未來の選択権』を与えることに相成あいなった。

 我が黄金龍王一族及び、呂色九頭龍神たっての願いでもある。心して返答せよ」

 「はい」凛花は深くうべなった。

 

 富士の乱波五大龍神たちは凛花の目の前に向き合って横一列に並んで着座した。そして五人(五体)は声を揃えた。

 「これより詳細を伝達する。

 この度、未來王より龍使い凛花に『選択権』が与えられた。

 選択肢せんたくしひとつ目は『治癒ちゆ』である。

 過去の忌まわしいインシデント(出来事)によって破壊された身体の内部を修復する。内臓機能が復活すれば妊娠出産が可能となる。さらには『あの日』の記憶や痕跡こんせき部分をり抜いて完全消去する。

 我々、富士の五大龍神の力を合わせることにより実現できるものとする。

 ただし内臓機能の復活『治癒ちゆ』を実行すれば龍使いの任は本日付ほんじつづけかれる。

 解任事由じゆう要旨ようしは以下のとおりとする。

 【の任務を放棄して自利じりを優先した。みずからの利益のために龍神の力を利用した】

 そのようにみなされるためである」

 「…………。」

 「選択肢ふたつめは。『継続』である。

 内臓機能の治癒をせず、記憶の操作をせず、今生こんじょうに於いて龍使いの任務を継続しておこなうものとする。

 ただし任務継続を選択すれば肉親と龍神以外と深い関わりを持つことが許されない。当然ながら親しい友人は出来ない。結婚や出産などの良縁を得る可能性は皆無ゼロである。

 老いさらばえるまで。衰弱して息絶えるまで。ただひたすらに龍使いの任務をまっとうする。 

 さらに死没後は『龍使い凛花』の生きた痕跡こんせきすべてが消去される。人間界にいての日々の積み重ねのすべてが『無』となって人生を終えることになるのだ」

 

 「…………。」

 凛花は茫然ぼうぜんとして言葉を失っていた。

 乱波たちは最終決断を迫る。

 「黄金龍王一族と在狼あるろうコン太は凛花の幸せを心から願っている。凛花が望むのであれば人間としての幸せを得て欲しいとしんおうから願っている。その強い思念しねんが未來王に届いた。そうして今日こんにちたっとき『選択権』が与えられたものである」

 「自らの幸せを優先せよ。『治癒』を選択せよ。目先めさき忖度そんたくなど一切不要である」

 「我々龍神をおもんばかるあまりに未來の選択をあやまってはならない」

 「あわれみから龍使いの任務『継続けいぞく』を選択する必要はない」

 「問題ない。なにひとつ気にするな。安心して『治癒ちゆ』を選択せよ」

 「たとえ龍使いとしての任務を本日付で終えたとしても心苦しさを感じる必要はない。龍神界と凛花の『家族の絆』は永遠に残る」

 「たとえ龍使いとしての記憶が完全消去されてしまったとしても案ずるな。凛花と龍神が友人であることに変わりはない」

 「たとえ凛花が我らを忘れてしまったとしても我ら龍神は凛花を忘れない。高い空の上から見守り続ける。応援し続ける」

 「凛花よ、人間の誰もが欲する『幸福』を得るのだ!」

 「もう多くの人間たちに希望ある『未來』へのチャンスを与えてきたではないか」

 「今度は凛花が『未來』手にする番だ!」

 「躊躇ためらうな! 我らに遠慮をするな!」

 「誰よりも幸せになれ! 良きえにしつかむのだ!」

 「さあ凛花! 『治癒ちゆ』か『継続』か! 今すぐ選ぶのだっ!」

 

 凛花は即答する。

 「治癒していただく必要はありません。『継続けいぞく』を選択いたします」

 凛花は即座に治癒の提案をしりぞけて任務継続を選択した。

 「身に余るご厚意に感謝いたします。しかしながら龍使いの使命を全うする日々の喜びは極大です。それに勝る幸せなど存在しません」

 真っ直ぐな眼差しを向けて言葉を続ける。

 「私には大切な宝物がふたつあります。それは宇和島の家族と龍神たちです。私は何があっても『家族』とのえにしを切りたくありません。

 五歳のあの日からノアは私に寄り添い支え続けてくれました。親愛なるノアやコン太と過ごす生活は無二むになるものです。

 選択権など必要ありません。今でも十分じゅうぶんに幸せをいただいております。日々にたくさんの愛に囲まれて贅沢ぜいたく過ぎるほどです。これ以上、望むものなど何もありません。

 私にとって任を解かれることは死刑宣告に等しい。龍使いの使命こそが生きる意義のすべてなのです。

 龍使いとしての知識も徳性も足りていません。未熟で至らないことは重々じゅうじゅう承知しています。ですが! どうか任務を『継続』させてください。お願いいたします」

 きっぱりと言い切った。ひたいを床にこすりつけて深々と頭を下げた。

 

 シーーーーーーン…………。

 

 しばらく無音の沈黙が続いた。

 「りっ……、りっ……、りっ! 凛花アアアァッ!」

 そう叫んだのはどの龍神だろうか? 龍神たちは凛花を取り囲んでぎゅうぎゅうに抱きしめた。よほど感激したのだろう。人間の姿に化身けしんしていたはずが顔だけが龍神に戻ってしまっている。

 九体の龍神人間にほおりされている凛花の姿はあるしゅホラーだ。凶悪な人喰い龍に襲われている絵面えづらに見えなくもない。

 

 ノアとコン太は大粒の涙を落とす。コン太が泣きながら問いかける。

 「凛花、いいのかい? 龍使いとして生きる道を選択してしまって……。本当にいいのかい? 人間界での並外れた成功と幸福が約束されているんだよ? それを放棄してしまって後悔しないかい?」

 凛花は屈託なく笑って答える。

 「うんっ! もちろんっ!」

 凛花はコン太の九つの龍頭りゅうずを順に撫ぜた。乱波龍神たちの頭とドラゴン宝珠ジュエルをそっと撫でた。

 

 黄金龍王トール、緋色龍神ミュウズ、真珠色龍神ノアと見つめ合う。慈悲慈愛に満ちた眼差しと優しさをお互いがしみじみと噛みしめ合う。

 両手を広げる。愛情たっぷりの抱擁ハグをする。ノアと凛花は見つめ合って笑い合う。温かな涙がふたりの頬を伝う。

 

 龍神たちは涙に濡れながら凛花とのきずなを一層に深めた。龍使いから与えられるフィールリズム(慈愛)を胸いっぱいに詰め込んだ。心がぬくもりでいっぱいになる。優しさに包まれて満たされていく。

 

 上弦の月灯りが淡く照る夜空に向かって龍神たちが飛び立った。

 まるで名残を惜しむかのようにゆったりと旋回せんかいして飛翔する。

 そうして……。其々それぞれへと帰っていったのだった。

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