第十九章 ③凛花の初恋

 所沢市緑町。

 カミハカリ(七日間かい神議)を終えて数日が経過した。もうすぐ十二月(師走しわす)に突入する。

 ひと仕事を終えたコン太は赤煉瓦ベルに当然のごとくに入り浸っていた。夕食に出された栗ご飯と里芋いもきをほお張る。

 「モグモグ。いやはや、今年のカミハカリはヤバかったよな! 凛花はいつの間にか『未來王』に拝謁はいえつして友人になっているしさ! まぼろしの『りゅう華樹げじゅ布袋ふたい』までいただいているしさ! おいら、ハラハラしてゾクゾクしたよ!」

 コン太は栗ご飯をお替りする。

 「ムグムグ。さらには、さらには! 氷河期男『イレーズ』と初対面にして友人になるなんてさ! まったく凛花はかえがえ只者ただものではないね」

 コン太はワカメの味噌汁をお替りする。

 「ズズズッ! それにさ、イレーズが特殊呪術を使って凛花を赤煉瓦ベルに送ってくれるなんてさあ! ビックリ仰天ぎょうてんのこれまた仰天だよ! 天変地異の前触れかってレベルのレア度だよな」

 ノアは相槌あいづちを打ってうなずく。

 「ええ、本当に……。凛花の『えにし』をきつける能力には感心して驚かされるわ。それにしてもイレーズって、あんなに喋るし笑うのね……」

 「イヒヒッ! まさに『瑞光ずいこうオーラ』と『フィールリズム』のせるわざだよな。魅力いん引力りょくが凄まじいのさ」

 凛花はふたりの会話にうんうん、うなずいている。だけどどこかうわの空だ。

 コン太が心配する。

 「おい、どうしたんだい? 風邪でもひいたかい?」

 凛花はハッとして、あわてて首を横に振る。

 「大丈夫かい?」

 コン太の問いかけに小首をかしげて考え込む。

 「うーん……、実はね。最近急に動悸どうきが激しくなることがあるの。それに何だかずっとフワフワして落ち着かないんだ。もしかしたら変な病気なのかな?」

 「へえ! 一体どんなタイミングに動悸が激しくなるんだい?」

 「えっとね、出雲での出来事を振り返って楽しくなって。思い出し笑いをしたりして」

 「ふむふむ、うんうん。それで?」

 「だけど途中から急にドキドキソワソワして落ち着かなくなるの。胸が痛くて苦しくなって! 耳が熱くなって! ……とにかく変なの」

 ノアとコン太は顔を見合わせる。

 「イヒヒッ! もしかして『イレーズ』のことを思い出すとドキドキソワソワするんじゃないのかい?」

「ねえ、凛花。もしかして、それって……?」

 凛花は動揺して顔を赤らめた。意味深顔の親友ふたりに切実せつ真剣じつに訴えかける。

 「どうしよう! やっぱり変だよね? 病院に行ったほうがいいのかな?」

 ノアは思わず吹き出した。

 「フフッ! 恐らく病気ではないわね。病院には行かなくて大丈夫よ?」

 「ほんとっ? ほんとに?」

 「ええ。安心して」

 「ああ! 良かったあ!」

 ノアの自信あふれる言葉を聞いて凛花は安堵した様子だ。なぜかおもむろにハーフコートを着込む。

 「あらっ、どこかに出掛けるの?」

 「うんっ! 今日、長ネギと豆腐が特売日だった。ちょっとスーパーに行ってくるね」

そう言って。エコバッグに財布を入れた。パタン、ドアが閉まる。

 

 ノアとコン太はひそひそささやき合う。

 「ついについに! 凛花の『初恋』なのね! かなり驚きの相手だけど……」

 「いやはや! おいらは感激だよ! まさしく未來王のおっしゃっていた通りになりそうなんだよ」

 「ええっ? そうなの? 実は私には王からの波動メッセージが断片的にしか届かなかったの。だから詳細しょうさいを知らないのよ……」

 「あれれえ? そうだったのかい?」

 「ねえ、未來王はコン太にどんなご下命かめいを? 私にも詳しく教えてっ」

 「イヒヒ! それでは……。(咳払せきばらい)うおっほん! (王の声マネ)『そうですね。もしも凛花さんがしょうさんとのえにしを選択しなかった場合には提案があります。ごくとう万能ばんのう祭司さいしイレーズと神在かみありつき出雲おおや大社しろで会わせてみようかと思うのですが』……ってさ!」

 「ええ、そこまでは知っているわ」

 「それでさ! (王の声マネ)『是非ともふたりを友人にしてあげてください。演算えんざんしてみたら相性ピッタリでした。ふたりの未來が輝いて見えるんですよ。胸をときめかせてれるイレーズの顔を見てみたいです。クククッ、これは面白くなりそうです』……ってさ!」

 ノアは目を丸くする。

 「……。完全に! 楽しんでおられるわね」

 「イヒヒッ! まったくだ。それにしても未來王はイマドキだよな」

 「本当に。心からあがめたいのに崇めさせてくださらない。じっくり拝謁はいえつしたいのに全然機会を与えてくださらない。だからそれこそ! 多くの神々が会いたがってれているのよ」

 「まったくだ。『もはや実在していない説』までささやかれているからねえ!」

 「だけど確かに『実在』しているわね!」

 コン太はうんうん、うなずく。

 「未來王ってさ、古き良きものや伝統は大事に重んじられている。けれど総じて時代の変遷へんせんに適した対応をされている」

 「ええ。『未來王時代』になってから変わってきた気がするわ。もちろん、いい意味でね」

 「まさに『新時代ネオフューチャー』さ。封建的思想時代の終わりの始まりだよ」

 「確かにそうね。未來王は古臭くないのよ。先進的思想なのよね」

 「そうさ。王はフレキシブルなジーニアスキングなんだ! って。あの偏屈イレーズがいつも自慢しているくらいだよ」

 「ああっ! 是非ともお会いしてみたいわ!」

 「極等万能祭司四人衆は潜在サブコン意識シャス最奥さいおうまで読み取れてしまうから本物しか是認ぜにんしない。超絶スペシャリスト集団が無条件に畏敬いけいして跪拝きはいするのは未來王ただひとりだけ! らしいからねえ」

 「ねえ……。そもそも『四人衆』って実在しているの?」

 「そりゃあ実在しているさ。だけどおいらはしん霊獣れいじゅうだからさ。直接的にはイレーズとしか会ったことがないんだよ」

 「じゃあ四人衆は『恐らくたぶん実在している説』、ね?」

 「それにしても! あの気難しいイレーズが凛花を友人として認めたんだ。これはもしかして、だよねえ? どう考えても、……だよねえ?」

 ノアは何だかワクワクしてきた。

 「凛花とイレーズ、これからどうなるかしら」

 「実はおいらに考えがあるんだ。王の許可が下りたら実行するからさあ。その時はノアも協力しておくれよ……」

 「ええ、もちろんよ」

 「あのねえ、コショコショ、コショコショコショ…………」

 

 カチャリ、玄関ドアが開いた。

 「ただいまあ! 外は寒かったあ! 卵と白菜もタイムサービスで安く買えたんだよ」

 重たくなったエコバッグをぶら下げて凛花が帰宅した。

 「イヒヒッ、おかえりいっ」

 「ウフフッ、お疲れさまっ」

 ノアとコン太はニターッ、と笑う。白々しいまでのなまあたたかい笑顔で出迎えたのだった。

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