第八章 ①爺と凛花(切望)

 凛花は雲の上。

 羽田空港から松山行の飛行機に搭乗している。

 両手を合わせて指を交差させて祈る。痛いほど力が入る。一刻も早く到着したいと気ばかりが焦る。

 

 じいの容態が良くないと昨晩遅くに母から連絡がきた。予断を許さぬ状況らしい。

 ノアは『早く! 背中に乗って!』そう言ってくれた。けれど。龍神を私的な事柄に使い物にするわけにはいかない。

 眠れぬ夜に。晩夏の虫が休むことなく鳴いていた。まだ明けぬ朝に。始発よりも早い所沢羽田線の始発のリムジンバスに乗った。そして松山に向かう一番早い国内便に搭乗した。

 爺は私が帰ってくるのを待っている。首を長くして待っているに違いない。

 凛花は切望する。

 ……爺、お願い! まだかないで! 待っていて!

 この飛行機の上にはノアが飛んでいる。きっと美しい虹が棚引いていることだろう。

 

 松山空港に到着した。

 ターミナルには迎えの父が立っていた。凛花を見つけると大きく手招きをした。

 小走りに駐車場に移動して軽トラックの助手席に乗り込む。シートベルトをしながら爺の容態を確認する。

 ……持病の糖尿病から合併症を起こして救急搬送されたのが半年前。退院後は自宅療養をしていた。

 「医者や家族からの警告にも従わず好物の酒を隠れて飲んでいたようだ」

 そう言って。父はため息を漏らす。

 「最近はついに寝たきり状態になってしまった。しきりに凛花のことを気にかけていたよ」

 よしありげに付け加えて言った。

 

 実家に到着する。

 母は眉をハの字に下げた。無言のまま二度頷いてみせた。

 爺の容態が良くないことを悟った。

 凛花はレンタル介護ベッドに横たわっている爺に駆け寄った。

 爺は溺愛できあいする孫の姿を見た途端に和んだ笑みを漏らした。

 やせ細った腕を伸ばす。凛花の手を握る。驚くほど力が弱い。

 そしてかすれ声で告げる。

 「死ぬ前に……。どうしても……伝えなくてはならないことがある……」

 

 吉田町よしだちょうの上空。

 凛花の実家の真上には。真珠色龍神が空上静止してとどまっていた。

 ノアの龍眼がキラリ、金色に光る。

 その瞬間から。爺の容態は落ち着いて明らかに安定した。

 ノアがラストラリー(中治り)現象に固定したのだ。

 爺の瞳に光が宿る。か細くかすれていた声音こわねに生気が宿る。確かな口調に変わる。

 ラストラリーのリミットは五十五分間だ。爺は握る手にぎゅうっと力を込めた。

 「凛花。忌まわしい『あの日』のことを話させてくれ。聞くのはつらいかも知れないが。だけど『あの日』の真実を伝えさせてくれ……」

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