第二十八章 ①顕現(インカーネイション)

 出雲いずも大社おおやしろ・上空。

 ゆらり…………、空気が揺らいだ。極等万能祭司は聖なる気配を察知した。

 ゲイルが声を上げる。

もなくだぞ……!」

 クロスは口角を上げる。

「よオォしッ! 準備はいいかァア?」

 四人衆はザザッ! 横一列に整列する。キリリ、アイコンタクトを交わして呼吸を整えた。

 シップとゲイルは『右手』の人差し指をスッ、立てる。

 クロスとイレーズは『左手』の人差し指をスッ、立てる。

 四人衆はくるり、時計回りにを描く。するとまばゆ閃光せんこうが放射された。その光は波紋のように広がって大気圏たいきけんを染めゆく。澄んだ青空は黄金色に変じた。

 出雲おお大社やしろ・御本殿上空に『黄金結界』が張り巡らされたのだ。

 シップは鳳凰ほうおうと桜が描かれた精緻せいちなる扇子せんすをパッ、広げる。ゆらゆらゆら……、あおぐ。ぶわっ……! 花びらが噴出した。季節外れの桜の花びらが舞い上がって舞い踊る。

 ゲイルが神々に呼びかける。

みなもの、こころせよっ!」

 クロスとイレーズが声をそろえる。

「さァァア……、お出ましだっ!」


 ピッカアアァァァァァァッ…………


 げんじつが現れた。天日てんじつ(太陽)のすぐ脇に『まぼろしの太陽』が現出した。横に並んだふたつのりん赫々かくかくとした光を放つ。

 キラッ! キラキラキラキラ…………

 天使の梯子はしごの光芒が揺らめいて波打つ。遥か上方から蒼色と金色の閃光ビーム明滅めいめつして差し込む。

 パラッ、パラッ、パラパラパラ…………

 高き宇宙そらから植物の種子が降り落ちてきた。シュウゥゥ……、その種子たねは黄金結界に吸い込まれた。

 ポンッ! りゅう華樹げじゅ(プンナーガ)が芽吹いた。双葉ふたばを広げて見る見る伸長する。枝葉をしげらせ巨大樹へと成長した。瑞々みずみずしい青葉はふたつの太陽(天日と幻日)に照らされてキラリ、つやめく。

 ポポン、ポポン、ポポポポンッ……! 可愛らしい音を立て白き可憐な『太陽の花』が無数に咲きこぼれた。


 金風きんぷうが吹き抜けて龍華樹の葉が揺れる。風の調和コンコルド旋律メロディかなでる。

 空の色が変わった。天上をあおぎ見ると大空は『むく槿いろのうろこ雲』におおわれている。

 神々は息をのむ。

 天と地、海や川、遠くの山々、吹き抜ける風……。そのすべてが薄紅色うすくれないいろに染められていた。天地は柔らかな光に照らされて穏やかな雰囲気アンビアンスに包まれている。

 ……ん? いや? あれはうろこ雲ではない! 龍神の『うろこ』ではないか? 途轍もない巨大龍神が空を泳いでいる! 大空のすべてを覆い隠すほどのむく槿いろの龍神が泳いでいるぞ!

 イレーズがつぶやく。

「あ、兜率天來とそつてんらいりゅう…………」

 神々は瞠目どうもくする。巨大龍神を凝視ぎょうししてふと気づく。……龍神の鼻先に丸々肥えた『わらべ』が仁王立ちしているぞ!

 凛花は思わず声を上げる。

「あっ……、ゴン子さん!」

 ぴょんっ! 兜率天來とそつてんらいりゅうの鼻先にいたわらべが両手を広げて空中ダイブした。わらべは『光の塊』になって雲を突き破りせまり落ちてくる。

 ピタッ…………!

 光の塊は凛花の目の前で空中静止した。


 ズッ……! ズズッ……! ズザザザザザザザザアアアアア…………ッ!


 カミハカリに参集している数多あまたの龍神と神々が一斉に平身低頭してひれ伏した。

凛花は辺りを見渡して吃驚びっくりする。極等万能祭司四人衆までもが跪拝きはいして頭を下げているのだ。慌てて深くひれ伏した。


 シン…………………………


 結界空間を静寂しじまが支配する。

 ……しかしその静寂はあっさり破られた。

「やあやあ、お嬢さん。久しぶりだねえ? さあ、顔を上げておくれ」

 頭上から聞き覚えのある声が聞こえてきた。凛花はおそる恐る顔を上げた。その途端、笑顔がはじけた。

「わあっ、まん丸おじいさん!」

「今日はお嬢さんの婚約祝いに来たんだよ」

「えっ? お祝いに来てくださったのですか?」

 まん丸老爺ろうやは目を細めてニイッ、笑った。頭陀ずだ袋に手を突っ込む。ゴソゴソ、あさる。そうして握りこぶしほどの『透明とうめい宝珠ほうじゅ』を取り出した。

「ほら、この宝珠をこすってごらん」

「……? はい」

 凛花は言われた通りに。目の前に差し出された宝珠を指先でこすった。

 モクモクモクモク…………! 白煙はくえんが噴き出した。煙は綿菓子のような白雲はくうんをふたつ創り出す。雲の上には威風堂々いふうどうどうとした『ふうじん』と『雷神らいじん』の姿があった。

 風神は風を起こして雨雲を呼びよせる。雷神はうずらいを誘発させて神鳴り(雷)をとどろかせた。その刹那せつな、サアッ! 驟雨しゅうう(にわかあめ)が訪れた。

 シュウウウウウウゥゥ…………

 風神と雷神は透明宝珠に吸い込まれて引っ込んだ。老爺ろうや頭陀ずだぶくろに仕舞った。


 驟雨しゅううが止んだ。雨上がりの空には『円環えんかんの虹』がかる。

 ぐるんっ、ぐるんぐるんぐるん……っ! 円環虹が幾重いくえにも重なって無数に架かる。

 ひゅん、ひゅん、ひゅーん……! まるで彗星すいせいが流るるがごとくに八色瑞ずいうんが棚引いた。大空はビビット(鮮やか)な色彩に染め上げられた。

 凛花は瞳を輝かせて驚嘆きょうたんする。

「うっわあ! こんな絢爛華麗れいな空を見たのは生まれて初めて! なんてっ! なんて美しいのっ……」

 神々は言葉を失う。空をあおいで嘆息たんそくする。奇跡の絶佳ぜっかしば見惚みとれた。


 再び静寂しじまが破られる。

「凛花さん、お久しぶりです」

 独特なバスバリトンの低音ヴォイスが響いた。凛花は仰天ぎょうてんする。

「わわっ、わわあっ! たっ、太郎さんっ」

「ハハ、お元気そうで?」

 黄金結界上に友人『太郎』が立っていた。

「凛花さん、この度は婚約おめでとうございます。イレーズと未來の時間軸を共有する選択をしてくださいましたこと、友人として大変嬉しく思います」

「あっ、あっ、ありがとうございます!」

「どうやら凛花さんの『人生最良の日』は今日のようですね? 好運こううんはさらに積み重ねられ増大していくことでしょう。そして本日より、凛花さんは兜率天とそつてん藍方らんぽうせいの一員に加わりました。恒久使命をになうこの先の未來は『仲間』と共にあります。どうぞよろしくお願いいたします」

「はいっ! あっ、あのっ! ああ、どうしよう……。胸がいっぱいで……、うまく言葉が出てきません……」

 凛花の瞳から大粒の涙がこぼれ出た。


 太郎は微笑む。

「それでは改めまして、自己紹介をさせてください。『ネオ・トレジャン・ヴェルセント・マイタレイヤ・太郎(仮名かめい)』と申します」

 凛花は目を丸くする。

「え? ネオトレジャンヴェルセントマイタレイヤ……、太郎さん、ですか?」

「ハハ、そうです。それにしても長くて面倒ですね。ですから人間界こちらでは『太郎』とお呼びください」

「あ、はっ、はい! 太郎さん、どうぞよろしくお願いいたします」


 太郎はふと辺りを見渡した。そして思わず肩をすぼめた。

 数多あまたの神々、神霊獣たちが静止画像のように固まっている。それはまるで金縛りにあっているかのごとくに動かない……。突然の未來王降臨に畏怖いふ恐縮している様子なのだ。

 太郎(未來王)はフランクに語り掛ける。

「神々の皆さん、驚かせてしまって申し訳ありません。無二の友イレーズの婚約成立が嬉しくて不意打ちにおとずれてしまいました。どうか固くならず気楽にお過ごしください」

 神々は破顔はがん微笑みしょうする。好機到来とばかりに『未來王』を凝視ぎょうしする。

 ……人間界での風貌ふうぼう白皙はくせき(色白)でスラリとしている。ショートカットの黒髪、シャープな顔立ち。服装はモード系のシャツの上からゆったり目のカーディガン、ストレートパンツにスニーカーというイマドキ若者ファッションだ。えらぶらずり返らず柔和にゅうわな雰囲気をかもしている。その一方で飄々ひょうひょう淡々たんたんとして掴みどころのない泰然自若クールな印象だ。親しみやすいけれど近寄りがたい。温和だけれど冷めている。ふたつの属性をあわせ持つクレバー(明敏)な青年だと読み取った。

 青年は神々に深々と頭を下げた。

すでにご存じかと存じますが、約一世紀の時間軸を『人間界』に身を置いて暮らしております。……そこで、神々の皆さんにお願いがあります。人間界こちらでは『未來王』ではなく『太郎』とお呼びください。そして是非とも『友人』として仲良くしてください」

 極等万能祭司は共鳴して笑う。そして親愛なる友の名を叫び呼ぶ。

だく! 太郎よっ!」

「諾っ! 太郎っ!」

「諾ッ! 太郎ォオ!」

「諾! 太郎……!」

 四人衆に続いて。神々が王の愛称をさけぶ。

 ……わああっ! 太郎さん! 太郎っ! 太郎くん! タロちゃーん! 

「ハハハ。はい、太郎です。どうぞよろしくお願いします」

 未來王はにこやかに笑った。

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カミハカリの演算 ネオフューチャー・ドラゴンゴッド 碓氷來叶 @raika_usui

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