第六章 ③是の脚本家・輝章

 しょうは飛躍していた。

 映画のシナリオコンクール『城戸きど賞」に入選し、作品が映画化された。

 【天才脚本家、彗星すいせいごとく出現す】。……ネットニュースに見出しがおどった。

 これを契機として、大学時代に書きめていたシナリオまでもが注目されて日の目をみた。それが次々に映像化され、話題を呼んだ。

 さらには、演出家や劇作家としても活躍の場を広げていく。映画・ドラマ・演劇に、鮮烈な作品を送り出す。そしてそのすべてが、国内外、各分野から評価称賛しょうさんされた。

 

 輝章の作品には、無名俳優や新人俳優、若手スタッフが数多く起用される。そしてなぜか、取り立てられた俳優陣やスッタフは目覚ましい躍進を遂げていく。作品を起点として『立身出世』する……、そんな『定石じょうせき(セオリー)』が業界内外で噂になっていた。

 そのため、輝章が主催するオーディションには、プロアマ問わず大志を抱く者たちがこぞって押し寄せた。ときには、大物俳優や有名女優までもが出演を熱望し、オーディションに参加した。幸運にあやかりたい関係者が群がった。

 輝章は怒涛どとうの勢いで『一流脚本家』としての地位を不動なまでに築き上げていた。

 

 イタリア南西部・ソレント。

 輝章は国際映画祭の受賞式に出席するため、ソレントを訪れていた。フランスのプロデューサーと合作した作品がノミネートされ、世界的に評価を得たのだ。

 大喝采だいかっさいの中に上映と会見を終えた。息つく暇もなかったが、ようやく一段落した。

 滞在たいざいしているホテルのガーデンエリアをぶらり、散歩する。そうして感慨かんがいにふける。

 ……爽やかな青い空、きらめく青のナポリ湾。風にそよめく檸檬れもんの木、青々とした緑の葉。若い青レモンがたわわに実っている。……ああ、この景色を見せてあげたい。僕の活躍を喜んでくれているだろうか……。


 ふと、視線の端に長身男性を捉えた。浅黒い肌をした快活そうなアジア系の美青年だ。

「ゔぅ? ゔげえっ!」

 その青年は顔をしかめて奇声を発した。どうやら青レモンにかぶりついたものの、固くて苦かったらしい。

 ふたりの視線がぶつかった。

 美青年はニヤリ、意味深いみしんな笑みを浮かべた。そうして懐こい声色こわいろで話しかけてきた。

「やあ、輝章くん! 偶然だねえ?」

 「え? えっと……?」

 「あっ! 間違えた。イヒヒッ! 初めまして、輝章くん! おいらはいろ九頭くず龍神在あるろう! 良かったら『コン太』って呼んでねえ?」

 気さくな自己紹介を終えた。そして、ここのつの頭を持つ呂色九頭龍神の姿に変化へんげした。

 濡れているかのような漆黒色の龍体が艶めく。金色に縁取られた龍眼は冷ややかで眼光は鋭い。キラリ、研ぎ澄まされた銀爪をあやしく光らせた。


 輝章は、呼吸を忘れて固まった。呂色九頭龍神が現れるのは、『』の采配が『いな』へと転じた制裁処罰のときだと認識していたからだ。

 ……ああそうか、僕は気づかぬうちに契約ふり不履行こうを犯していたということか。つまり、これから制裁されるということだ。

 我ながらなげかわしい。是契約によって、龍神界から凄まじいまでの成功と名声を与えられていた。身に余る賛美さんびの日々だった。 

 だからこそ、常に不履行にならないように、おのれに言い聞かせているつもりでいた。感謝を心魂に刻んでいるつもりでいた。しかし、どうやらそれは『過信』だった。

 恐らくきっと、実力以上の過大評価を得ていたのだろう。

 いつの間にか、心にゆるみが生じて慢心していたのだろう。

 気づかぬうちに、驕慢きょうまん人間へと変貌していたのだろう……。


 輝章はすぐさま頭を下げた。

 「どうやら知らぬ間に契約をたがえてしまっていたのですね。凛花さんに喜んでもらいたい、その一心で脚本を書いていました。そして多くの人に楽しんでもらえる作品制作をと、一念してきたつもりでいました。しかし至らなかったようです。本当に申し訳ありませんでした」

 輝章は腰を折り曲げて真摯しんしびた。


 再び人間に化身したコン太は笑う。

 「イヒヒ! いさぎよいねえ? だけど安心していいよ! 輝章くんは今でも『』だからさ! だからつまり、ノープロブレム(無問題)!」

「あ、ああ……、それなら良かった……です」

 輝章は心底安堵あんどして顔を上げた。コン太はスルリ、擦り寄って耳元にささやく。

 「ねえねえ、輝章くん。実はおいらに協力してほしいことがあるんだよ。あのねえ…………」

 「…………!」

 輝章の安堵の人心地は瞬時に消え去った。呂色九頭龍神からの『極秘依頼』に対する緊張へと置き換わってしまった。

 コン太はニヒルな笑みを浮かべる。輝章は頷く。

 ふたりは『密約』を交わした。


 赤煉瓦ベル。

 夜になりグリーンのカーテンが閉められた。そこには、ソファーに浅く腰掛けて前のめりの姿勢になってテレビドラマに釘付くぎづけの凛花の姿がった。

 ……輝章さんの作品は奥深い。この連続ドラマは今期最高視聴率だ。グラビリズムとモアレリズムのふたつのリズムが最大値となった才能が見事に開花して評価を得ている。それが、この上ない喜びだ。

 そして、このドラマの主題歌を歌い上げているのはモアレリズムの契約者のツボミさんだ。 透き通る美しい歌声にドラマの感動は増幅ぞうふくする。


 凛花は涙があふれて止まらない。是契約者の活躍が嬉しくてたまらない。

 「輝章さん、ツボミさん! すてき……!」

 部屋からひとり、拍手と喝采かっさいを送る。龍使い冥利みょうりに尽きるこの感激は何物にも代えがたい。

 そのうえ、凛花には心の底から大切に想える『宝物』がある。

 それは『宇和島の家族』と『龍神の家族』だ。無二なる家族をふたつも有している。

 「ああ、幸せだなあ! どうしよう、贅沢ぜいたくすぎる! こんなに幸せでいいのかな……?」

 凛花は日々の清福せいふくに心から感謝していた。


 そんな珠玉しゅぎょくの心を持つ凛花を見澄ましている『誰か』が居た。それは、天上界のその上の遥か高き場所にす『かた』の慈眼だった。

 

 天上界のはからいは大きく動き出す。

 龍使い凛花を極上の未來へいざなうべく、 『カミハカリの演算』が開始されていた。

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