第三章 ②トールと新たな家族

 中津川市。

 南アルプスの最南端。白竜伝説残る裏木曽の滝に『黄金龍王トール』は棲んでいる。

 トールは真珠色龍神ノアの父親パパである。

 

 トールは感懐かんかいいだく。

 凛花を龍使いに任命するにあたり。契約書第六条『不接触・無欲』を追記した。

 二度と凛花の心身がむやみに傷つけられてはならない。龍神界の新たな家族を守るためのおきてとして厳に定めた。


 龍使い認定に際しては冷厳なるおきてが存在している。

 まずは、天上界の特別な御方から指名されなければならない。次に『自利じり』と『』というふたつの選択肢を迫る。そして即座に『他利』を選択せねばならないのだ。

 私欲に走らなかった者は龍使いに認定される。その瞬間に『五色の瑞光ずいこうオーラ』が放たれる。菩薩の如くに全身が光り輝くのだ。

 さらには天上界から『フィールリズム』という特別なリズムが与えられる。他への慈しみと他を優先させる真心が最大値となった龍使いにのみ宿る特別なリズムである。 

 グラビリズムやモアレリズムの所有者であってもフィールリズム状態の龍使いにかなうことはない。なぜなら『是契約』の締結ていけつには龍使いのフィールリズムが不可欠だからだ。

 ふたつのリズムを超越した優美ゆうびだかさごなるリズムこそが『フィールリズム』なのだ。


 遥か昔から今までに、多くの『龍使い候補こうほ』と接触してきた。しかし『他利』を選択する者は皆無だった。

 本音を偽って他利を選択すると宣言した噓つき者は居た。だがしかし、所詮は偽物だ。フェイクに瑞光オーラは与えない。フィールリズムは宿らない。


 凛花は、数百年ぶりに現出した正当な龍使いである。

 まばゆいほどの瑞光オーラに包まれた凛花の姿は美しかった。偽りのない他利の心の持ち主であることを証明していた。

 さらに、凛花は只者ただものではない。なぜなら、我が娘であるノアは簡単に心を許す性格ではない。警戒心が強くて激しい人見知りなのだ。

 それなのに凛花とは瞬時に心を通わせた。まるで姉妹のように『赤煉瓦ベル』での同居生活を楽しんでいる。

 それだけではない。ノアの恋人であるコン太が凛花と親しいことには驚愕きょうがくした。

 そもそもコン太は人間という打算的生物を好ましく思っていない。むしろ激しく嫌悪している。

 そんな気難しいコン太とノアをあっさり懐柔したのだ。龍使い凛花のポテンシャル(潜在的資質)は計り知れないものがある。


 契約者は、龍神とリズムを調和持続させることにより才気さいき煥発かんぱつの極みとなる。肉体的修復力にも裏打ちされて社会的成功の『ほまれ』を手にする。あらゆる文化や文明の開拓者は、心の命ずるところに従って天質を涵養かんようする。結実した果実は大衆に恵みをもたらす。『与える行動』の継続こそが龍神界からの恩沢に浴することに繋がっている。

 その一方に、契約不履ふりこう者は最大値だったリズムが停止消滅する。不協和音を発することさえ不可能となる。今まで優遇されていた才覚や体力は急激に衰えてあわれな顛末てんまつを迎える。『エラー人間』と判別された者は呂色九頭龍神からいなの制裁を受ける。思いやりを失って、欲楽に支配されて、『鬼畜』と成り果てた姑息な心が招いた結果である。契約違反のツケは甚大じんだいであることを思い知ることになる。

余生は空蝉うつせみインコの姿で終えるのだ。


 実らせていた秋の稲穂を消失させる火元は欲望と破壊である。天界より選ばれし者だったはずの是の契約者の転落は一層に罪深い。

 神仏をもあごで使う傲慢ごうまんさと搾取さくしゅ、他者へのさげすみ。そして己への『過信』と『妄信』が転落への道筋なのである。

迎える最期は『自業自得ブーメラン』のことわりのっとって代償を支払うより他にすべはない。


 黄金龍王トールは心根の美しい龍使いの現出をたっとんでいた。

 凛花を龍神界の家族として、娘ノアの妹(親友)として、大切な仲間として……、心の奥底から歓迎しているのだった。

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