第十章 ④レンジという男(宇和島)

 そして十五年前。

 旅番組の撮影に訪れた宇和島のみかん畑で再びレイプ事件を起こしてしまった。

 

 あの日の俺は過密スケジュールに疲労困憊こんぱいだった。不貞腐れて不機嫌だった。

 「散歩してくる」

 撮影準備中のスタッフに告げた。スタッフは困惑する。もう間もなく撮影が始まるのだ。 

 しかし誰ひとりとして制止しない。気を遣って神経をすり減らしている。オドオドしてまるでれ物にさわるかのようだ。

 関係者周知の事実として。俳優レンジは『外面そとづら』は完璧だが『内面うちづら』は最悪なのだ。

 俺はいつもの通り横柄おうへいに振る舞う。とげとげしい態度を露骨にあらわにして反論の余地を与えない。スタッフたちはどれほど理不尽であっても機嫌を損ねてはならない。人気俳優に服従するしかないのだ。

 

 俺はみかん山の坂道をズンズン登った。

 ……とんでもない田舎だ。過密スケジュールの最中さなかにわざわざこんな遠方ロケに来なくてもいいのに! ことさらに不愉快になった。

 畑に入り込んで実っているみかんをむしり取る。八つ当たりのように地面に投げつけた。

 

 ……そこに現れたのが可愛らしい幼女だった。

 

 「みかんに意地悪しちゃダメだよ」

 俺が叩きつけたみかんを拾うと人懐こい笑顔を向けてきた。

 「何歳?」たずねてみる。

 「五歳」

 小さな手を広げて答えた。

 ……とんでもなく可愛らしい子供だった。純真で邪気のない天使のような女の子だった。

 「じいのみかんとっても美味しいよ。はい、どうぞ。みかんあげる」

 そう言って。みかんを渡そうと幼女が近づいて来た。

 ドスンッ……!

 俺は衝動的に押し倒した。地面に仰向けになった幼女はまばたきするのも忘れて呆気あっけにとられている。

 幼女を犯したいという欲望が爆発してしまったのだ。 

 ガバッと覆いかぶさって首筋をめた。レギンスと下着を乱暴にはぎ取って放り投げた。興奮し過ぎて鼻息が荒くなる。

 獰猛どうもうな獣が小動物を押さえつけて征服している。快楽中枢をはなはだ刺激した。

 脳内は沸騰してコントロール不能だ。タガが外れて抑えがきかない。我を忘れて一心不乱に揺さぶった。


 ボッ、ボツボツ……、ザザアァッ……!

 突然。空が暗くなって冷たい雨が降り出した。迅雷じんらいとどろく。閃光せんこうが走る。

 ドオオオンッ……!

 落雷が地面をつんざいた。みかん畑が地響きにうなって揺れた。

 ジュウウウウゥゥ……

 首筋にジュッと焼けるような音がして鈍い痛みが走った。

 「痛ッ……!」

 ごうおんと火傷のような疼痛とうつうにようやく我に返った。

 

 ……俺は一体、何をした?

 恐る恐る状況を確認する。

 地面にぐったりと横たわる幼女はむごたらしいまでに血塗ちまみれだ。

 雨に濡れて。土がついて。血がついて。洋服は泥と血液が混じって赤黒く汚れている。 

 まるで野外に捨て置かれたボロ人形のようだ。

 下半身からは太ももを伝って鮮血がダラダラと流れ出ていた。小さな手にはみかんが握られている。

 地面に転がっているのはさっきの天使のような女の子なのか? 

 汚らしいボロ人形に変わり果てている。

 

 もしかしたらこの幼女は助からないかも知れない。どうしよう……。死んでしまうかも知れない。

 

 サァッ、血の気が引いた。震えが止まらない。動揺して後ずさる。

「まずい、まずい、まずい、まずい……」

 幼女を置き去りにしてその場から逃げ出した。

 坂道を駆け降りて停車してあったワゴン車の運転席に性急に乗り込む。

 「俺は帰る!」

 その場のスタッフに一方的に告げる。レンジの衣服にはべったりと血が付着していた。呆然とするスタッフを尻目にエンジンをふかして急発進させた。

 激しい雷鳴がとどろく。松山空港に向かって猛スピードに車を走らせる。

 車中から携帯電話を取り出して付き人に連絡をする。ざっと事情を話して事後処理を任せた。車に積んであったコートを羽織って汚れを隠す。

 東京に逃げ帰った。

 

 後日。示談成立との連絡が入った。

 どうやら幼女は無事だったらしい。

 幼女の家族が遠慮して示談金を受け取らなかったらしい。

 弁護士費用だけで解決できたらしい。

 

 ホッとして心底安堵した。大事には至らなかった。余計な金も掛からなかった。

 ラッキー(幸運)だった。

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