第二十四章 ③審判(結論・コンクリュージョン)

 映画館・ステージ上。

 しょうの感情はたかぶっていた。そして葛藤していた。

 ……ああ、愛しい女性ひとの声が聞こえる。密かにしたい続けていた『凛花さん』がこんなに近くに来ている。それなのに……っ! 視界を完全しゃ遮断だんするこの頭巾ずきんわずらわしい。

 思い切って遮光頭巾きんを取っ払ってしまおうか? 放り投げて駆け寄ってしまおうか? 

 嗚呼ああっ! 凛花さんの顔が見たい。会いたくてたまらない。もういい……。もう、どうなったって構わないっ……! 

 ガシッ、遮光頭巾きんつかんだ。

 

 「やめときなよ」

 誰かに腕をつかまれた。軽々、ひとひねりにされて押さえつけられた。突発的しょう衝動どうは瞬時にしずめられてしまった。

 「あ、あの……? 誰、ですか……?」

 背後に霊妙れいみょうな空気を感じた。ぼそり、聞こえてきたのは若い男性の声だった。

 「あのさ……。しょう、くん、だっけ?」

 「え? はい。……あなたは、一体?」

 「ああ、俺? 俺は凛花の恋人だけど?」

 「えっ? こい、び、と? 凛花さんの?」

 「そ。だから要するに。あんたの運命の相手は凛花じゃない、ってこと」

 「あ、あ……。そう、なの、ですね……」

 「あんたはさ、グラビリズムとモアレリズム。ふたつのリズムが最大値のまれなる成功者だね? ……だけど龍使いとのえにしは『契約』までで終わっているんだ。かしこいみたいだし、わかっているよね?」

 「はい……」

 「凛花はさ、あんたの成功を喜んでいる。さらなる成果せい収穫を望んでいる。作品を契機として活躍の場を広げる新人俳優やスタッフが大勢いるだろう? 優秀な人材が生み出されていくことが何より嬉しい、ってさ」

 「凛花さんは、僕の作品をてくださっているのですね?」

 「ん。あんたが手掛けたドラマ、映画、演劇のすべてを観ていてさ。そのたびに感動の涙を流しているらしいよ?」

 「そうなのですね! ……嬉しいな」

 「そしてこれから先の未來も、大衆に恵みを与えてほしい、の行動を継続してほしい、って。……そう、心から願っている」

 輝章は胸の奥がジーン、熱くなった。

 

 若いイレーズは続ける。

 「ま、凛花のことは俺にまかせていいからさ。あんたはあんたの幸せをつかみなよ。……案外近くに『本物えに』が転がっているかもしれないよ?」

 「はあ……。僕にも『本物えに』があるのかな……」

 「ククッ! きっとあるんじゃない? だってさ、『たっと御方おかた』が遥か彼方かなたの天空から此処ここに光を注いでくれているんだよ? 今まさに。あんたたちのためにさ」

 輝章は見えずとも納得できた。皮膚がゾクゾクして泡立つような新奇な感覚フィーリングがある。会場をただよう空気はなんとも霊妙不可思議だ。おのずと感受かんじゅして合点がてんがいった。

 

 「凛花さんは、だまりのような女性です。かたくなだった僕の心を暖かなオーラできほぐしてくれました。未來は自分のものだと背中を押してくれました。そうして僕は夢を叶えることができました」

 「うん」

 「僕にとって『龍使い凛花さん』はかけがえのない恩人です。だから生涯ずっと、『特別な存在』であり続けると思います」

 「ふーん……。特別、か。……ま、そうなんだろうね? 凛花からかもされる『フィールリズム』ってさ。さり気なくて優しくて、素朴そぼくであたたかいんだ」

 輝章は声を張り上げる。

 「それからっ! あのっ! 部外者が言うべきことではないのかもしれませんがっ! 凛花さんのこと、誰よりも幸せにしてあげてくださいっ! どうかどうか! お願いいたしますっ」

 「ん、了解。そもそもさ、言われなくてもそのつもりだけどね? ……だけどまあそうだね。部外者には、一切いっさい関係ないけどね?」

 

 イレーズは停止しているコン太の顔をのぞき込んだ。コン太は目力で訴える。

 「(イレーズゥゥッ! 動けないよお! しゃべれないよお! 何とかしてくれよおっ!)」

 「ククッ! そろそろいいかな」

 イレーズは愉快ゆかいに鼻先をチョン、つついた。途端とたんにコン太が動き出した。

 「ゼイゼイッ……! ハアハアッ……!」

 「コン太、お疲れさん」

 「イッ、イレーズッ! ……なっ、なんで? どうしてここに?」

 「もう役目は終わったよ? そろそろ帰ろうか?」

 「うっ、うぬぬぬぬう……! そうかっ! そういうことかっ!」

 

 緋色ひいろ龍神ミュウズとかい紫色むらさきいろ龍神ユウイは面食らって後退あとずさる。

 「あ、あらまあっ、イレーズ! えーっと……。じゃ、じゃあ私たちもに帰るわね! コン太がうるさそうだから……」

 「あ、あらあっ、イレーズ、ごきげんよう。……そ、それではまた、神在かみありつきの出雲でお会いしましょう……」

 「あっ! ミュウズママ! ユウイさま! 今日は本当にありがとうっ」

 凛花は両手を振って礼を伝えた。その屈託くったくない笑顔を、イレーズは柔和にゅうわに見つめていた。

 ミュウズとユウイは顔を見合わせる。

 「あらあら、イレーズったら! 凛花には飛びっ切りに優しいのね? うふふ、じゃあまたねっ!」

 「あらっ、まあ! オホホ。仲がよろしくて何よりですわね。ではまた……」

 ……シュンッ!

 ミュウズとユウイが消えた。

 コン太は口をとがらせて不満顔をしていた。しかしカリスマ神霊獣使いイレーズに首根っこをつかまれるとションボリと小さくなった。連行されて姿を消した。


 不意に、レンジが意識を取り戻した。

 「ん、んん……。……あれ? 在狼あるろうくん? あれ? 九頭くず龍神は?」

 真珠色龍神ノアの背に乗った凛花が答える。

 「コン太はさっき帰りました。私たちも帰ります」

 「いっ、いや! 待ってくれ! まだ帰らないでくれ! 頼むから処罰を与えてください! このままでは、あまりに申し訳なくて幸せをつかめない。俺はきっとまた、死にたくなってしまう…………」

 輝章と羽衣も同調する。

 「凛花さん、お願いです! どうか僕にも処罰ばつをください! 僕は陰険ムカ陰湿つく人間です。勝手な思い込みでレンジさんを軽蔑けいべつして最悪な対応をしていました。それに契約違反だと分かっていながら、凛花さんをしたい続けていました……」

 「羽衣にも処罰ばつをお願いしますっ! 凛花さんがいっぱい傷ついているのに、それなのにレンジさんをゆるしてって…………」

 

 凛花は観念した。

 「わかりました。では皆さんに『処罰ばつ』を差し上げます。皆さんの足元に『邪払じゃばらみかん』を置いて帰ります」

 「ジャバラ……、みかん?」

 三人は声を揃えた。凛花は笑ってうなずいた。

 「はい。ジャバラみかんは邪気じゃきを払う縁起ものの果物フルーツです。お菓子にしたりお料理のアクセントとして使うと爽やかでとても美味しいです。ですが、そのまま食べると物凄くっぱいです! ……皆さんはジャバラみかんを『そのまま』食べてください。それこそが私からの『処罰ばつ』です」

 

 凛花は朗々ろうろうとメッセージを伝える。

 「輝章さん! 『リレーション・えにし』、必ず拝聴します。ハンカチを何枚も持参して、映画館で最低三回は観ます! 是非ぜひこれからも素敵な作品をに送り出してください。そして多くの方々にチャンスを与えてください!  

 作品ファンのひとりとして、そっとどこかで応援しています」 

 

 「レンジさん! 勇気を出して『大切な方々』に会いに行ってください。飾らずつくろわず、率直そっちょくに向き合ってください。

 もしも目の前に『真心』を差し出されたとしたら、ぎゅうっとにぎって心をかよわせてください。偽物フェイクだった『善の心』をジェニュイン(本物)に変えて、温かくて尊い『本物の幸せ』を掴んでください」

 

 「そして羽衣さん! どうかどうか、幸せになってください! 愛にあふれた正真正銘の『家族』に出会える日が間もなく訪れます。……羽衣さんの『願い』はきっと全部、叶えていただけます!」

 羽衣が叫ぶ。

 「凛花さんっ、レンジさんがひどいことをしてごめんなさいっ! 本当にごめんなさいっ! ……だけどっ、ゆるしてくれてありがとうっ…………」

 「はいっ! 羽衣さん、皆さん! …………さようならっ」

 

 ぶわっ………… 

 

 無数の蒼蝶(藍方らんぽうちょう)が渦を巻く。キラキラと光り輝いて舞い踊る。

 そうして…………、消えた。

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