第十四章 ①神在月の出会い(稲佐の浜)

 湖畔こはんの紅葉が見頃を迎えた。

 箱根芦ノあしのこ深奥しんおうからいろ九頭くず龍神在りゅうじんあるろうコン太が天高く飛び立った。

 

 所沢市緑町。

 天空を駆け抜けて。するりと降り立ったのは龍使い凛花と恋人ノアが暮らしている赤煉瓦ベルだ。

 まだ日の出前の早朝六時。人間に化身けしんしたコン太が叫んだ。

 「凛花! ついに遂に、時空ときが来た! おいらと一緒に出雲いずもへ行くよ!」

 寝起きに顔を洗っただけの凛花はあわてた。

 「出雲って、出雲大社おおやしろ?」

 「そうだよ! 早く支度したくしな」

 「わあっ! まだパジャマだ。五分だけ待って!」

 あたふたと黒のロングワンピースに着替える。日焼け止めを顔と首に塗る。ざざっと髪をかす。ネイビーのカーディガンを羽織る。ノアからプレゼント(誕プレ)されたスナイデルのポシェットに財布とスマホとハンカチを入れる。首から長いストラップを通して斜め掛けにする。

 ……準備完了! 四分台前半で身支度みじたくを整えた。小走こばしりでコン太に駆け寄る。

 「おまたせっ!」

 「イヒヒ! さすが早いな。じゃあ出発するよ」

 「ねえ、ノアは? めずらしくまだ寝ているけど……」

 「うーん……。ノアはいっ身上しんじょうの都合で遅れて合流するからさ。とにかくおいらと先に出発するよ。ほらっ、スニーカー履いて!」

 「うん」

 コン太が最愛の恋人に優しく声をかける。

 「ノア、おいらと凛花は先に行っているからねえ! 無理して急がなくて大丈夫だからねえ! またあとでねえ!」

 ノアは布団ふとんにもぐったまま返事をする。

 「凛花、ごめんなさい。必ずあとから行くわね。コン太、悪いけどよろしくね」

 「……ノア、もしかして体調悪いの? 大丈夫?」

 心配する凛花の問いになぜかコン太が答える。

 「ノアの心配は無用だよ!」

 コン太は呂色九頭龍神の姿に変化へんげした。スッピン顔に寝ぐせ頭の凛花を背に乗せる。

 「それじゃあ、お先に行ってるねえ! しゅっぱぁーーつ!」

 ふたりは瞬間ワー移動した。

 

 出雲市いずもし大社町たいしゃちょう杵築きづきひがし

 ワープして辿たどり着いたのは出雲大社おおやしろ宇迦橋うがばしの第一の鳥居とりい(石製)の上空だった。

 ときは旧暦きゅう神無月れきの十月の十一日。

 新暦では霜月の十一月。出雲地方ではまさに今が『神在かみありつき』である。

 

 夜七時。稲佐の浜では御神火がかれ神迎えの神事しんじかみむかえさい』がおごそかに執り行われた。

 『りゅうじゃしん』が先導となって参集した八百万やおよろずの神々と『神迎の道』(浜から大社おおやしろ)へと進む。

 そうして『神在かみありさい』の祭典では幸縁結びを祈る祝詞のりとが高らかにそうじょうされる。参集した八百万やおよろずの神々による七日間神議かいぎ『カミハカリ』が始まる。

 『神在祭』の神事によって。全国の八百万やおよろずの神々によって。森羅万象しんらばんしょうの今後の『未來』や『本物えに』が清々せいせい粛々しゅくしゅくと決定されていくのだ。

 出雲に迎えられた神々たちは長屋造りの『十九社じゅうくしゃ』にて七日間滞在たいざいする。普段は扉は閉じられ遥拝所ようはいじょになっている十九社は神々の宿所として使われ、この七日間だけは扉が開かれる。

 七日間のカミハカリ(神議)を終えると神々を見送る『神等去からささい』が執行され、神在祭は終了する。

 

 カミハカリでは、人々の明暗分かれたる『未來の審判ジャッジ』が知らぬ間にくだされている。 

 カミハカリによって人々の良縁幸縁が知らぬ間に決定されている。

 今日は神在祭一日目だ。

 凛花を背に乗せたままコン太が話しかける。

 「おいらの親友の神霊獣使いと『弁天べんてんじま』の上空で待ち合わせしているんだ。これから『いなはま』に向かうよ」

 「うん! 実は以前から密かに憧れていたの。尊敬するカリスマ神霊獣使いに会えると思うと嬉しくて仕方ないんだ」

 コン太は困り顔をする。

 「うーーん、だけどごめんよ。あいつは極度の人間嫌いなんだ。かなり冷たくて異常に気難しい。だから仲良くなるのは至難しなんわざかも知れない。とりあえず先に謝っておくよ」

 凛花は小さくうなずく。

 「そっか、わかった。一目ひとめ会えるだけで満足できるから大丈夫」

 「それなら安心だ。じゃあ、移動するよ!」

 

 稲佐の浜。

 『稲佐の浜』は出雲大社西方さいほうに位置している。早朝の空気は森閑しんかんとして冷んやりしていた。天からはきりのようなさいが静かに降り落ちてきている。白い砂浜は潮が満ちている。日本海の波は荒く激しかった。

 

 弁天島の上空にスラリとした長身の男性が浮揚ふようしていた。

 光沢のある白銀色の束帯そくたいほうを身にまと神々こうごうしいまでに全身から光を放っている。烏帽子えぼしかぶっておらず色素の薄い伽羅きゃらいろの髪がさらさらと風になびいていた。

 「凛花、見えるかい? あのキラッキラの男がおいらの愛称『コン太』の名付け親の神霊獣使いだよ。ごくとう万能祭司の『イレーズ』って言うんだ。未來王の四大弟子のひとりであり十二天将をもつかさどる比類なきカリスマだよ」

 凛花は無言のままうべなった。

 肌は白く端整たんせいな顔立ち。髪の色と同じ伽羅きゃら色の瞳からは深い奥行きを感じた。

 身体からはホワイト金色ゴールドの光が放たれてキラキラときらめいている。非の打ちどころのない完璧な容貌は世俗せぞくとは明らかに一線をかくしている。なにものにもたとえようのない途方もない美しさなのだ。

 凛花は感激していた。密かに尊敬していた神霊獣使いに会えた。この目で姿を拝することができたのだ。 


 コン太は声をひそめて話す。

 「イレーズは異常なまでの天才でさ。すさまじいアビリティ(能力)を有している。加えて眉目秀麗びもくしゅうれいとくれば必然的に畏敬そん尊敬けいされる。カミハカリ(神議かみはかり)に参集する八百万やおよろずの神々もイレーズに格別なる敬意を払う。極等万能祭司にまみえることは神という立場にあっても滅多に機会がないんだよ」

 「うん」

 コン太はさらに畳みかける。

 「未來王の四大弟子は飛びぬけたジーニアスだ。一瞬のうちに森羅万象しんらばんしょう内奥ないおうまでをも読み取って数値化して解析かいせきしてしまう。極等万能祭司をあざむくことは何人なんぴとであっても不可能だ。もちろん天才イレーズはすべてを超速で透視データ分析アナライズできる。だからこそ、べらぼうに気難しい。嘘だろってくらい不愛想。さらにさらに、人間という生命体を根底から嫌悪けん軽蔑しているんだ」

 凛花は二度頷うなずく。

 「……ということで! 凛花と口を聞いてくれるかどうかはおいらにも分からない。

 だけど基本的に悪い奴じゃないからさ。多少の当たりの強さとかムカつく態度をとられたとしても我慢しておくれよ。対処法としては……。ま、特に無いんだけどさ。こんなものかって慣れてしまえばオッケーさ」

 凛花はかなり大雑把おおざっぱなアドバイスに吹き出してしまう。

 「承知しました。ありがとう」

 

 すうっと弁天島に近づく。コン太がイレーズに声をかける。

 「イレーズ、久しぶりだねえ! ほら、おいらの背に乗っかっているのが『龍使い凛花』だよ。どうぞよろしくねえ!」

 「はじめまして。凛花と申します」

 「…………。(無言)」

 露骨に無視された。ソッポを向かれた。どうやらよろしく、ではないらしい。

 「おいおいおいおいっ! せめて一目だけでもこっちを向けよ!」

 「…………。(無視)」

 「ふーん? へえ? それじゃあ! 未來王に言いつけちゃおっかな?」

 ツーンとしたカリスマ神霊獣使い『イレーズ』は眉間に深くしわを寄せた。肩をすぼめて大きなため息をらす。

 そうして渋々しぶしぶ嫌々いやいやに。横目で凛花の姿を視界に入れた。 

 

 ふたりの視線が一瞬だけ重なった。

 

 その瞬間。凛花の体内にピリリッ、電流が走り抜けた。

 …………? あれ? 首を傾げる。凛花は不思議な感覚に戸惑っている様子だ。

 「さあさあ! イレーズと一緒に大社おおやしろに移動するよ!」

 コン太は思わずニヤリとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る