第二章 ③是の男性漫画家・オサム
赤羽駅前の居酒屋。
男の名はオサム。どでかいジョッキを握りしめてレモンサワーを
数年前に、大手出版社の新人漫画コンテストに応募した。入賞して念願の漫画家デビューを果たした。子供のころからの夢を叶えたあの瞬間こそが、人生のピークだったのかもしれない。
漫画家・オサムとして、あれから数年描き続けてきた。作画の技術は一流だと
想像の進路は常に
ありきたりな男が、ありきたりな生活をしていて、天才的独創性が芽生えるはずがない。
悲しいかな。想像力が
読者を惹きつける作品を描きたい、だとか。後世に名作を残したい、だとか。才能のない自分がそんな大きな願望を抱くことすらおこがましい……、そんなふうに思えてきた。
日々、足掻いてはいる。けれど、才能がないことへの解決策などない。今はもう小さな
もはや
翌日。気の
頭が痛い。完全なる二日酔いだ。
都内の大通りは電線類地中化によって電柱が消えた。真っ直ぐな広い歩道を歩くのは気分がいい。
気晴らしに
ぼんやりと信号待ちをする。ふと目の端に不思議な光をとらえた。……錯覚か? 目を
視界の先に飛び込んできたのは
まだ昨晩の酒が抜けていないのか? 五色の『
信号は歩行者が青に変わった。けれど足が
オサムは呆然として立ち尽くしていた。女性が横断歩道を渡って近づいてくる。そして目の前でピタリ、立ち止まった。
思わず息が止まる。視線が重なる。小柄の可愛らしい女性が屈託なく微笑んだ。
「こんにちは。私は凛花といいます。また後でお会いしましょう」
そう告げて、ぺこりと頭を下げて、風のように立ち去ってしまった。
……んん? また後でお会いしましょう? それって、どういうことだ?
オサムの固まっていた思考と身体が
赤羽のアパート。
深夜近くになって帰宅した。今日は異様に歩いたから足がパンパンだ。疲れ切ってベッドに倒れ込んだ。
部屋の空気が不自然に揺れた。
スルリ、固い壁をすり抜けて、何やら光る物体が侵入してきた。そんな不可思議な心霊現象が目の前で起こっている。オサムはなぜか落ち着いた心境のままに動向を
目の前に現れたのは、スラリとした色白美女だった。
「私は真珠色龍神ノア。あなたには龍使いの
「龍使いって……、あの? 凛花さん?」
ノアは微笑む。
「そう。凛花は龍使いなの。そしてあなたは龍神と契約を交わす権利を得たの。この契約書を読んで
オサムに『
……これは夢か?
……だけどなぜか、信じてみたいと思った。この『
オサムはノアに頭を下げる。
「すべての項目に同意いたします。契約をお願いします!」
迷いはなかった。それは間違いなく凛花さんのお陰だった。彼女の可憐な笑顔を見た瞬間、衝撃が走った。『幸運の女神』が自らに微笑みかけてくれた! 未來が明るく照らされた! そう感じていたのだ。
ノアが告げる。
「あなたは『グラビリズム』よ。このオーロラペンを掴んでサインして」
渡されたのは
オーロラの曲線が
真珠色龍神の姿に
ノアが日の出の刻を告げる。水平線が赤々と照らされ太陽が昇る。
オサムは至極色龍神が天高く真っ直ぐに飛翔する姿を目撃した。その瞬間に、造形無き『
龍使い・凛花が告げる。
「あなたの作画の才能は多くの人に認められていきます。苦手なことを人並みにと取り
もう二度と会うことはできないけれど、オサムさんの作品は必ず拝見いたします。楽しみにしています……」
オサムは声をあげて
……凛花さんの透き通る声と励ましの言葉を追想する。リピートして心に刻む。幸運の女神の言葉に力を貰う。作画技術にさらなる磨きをかける。技術を高めるべく没頭した。
程なくして、出版社から持ち込まれたのがノベル小説コミック化の案件だった。
その原作小説は『新人作家レイヤ』の作品だった。まずは取り敢えずレイヤの小説を読んでみる。……幸運の女神との出会いと別離、葛藤と克服、主人公のサクセスストーリーが痛快に描かれていた。
久々に胸が
レイヤの原作小説はオサムの心に『共感』をもたらした。それは『龍使い』との『一期一会』の奇跡と重なった。あの日、心に差し込んだ希望の光を
原作に添って忠実に描く。登場人物の表情をイキイキと描く。
その会心の作の原画は見事なまでの完成度だった。それは原作者レイヤのまさに意中の出来栄えだった。このレイヤは『モアレリズム』の
作品は爆発的に売れた。翻訳されて世界中に
そうして世代を超えて、時代を超えて、後世に残る名作となっていくことだろう……。
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