第四章 ②帰省と出会い

  愛媛県・八幡浜やわたはま市。

 大学が春休みになった凛花は帰省するため吉田町よしだちょうの実家に向かっていた。エルシーシーの飛行機を降りて、松山から予讃よさん線に乗り継いで、宇和島へと向かう。

 だけど今回は途中下車をした。

 寄り道の目的は八幡浜やわたはまでちゃんぽん麺を食べること! ここのちゃんぽん麺には『じい』が直売するシークワーサーがトッピングされている。……美味しくてお腹いっぱい! 幸せだ。

 浮き浮きとした足取りで八幡浜駅に戻る。時刻表を見ると次の電車は約一時間後だ。

 待合室には二十代半ばくらいの男性がひとり、ノートパソコンを広げて何やら真剣に作業をしていた。その青年が不意に顔を上げて凛花を視界にとらえた。その刹那せつな、驚愕して目を見開いた。その一瞬の瞳孔どうこうの拡大は、龍使いが放つ『瑞光オーラ』をとらえたことを示していた。

 

 凛花はすかさず声をかける。

「こんにちは。私は凛花と申します。観光ですか?」

「…………。観光、です」

 青年は不愛想ぶあいそうに、短く返答した。

 そこへ『契約書』を持ったノアが現れた。

「私は真珠色龍神ノア。あなたは龍使いの瑞光オーラが見えたのね? この契約書を……」

「オーラなど……、見えていません!」

 青年はノアの言葉をさえぎった。ノアは怪訝けげんな顔をする。

「だけど、あなたは……」

「迷惑です! 僕のことは放っておいてくださいっ」

 差し出された是契約書を手に取ることをこばんだ。語気を強めて、首を横に振って、かたくなに突っぱねた。

 凛花とノアは顔を見合わせる。なぜならこの青年は、ふたつのリズム(グラビリズムとモアレリズム)が最大値という非常に稀有けうな状態なのである。

「私は宇和島湾に居るから、もしも彼の気が変わったら、念じて呼んで……」

 ノアは凛花に耳打ちをした。そして音もなく飛び去った。


 気まずい時間ときが流れる。電車の発車時刻になった。ふたりは宇和島に向かう予讃よさん線に乗り込んだ。

 ガラガラの車両は貸し切り状態だ。青年はキョロキョロして戸惑とまどいの表情を浮かべる。それでも割と近くに腰をおろした。そして意を決したかのように話しかけてきた。

「あ、あのっ! 先ほどは感情的になってしまって、すみませんでした……」

 青年はバツが悪そうに頭を下げた。

「いっ、いえ、こちらこそ! 初対面なのに驚かせてしまって、すみませんでした」

 凛花は他意なく微笑んだ。

 青年は柔らかな声音こわねの返答に安堵あんどした様子だ。胸をなでおろして問いかける。

「えっと……、愛媛えひめのご出身ですか?」

「はい。地元は宇和島です。四国は初めてですか?」

「そうです。数日間滞在するので、初めての四国を満喫する予定です。卒業旅行の一人旅ひとりたびです」

「卒業旅行なのですね! 私は数か月ぶりの帰省です。愛媛えひめはとても良いところですよ!」

「どこかおススメの観光場所はありますか?」

「今の時期だと南楽園の梅が見頃かもしれません。だけど一番の絶景は、実家のみかん山からの景色です。実は私、みかん農家の一人娘なんです」 

「そうなのですか! 本場の『みかん』は美味しいでしょうね」

「はいっ、じいのみかんは日本一です!」

 青年は思わず笑みをこぼした。凛花のなつこい笑顔と清爽な人柄に心がやわらぐ。向かい合う席に移動して座りなおした。

 ふたりは次第に打ち解けて会話が弾む。そうして話題は卒業後の『将来(未來)』に転じていた。


 青年は自信なさげにつぶやく。

「大学院の修論しゅうろんを仕上げて、発表も終わって、社会人まであと少しという段階です。だけどいまだに迷いがあって定まらないのです。往生おうじょうぎわが悪いですよね……」

「就職先は、希望の職種ではないのですか?」

「いえ、内定先は大手企業です。就活はそれなりにうまくいきました。両親は『将来は安泰だ』そう言って喜んでくれました。祖父母からは『早く良い相手と結婚してひ孫を見せてくれ』そんなことを言われています」

 青年は薄く笑う。昏々こんこんと目を伏せた。


 凛花は確信する。

 ……この青年は心からやりたい『何か』を封じ込めている。今まさに、グラビリズムとモアレリズムが最大値に到達している。そして龍神と『是契約』を交わせる千載せんざい一遇いちぐうの奇跡が目の前にある。それなのに、あふれんばかりの才能にふたをして夢の実現を放棄しようとしている……。

 凛花は提案する。

「もしも行き先が決まっていないなら、私の実家の『みかん山』を見に来ませんか? 柑橘かんきつの段々畑、青い空、瀬戸内の海……。山からの眺望は『絶景』ですよ!」

 青年は車窓から空を見上げて思案する。

「みかん山の絶景、か……。うん、良いですね!」

「私の実家は吉田町よしだちょうなのですが、宇和島駅まで父に迎えに来てもらいます。あっ、軽トラックじゃ無理ですね。ふふふ、自動車で来て! って、電話で言いますね」

「…………。」

 青年は言葉を詰まらせる。凛花の屈託ない笑顔に見惚みとれてしまった。しどろもどろに返答する。

「あっ、あの実は今日、宇和島のゲストハウスに宿泊予定で……、それで偶然にも宇和島駅でレンタカーを予約してあって……。だからその、凛花さんをご実家まで車で送ることができます」

「わあ、よろしいのですか?」

「はい。そして是非とも『絶景』を見せてください」

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