第十一章 ②コン太の動向(プレッシャー・圧力)

 永田町ながたちょう二丁目。

 深夜未明の不気味に暗い首相公邸に呂色九頭龍神在狼が現れた。

 総理はような龍神の姿に息をのんで数歩後退あとずさりした。

 公邸には幽霊が出るとの噂がある。

 だがしかし。総理は見知らぬ幽霊よりも九つの頭を有した目の前の漆黒しっこくの龍神に心底怯おびえていた。 

 

 呂色九頭龍神は人間の姿に化身けしんする。ミステリアスな風貌の長身美青年に変化へんげした。

 そうしてニヤリと笑いかけた。

 「こんばんは、総理大臣さん。おいらはいろ九頭くず龍神在あるろう。はじめましてえ!」

 「呂色九頭龍神……? ということは。私は『いな』になったのか?」

 総理は声を震わせて恐る恐るたずねた。

 「イヒヒ! 安心して。まだ『』だよ! ま、かろうじてだけどさ(小声)。今後も日本国民のために良い政策を実行してねえ!」

 軽薄であり馴れ馴れしい口調だ。しかし『』という言葉を聞いて胸をなでおろす。

 在狼はスルリと総理の背後に近づいた。安堵したのもつかに耳元にささやきかける。

 「今日はねえ、総理に内証ないしょうのお願いがあって来たんだ。あのねえ、コショコショ、コショコショ…………」

 

 夜が明けた。

 総理は一睡もせずに頭を抱えて悩み続けていた。いろ九頭くず龍神在あるろうからの要請は前例のない無謀むぼう極まる申し立てだったのだ。

 

 ……大物俳優レンジの紫綬しじゅ褒章ほうしょう受章決定を取り消せ、というのだ。

 

 レンジの叙勲じょくんには政府内でも『まだ早い』と意見が分かれていた。

 しかし芸能界での活躍はもとより復興支援活動が高く評価された。 

 未曾有みぞうの震災や自然災害に見舞われるたびに各方面に支援と義援金を呼びかけてくれた。

 自らも率先して被災地におもむいて片付け作業や炊き出しをおこなってくれた。

 被災者や犠牲者家族を力強く励ましてくれた。

 著名ちょめいである人物の率先した慈善奉仕活動は多くの人心じんしんを動かした。

 善意あるボランティア活動が際立きわだっていた。善き影響を及ぼし復興に貢献したという実績功績が『相応ふさわしい』という評価に繋がった。そうして今回の叙勲が決定したという経緯がある。決定裁可され発令を受けて叙勲者にすでに伝達済みなのである。

 

 さらには多くの国民が注目している。マスコミがレンジの受章を大々的に取り上げた。

 『被災者たちからの感謝の声が政府に届いた!』などと好意的に報じて話題になっていたのだ。

 そして何より『本日きょ今日』こそが授与式当日なのである。

 要するに呂色九頭龍神は授与式執行の数時間前に首相公邸を訪れた。そして無謀な申し立てをしてきたということなのだ。

 

 数時間前。

 「この俳優レンジってさあ。とんでもない男だよ? もうすぐ化けの皮が剥がれるから勲章受章の選定を問われることになりかねない。だから今すぐ取り消しておくれよ!」

 「それはいくら何でも無理だ。夜が明けて数時間後には式典が始まる。総理大臣と言えどもそんな勝手は許されない」

 「総理ってさあ。内閣を統率、行政を統轄とうかつ調整できる地位にあるはずだよねえ?」

 「それとこれとは……。それにマスコミや国民が黙っていない」

 「安心して! 総理には非難が及ばないように民意操縦してあげる。だからさあ、お願いだよ」

 「しっ、しかし……」

 「ダメなの? 困ったなあ。もしも受章を取り消してくれなければ、あんたがヤバいかもよ?」

 「ヤバい、とは?」

 「イヒヒ! もしかしたら総理のグラビリズムは消滅してしまうかもねえ? 任期満了での首相交代ならば政治生命は保証されるはず。だけど途中失脚となると……。ありゃりゃ! こりゃ大変! 『いなの制裁』が待っているかも知れないねえ?」

 「……否の制裁、とは?」

 「それはねえ……。うーん。制裁せいさいのお楽しみだよ!」

 呂色九頭龍神の冷め切った笑い顔が脳裏のうりにこびりついて離れない。

 

 生命の危険を感じた。

 ……もう時間がない!

 

 総理は周囲の反対を押し切ってレンジの紫綬褒章受章の取り消しを決断した。

 即座に速報ニュースが流される。

 

 『俳優レンジ。紫綬褒章受章取り消し。総理大臣独断による受章取り消しは異例』

 

 式典当日の前代未聞の発表だった。多くの国民を騒然とさせたのだった。

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