第二十章 ⑤未來王の使命

 三峯の丘の上。

 日本武尊像どうぞうの背後の桜色のベンチにふたりは並んで腰掛けている。

 イレーズが静かに語り出す。

 「凛花が知っているとおり、太郎は『未來王』だ。約一世紀の時をいて密かに人間界に降臨している。今は日本で最も名の知れた国立大学の現役大学生なんだよ」

 「じゃあ都内に?」

 「そう。実家は三重県だけどね」

 「ご降臨されているのには理由があるのでしたよね」

 「うん。表向きは大学生活を研鑽おう謳歌する普通の学生なんだけどさ。この約一世紀の活動には重大なる意図いとと意義が隠されている」

 「うかがっても?」

 「うーん。『マニピュレーター』の研究、ってとこかな」

 「マニピュレーター?」

 「そう。潜在的パーソナリティ障害・マニピュレーター。種別的カテゴリーとしては善人を装ったインチキ野郎共にんげんって感じかな。傲慢ムカ破廉恥つく人種タイ類型だよ」

 「ふふ。嫌悪感けんおかんが凄まじいですね」

 「まあね……。マニピュレーターは無神経で悪賢くて厚かましい。にやけ面して善人ぶって周囲をたぶらかしてマインドコントロールしているんだ。大嫌い」

 「それは相当悪質ですね」

 「降臨に際してはいくつかの目的があるんだけど。そいつらの生態をあばくことも王の重要使命のひとつなんだ。マニュピレーターはあざとくていやしい。巧妙に隠している薄汚い尻尾をつかんで下劣げれつな本性をあぶり出すために秘密裏のリサーチが必要、ってことなんだ」

 「かなり狡猾こうかつなのですね?」 

 「そ。そしてマニピュレーターは社会的強者きょうしゃの確率が高い。処世術しょせいじゅつを心得ているから世渡り上手だ。権威に取り入って高い地位に身を置く者が多いんだ。ありとあらゆるものを利用して、弱き者に対しては骨までしゃぶりつくして蓄財し、私腹をやしている」

 「権威の乱用はたちが悪いですね。それでは悪事あくじ表沙汰おもてざたになりません。多くの罪科がもみ消されているのかもしれません」

 「そうなんだよ。さらにマニピュレーターは周囲を無遠慮に巻き込む。共犯者を増やして正々堂々と毒をき散らかす『自称・正義』の異常思考者なんだ」

 

 「マニピュレーターとは身近に存在するものなのですか?」

 周囲をおとしたぶらかす人間への恐れを抱いた凜花が尋ねた。

 「残念ながらそこかしこに。人間界に身を置いている王は、ときとしてマニピュレーターと対峙たいじしてリサーチしている」

 凛花は少し心配になる。

 「太郎さんは不快な思いをされていませんか? 大丈夫なのですか?」

 「フッ、それは大丈夫。真剣に取り組みながら面白がっているって感じかな。遊んでいるように見えるけど厳しくジャッジしているよ。『善を装った悪』こそが何より罪深いと言っていただろう?」 

 「はい。権威の利用や弱みに付け入った洗脳、そして神仏を使い物にした罪は劇甚げきじんに重いとおっしゃっていました」

 「そうだね。王はいつでも見澄ましている。不条理な現実を相応にと願われている」

 「相応……。現状はそれすらも難しいのですね」

 「ん。残念ながらね。そんな理不尽な現実世界だけど。それでも人間ヒトは生きていくしかない。天界も本音としてはなかあきれ気味だけど。それでも任務を継続するしかない……」

 「うんざりしますね」

 「まったくだね。人間ってさ、反省できなくてりない『貧汚たん生物』だよね」

 「貧汚たんお……。確かにそのとおりかもしれません」

 「過去現在に至るまで人間が意志ある主体としてではなく、単なる数合わせの兵卒・要員として金で集められてきた例を示していましめたりするよ」

 「人間は愚かな歴史を繰り返しているということですね」

 「そういうこと。本音は呆れ返っているはずだけど。それでも見捨てないのは人間のポテンシャル(潜在的可能性)にあわく期待している部分があるのかもしれないね。ま、相変わらず飄々ひょうひょうとして『さらり』だけどね」

 「ふふ。なんだか太郎さんらしいです」

 

 イレーズの瞳に力がこもる。

 「例えば、だけどさ。ほんの僅少きんしょうであっても王に危害を及ぼす気配を察知したときには極等万能祭司が瞬時に動くよ? 身のほど知らずの雑魚ざこや害虫どもを振り払って引き離す。そして苛烈かれつ極まる制裁を下す。だから心配はいらないよ?」

 「はい、安心しました。……生身なまみの人間は無防備で弱い。強い力に押さえつけられればかなわないこともあります。太郎さんに何かあったらと思うと恐ろしくなってしまいました」

 凛花は安堵あんどの笑みをこぼした。

 「太郎の声ってさ。低くて耳に残る声だったろう? 実はえてアンコンヴェンショナル(独特)にしているんだよ」

 「確かに。印象的なバスバリトンヴォイスでした」

 「理由のひとつは『未來王』からのメッセージを聞き逃さないため。ふたつめは、この世がうめきやなげきの阿鼻叫喚あびきょうかんの中にまぎれてしまったとしても王からの下命かめいを聞き逃さないため……」

 凛花は納得してうべなった。

 「王がこの先の未來を煌々こうこうと照らすために。希望溢れる世界観を多くの者が持てるように。……諸悪の根源である『潜在的攻撃性の実体』を看取する必要があった。そして王は自発的に降臨された。我ら極等万能祭司四人衆は人間界の生身なまみとなられた王の警護はもとより、愚劣ぐれつマニピュレーターや諸悪の根源(ラスボス)に制裁を下す使命もになっている」

 「はい」

 「俺たちは王のためとあれば一切の妥協はない。どこまでも慈悲深く寛容かん寛大だいになれる。だけどその対極に、どこまでも冷厳れい無慈悲げんにもなれるんだ」

 「絶対的な信頼関係があるのですね」

 「ま、そうだね。王との『絆』は金剛石ダイヤモンドよりも固いんだ」

 

 イレーズの冴えた脳裏に記憶の片隅にあったあのかけがえのない顔が蘇った。

 自分が人間界に身を置いていたころ、唯一の友人であった『座敷ざしきわらし』のあの表情……。

 「あのさ、未來王と俺が出会ったときの昔話に興味ある?」

 イレーズは凛花に問いかける。

 「はい! 是非とも聞きたいです。拝聴はいちょうさせていただけるのですか?」

 イレーズはうなずいた。

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