第十五章 ①表龍王一族

 「あっ! 至極しごくいろ龍神りゅうじん……っ!」

 凛花は思わず声を上げた。

 目の前に現れた二体の龍神の風貌は高貴で気品に満ちていた。そのうちの一体は熊野の鬼ヶ城の海にむ『至極しごくいろ龍神りゅうじん』だったのだ。

 至極色龍神はの契約者に造形無き『ほまれ』を与えてくれる龍神だ。鬼ヶ城の浜辺からちょうようを背にして飛翔する姿を何度も拝していた。

 けれども。これほど至近距離でまみえたのは初めてだった。

 

 龍蛇神王燦りゅうじゃしんおうさんもんが言葉を発する。

 「凛花、紹介しよう。妻の『かい紫色むらさきいろ龍神ユウイ』と。息子の『至極しごくいろ龍神雷らいもん』である」

 凛花は驚いて目をみはる。

 「ええっ? 至極色龍神雷らいもんは燦紋さまの息子さんだったのですか!」

 「うむ。雷紋と凛花は『契約』の仕事仲間といったところかな?」

 「はいっ!」

 「雷紋は役に立っているかね?」 

 「もちろんです。至極色龍神から是契約者に与えられる『ほまれ』のパワーはすさまじいです。それに鬼ヶ城の浜辺からあさを背に飛翔する姿は豪壮ごうそう華麗かれいです。毎々まいまい感動しています」

 「ほう、そうかね」

 「それにしても! 奥様のかい紫色むらさきいろ龍神ユウイさまはなんてエレガントで可愛らしいのでしょう! 可憐なプリンセスそのものです!」

 凛花は率直に心の内を申し述べた。

 

 至極色龍神が気さくに声をかける。

 「やあ、龍使い凛花。ようやく会えたね。まみえることができて嬉しいよ」

 「はい! 私もお会いできてとても嬉しいです。今日は身に余る光栄な出来事ばかりです」

 「アハハ。それにしても僕は誰かさんのお陰で朝が忙しくなってしまったよ。働き者の龍使いが頻繁ひんぱんに鬼ヶ城のにやって来て日の出の飛翔を待ちわびているからね? おちおちゆっくり寝ていられないんだ」

 雷紋は冗談めかして肩をすぼめた。

 「あっ! わわっ! すみません……。ちょっと頻度ひんどが多すぎでしょうか? 『契約者』に会えると嬉しくって。つい張り切ってしまって……」

 「アハハッ! 冗談だよ、冗談! まったく可愛いなあ。そうそう、これから僕のことは『らいもん』と呼称してもらって構わない。凛花は龍神界にとって特別な存在だからね」

 雷紋はつやっぽくウインクした。

 「はいっ! じゃあ、雷紋。これからも遠慮なく『契約者』の方々と鬼ヶ城の浜辺にお邪魔します。だからいっぱい『ほまれ』を与えてくださいね! お願いします」

 「アハハ、参ったな。ますます仕事が増えそうだ」

 

 かい紫色むらさきいろ龍神が凛花に微笑ほほえみかける。

 「はじめまして、凛花。わたくしのことは『ユウイ』と呼称こしょうしてくださいませ」

 「はいっ! ユウイさま。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」

 「龍使いは龍神界にとって大切な家族です。仲良くしてくださって有り難いですわ」

 凛花は感激する。

 「もったいないお言葉です。私こそ仲良くしていただいて幸せです」

 「うふふ。実はわたくしと緋色ひいろ龍神ミュウズは古くからの親友ですの。とても信頼のおける特別な友人ですのよ」

 「わあ、そうなのですね! 私はミュウズママのことを一目で大好きになりました。ユウイさまのことも! もうすでに大好きです」 

 「うふふ、嬉しいですわ。わたくしは明日香村あすかむら飛鳥あすかがわんでおりますの。ノアとコン太と遊びにいらしてくださいね」

 ユウイはしとやかにほころんだ。

 

 至極色龍神雷紋は黒味の強い深紫ふかむらさきはだえと瞳の男龍神だ。光沢のあるしなやかな龍体と流し目はセクシーだ。全身から色香がただよいフェロモンをき散らかしている。

 貝紫色龍神ユウイは赤みを帯びたレッド紫色パープルはだえと瞳の女龍神だ。みやびやかで高貴な王妃クイーンといったたたずまいは気品に満ちている。しかし可憐な容貌は『プリンセス』という表現のほうがよく似合う。


 すかさずコン太が口を挟む。

 「要するにさ。おもて龍王一族は『王家おうけ』なんだよ。そしてうら龍王一族は『王侯おうこう貴族きぞく』ってわけ」

 「なるほど」

 「そしてらいもんは! 龍神界がほこるハイスペック王子プリンスなのさ! 数多あまたの女龍神たちの憧れの的であり、ナンバーワンのモテ龍神なんだよ。さらには子孫しそん繁栄はんえいの任務をまっとうする特別な存在でもある」

 凛花は納得する。

 「うん! 雷紋は紳士的で色っぽいよね! 寛大かんだいだしモテモテなのがわかる気がするよ」

 「イヒヒッ! ちなみに人気の二位はおいらかな(たぶん)」

 雷紋が皮肉めいて返す。

 「コン太が二位か……。さて、それはどうかな?」

 「おいおいっ! 今日のところは大サービスして、おいらが二位ってことにしておいておくれよ」

 「そうだな。確かに僕はモテる。圧倒的に女龍神たちから愛されている。チヤホヤされてもてはやされている。……だけど僕は二位だ。どうしたってコン太にはかなわない……」

 そっと目を伏せる雷紋に凛花が問う。

 「どうしてそう思うのですか?」

 「その答えは簡単だ。ノアに選ばれたのがコン太だからだよ。龍神界ナンバーワンの『美龍神ノア』のハートを射止めて恋人の座をつかんだのはコン太だからね」

 「ああ、確かに!」

 コン太はニヤリとする。

 「まあ、順位なんてどうだっていいけどさ。だけどおいらが龍神界一の幸せ者ってことは間違いないかもねえ!」

 「だろう? だから僕が二位なんだよ」

 「だけどそもそもさ! 雷紋はポリアモリー(複数性愛者)だからねえ……。龍神界の子孫繁栄に欠かせない特別な存在なんだよ。天上界に選ばれしプリンスこそが『雷紋』ってわけさ」

 雷紋は天をあおいで息を吐く。

 「まあ、そうなのかもね。だけど僕としてはさ。コン太もポリアモリーになるべきだと思うけど? コン太が有している高い有能遺伝子を残すためには多くの女龍神とパートナー契約をすべきだよ」

 「いやいやいやっ! おいらは雷紋のように器用じゃないからねえ。複数性愛者なんて無理無理無理! アンリーズナブル(めちゃくちゃ)になっちゃうのが目に見えているよ」

 「そうかな? もしかしてノアに気を遣ってる?」

 「違う違うっ! そうじゃないよ! おいらの唯一の欠点は! ノアしか愛せないことなのさ!」

 

 凛花は思わず考え込む。

 ……どうやらポリアモリーである至極色龍神雷紋には複数の妻や恋人が居るらしい。 

 確かに雷紋は魅力的な男龍神だ。気高き王家の嫡男ちゃくなんだ。上流階級の美龍王子を周囲が放っておくはずがない。多くの女龍神が雷紋の纏う色香フェロモンにノックアウトされていることだろう。相当なモテ龍神であることは納得してうなずけた。

 女龍神たちは雷紋を一途に想い続けているのだろう。

 

 しかし凛花は雷紋の妻である女龍神たちに憧れなかった。

 ノアとコン太の仲睦まじさをかたわらで見ているからだろうか。ノアとコン太の温かな優しさを日々感じているからだろうか。

 ノアとコン太は、お互いが『特別に』想っている。お互いが『特別に』優先している。お互いが『特別に』尊重している。

 重んじて、いたわって、なぐさめて、励まして。そうして惜しみなく愛を与えている。

 そんな一途なふたりにこそ憧れた。

 

 ……自分の人生に恋愛とか結婚とかは無縁だ。だけどもしも万が一。間違って恋をしてしまうことがあるのだとすれば……。

 贅沢かもしれなけれど、互いに『特別』に想い合いたい。

 たったひとりの運命の相手と巡り会って。お互いを尊敬していつくしんで。柔らかで穏やかな関係を築きたい。

 そんな恋ができるならば。……たった一度だけでいい。

 

 だけどもうすでに多くの『本物縁えにし』を得ている。毎日たくさんの愛に満ちている。思いやりにあふれている。

 宇和島に温かな家族がいる。親友のノアとコン太がいる。龍神界にたくさんの家族がいる。

 もしかすると私は『特別』を求めてはいけないのかもしれない。

 

 なぜなら私は。もう十分過ぎるほどに幸せだから……。

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