第百九話:蛇姫様は中学生
ツルギが合宿に行ったり、不審者とファイトしていた頃。
天川卯月は二度目の中学校生活をそれなりに謳歌していた。
既に卒業済みの兄と同じ中学校へ、
前の世界では仮にも高校生だった事もあり、卯月は嫌でも学力に関する下駄を装着していた。
(なんか……悪いことしてる気分)
特に英語に関しては元々英語科だった事もあり、苦労の欠片も無い。
そんな自身の現状に、卯月は内心ちょっとした罪悪感すら抱いていた。
とはいえ家族以外に愚痴も吐けない。
そんなモヤモヤを抑え込みながら、卯月は今日も二度目の中学生を生きる。
「卯月さぁぁぁん! 今日こそボクと付き合ってくださぁぁぁい!」
(いい加減慣れてきたとはいえ……コレさえ無ければなぁ)
昼休み。長い空き時間ができると必ず誰かしらが挑んでくるサモンファイト。
このサモン脳に焼かれた社会にも慣れてきたとはいえ、卯月は今でもその狂気に疲れる事が多々あった。
ちなみに今日の挑戦者は全く懲りていない
「半蔵くんって懲りないよねー。小学校の頃から全敗なのに」
「毎回ちゃんと倒してる卯月ちゃんのメンタルもすごいと思うけど……」
「舞ー、智代ー、たまには代わりにファイトしてくれも良いんだよー」
背後に立つ親友二人にそう言う卯月。
だが当の舞と智代は無言で「遠慮します」と意思表示をしていた。
以前卯月が聞いた時曰く「あの男の相手はファイター以前に人としてやりたくない」とのこと。
「卯月さぁぁぁん!」
「ちょっと黙って。最速で始末するから早く抜いて」
「今日のボクは一味違うよー!」
半蔵の騒がしさを前に、卯月は女子中学生がしてはいけないレベルの嫌悪の表情を浮かべる。
そしてアホが騒いだ事で、今日も今日とてギャラリーが集まってしまう。
「おっ、今日も蛇姫無双の時間だ」
「また財前が相手かよ……死んだわアイツ」
「結果が見えすぎてるから、炭酸抜き通り越してただの空ボトルじゃねーか」
「それに毎回相手してあげてる
「俺も狙ってみようかな」
「やめとけ。付き合おうものなら義兄は【あの人】になるぞ」
「俺やっぱ考え直すわ。死にたくねーもん」
男子は各々好き勝手にコメントを残し。
「やっちゃえ卯月! しつこい男に負けるな!」
「毎回勝ってるから今更感すごいけど、一応頑張って!」
「終わったら教えて」
「なんならもう終わってるでしょ」
「財前なんてターンを数えるまでもないでしょ」
「早急にお“わ”ら“ぜでぐだざぁぁぁい”! 卯月様ぁぁぁ! 英語の宿題うづざぜでぇぇぇ!」
女子は卯月の勝利を応援……してはいるが既に結果は見えているという認識である。
そして卯月は心の中で「宿題は自分でなんとかして」とツッコんでいた。
「さぁ外に出ようか! ファイトを」
「潰す」
一秒でも早く半蔵を黙らせたい卯月は、凄まじい圧を放ちながら外に出る。
口を開けば鬱陶しさの塊、それが半蔵に対する卯月の認識であった。
「「サモンファイト! レディー、ゴー!」」
そして中庭で始まる恒例のファイト。
もはや校内では日常風景である。
で……結果はこう。
「ボクのデッキには〈ブレインリセット〉! 特殊勝利の対策もしてある! 今度こそボクの――」
「〈ヴォイドナーガ〉を召喚」
〈ヴォイドナーガ〉P4000 ヒット0
卯月の場に下半身が蛇の怪物が一体召喚される。
その胸には何やらブラックホールのような空間の歪みが浮かび上がっていたが、卯月以外の面々は全く気にしていなかった。
強いて言うなら、対戦相手の半蔵のみ新しいカードに対する警戒をしていたくらいである。
「あ、あのー……卯月さん? そのカードの効果は?」
「〈ヴォイドナーガ〉が場に存在する限り、アタシの発動した【溶解】で墓地に送られるカードは全て、代わりにゲームから除外される」
全て除外。その言葉を聞いた瞬間、半蔵の顔から感情が消失した。
そもそも〈ブレインリセット〉の発動条件はデッキから墓地に送られる事である。
除外されてしまってはどうにもならない。
そして卯月の場には既に〈【
半蔵のデッキは残り20枚。詰みであった。
「あのぉ、待ったは?」
「あるわけないでしょ」
「はい」
「〈シュヴァルツシュランゲ〉でアタック! 【溶解:10】を発動!」
無惨に除外されてしまう半蔵のデッキ10枚。
さらに悪い事に、除外されたカードの中に〈ブレインリセット〉も混ざっていた。
だがまだデッキは10枚残っている。
半蔵の墓地は30枚も無いので〈シュヴァルツシュランゲ〉が【2回攻撃】を得る条件も満たしていない。
「まだだ! まだボクはやれる!」
「魔法カード〈リブート!〉を発動。〈シュヴァルツシュランゲ〉を回復」
「やだぁぁぁぁぁぁ!」
財前半蔵12歳中学一年生。
心が折れて大号泣の瞬間であった。
そして容赦なく半蔵に襲いかかる巨大な黒蛇。
その口から吐き出された大量の毒液が、半蔵をデッキ諸共飲み込んでしまった。
半蔵:デッキアウト
卯月:WIN
ファイトが終わり、立体映像が消えていく。
半蔵はその場で倒れ込んでいるが、もはや恒例行事なので誰も気にしていない。
卯月は軽く髪を整えると、さっさとその場を去るのだった。
「ただいま」
「おかえり卯月ちゃーん!」
「本当にいつも通りの勝利だったね」
教室に戻ってきた卯月を迎え入れる舞と智代。
ちなみに半蔵はまだ中庭に放置中である。
二度目の中学校生活。
卯月にとっては変化も多いので色々と戸惑いはある。
だが今のところ、特別な面倒ごとにも巻き込まれていないので、平穏なものである。
ただし
「やっぱり天川さんの勝利か」
「もう賭けの意味もないよな。既に誰もやってないけど」
「だってそうだろ。絶対天川さんが勝つもん」
「オレ、最初の頃に財前に賭けたんだよな……」
「けどよ財布、金がァ!」
「あれ結局さ、天川さんに全賭けした甘利さんの一人勝ちだったよな」
教室では男子達が頭の悪い感想を交わしている。
女子達がそれに呆れた視線を送る中、卯月達は一切合切スルーしていた。
「……いや舞、アンタ何してんの?」
「えへへー、いっぱい儲けました!」
「舞ちゃんって、意外とちゃっかりしてるよね」
どうりで進学直後に羽振りのいい時期があったわけだ。
卯月は一人で納得をしていた。
「そういえば智代。今日はアタシ出れるけど、する?」
「いいの!? お願い!」
「なんだかんだで楽しいし」
大歓喜している智代に微笑ましい表情を浮かべる卯月。
実は小学校を卒業する直前くらいから、智代は配信者活動を始めたのだ。
最初は上手くいかなかったが、今ある程度軌道に乗り始めたらしい。
固定視聴者もでき、SNSも上手く活用できているとか。
そして卯月と舞は定期的に智代の配信のお手伝いをしている。なんなら一緒に画面に映っている。
「卯月ちゃんが出てくる配信って同接多くて」
「あれなんで増えてるの? アタシ全くわからないんだけど」
「だって卯月ちゃんファイト配信で地獄絵図つくるもん。SNS映えすごいじゃん」
「舞、アタシは地獄絵図なんて作った覚えはないんだけど?」
「「えっ?」」
「なに信じられないものを見るような目をしてんの!? ちょっとデッキアウトにしてるだけでしょ!?」
「えっと、卯月ちゃん?」
「普通の女子中学生はデッキ破壊を愛用しないとおもいまーす!」
困惑の表情を浮かべる智代。そして容赦のない意見を述べる舞。
親友二人からの攻撃に、卯月は少し凹んでいた。
「しかたないじゃん……お兄を〆るのにちょうど良いデッキだったんだもん」
「卯月ちゃんがデッキ破壊を使う理由って、先生を倒すためだったんだ」
「あと蛇って可愛いじゃん」
「「……」」
舞と智代は同時に目を逸らした。
蛇とかトカゲ大好き(元)女子高生、天川卯月。
理解者は、少なかった。
「舞は今日出るの?」
「ごめーん! 今日は家でしゅぎょーなの!」
申し訳なさそうに謝る舞。
両親がパティシエでかつ、舞自身も将来はパティシエ志望。
なので定期的に両親から修行をつけてもらっているのだ。
「じゃあ仕方ないか。智代、学校終わったら直接行っていい?」
「うん、いいよ!」
「今日の企画は?」
「なにもないから雑談枠だよ」
「それアタシ必要?」
とはいえ無茶な企画に巻き込まれるよりはマシだと考える卯月。
その脳裏には以前の配信で巻き込まれた「闇鍋完食企画」での悲劇が浮かんでいた。
なお完食には失敗した模様。
「じゃあ智代は何か話題考えといて。アタシは頑張って合わせるから」
「ありがとう卯月ちゃん」
前とは違う、少し変わった中学校生活。
なんだかんだで楽しむ卯月は、放課後の配信参加を楽しみにするのであった。
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