第十二話:少し変化した日常

 日常の変化というものは常に起きるものである。

 学校生活は相変わらず、色々と慣れないものだ。

 妙な取り巻きができたり、女子が来たり。

 サモンファイトをしようと思っても、逃げられる毎日。泣くぞ。

 とは言っても、サモンの相手に関しては新しくできたわけなんだが。


 『校内サモンランキングトーナメント』まで、あと二週間。

 あれから俺は特訓という名目で、赤翼あかばねさんの対戦相手をこなしていた。

 昼休みや放課後に、適当な場所を見つけては二人でサモンファイトをする日々。

 そう書くとなんだかロマンスを感じる自分がいる。


 まぁそれはさておき。

 赤翼さんの成長は目覚ましいものがあった。

 元々〈聖天使〉のデッキを使っていた事もあってか、俺が渡したデッキにもすぐに順応していった。

 ただし、問題点があるにはあるんだけど。


「〈キュアピット〉で、天川てんかわくんに直接攻撃します!」

「〈コボルトウォリアー〉を破壊して、魔法カード〈トリックミラージュ〉を発動。戦闘ダメージを跳ね返すな」

「きゃあ!」


 小さな天使が射った矢を、魔法効果で出現した鏡が跳ね返す。


 ソラ:ライフ1→0


 ツルギ:WIN


「あうぅ、また負けました」

「勝ちを焦りすぎだ。相手の手札枚数は可能性の数だぞ。もう少し警戒しなきゃダメだ」

「はい……」


 しょんぼりと俯く赤翼さん。

 腕は良いのだけど、どうも肝心な場面で焦ってしまう癖がある。

 それが原因で、練習試合でも勝ちを零す事多数なんだ。


「プレッシャーがスゴいのは理解してるけど、動揺は隙を産むんだぞ。冷静に、落ち着いてプレイしないと」

「うぅ、耳に痛いです」

「痛く言ってるからな」


 俺の教育は厳しいのだ。

 鞭は教え子への愛です!


「そういえば赤翼さん、SRのカード入れてたよな」

「はい、1枚だけ」

「使ってるところ一回も見たことないけど、なんで使わないんだ?」


 引き当てられないのだろうか?

 そんな事を考えていると、赤翼さんはポツリポツリと語り始めた。


「使う勇気が、出ないんです」

「使う勇気? なんのこっちゃ」

「使いこなす自信が無いとも言います。大事なカードだから、ちゃんと使いこなしてあげたいんですけど……私には難しくて」


 赤翼さんのSRカード。

 川から回収した時に一瞬見たから、何のカードかは覚えている。

 アレはそんなに扱いの難しいカードでは無いはずなんだけどな。

 ただ、赤翼さんの様子から察するに何か事情があるのだろう。


「うーん、そんなに難しく考えなくても良いと思うけどな」

「難しいですよ。私のわがままですけど」

「カードの使い方は実戦の中で学ぶのが一番だ。そのカードも使わない内はどうやったって赤翼さんに馴染まない」

「……はい」

「それにさ、前にも言ったけど赤翼さんは筋がいいんだ。〈聖天使〉のカードなら、きっとなんでも使いこなせるさ」


 それは本当。

 赤翼さんは本当に筋がいいんだ。教え甲斐がある。


 赤翼さんは自分のデッキに目を落として、黙ってしまう。


「赤翼さん。もし自信が無いなら、もう一戦しようぜ」

「天川くん」

「言葉でどうこうするより、俺達サモンファイターは戦いの中で語り合うのが一番だろ」

「……そうですね」


 表情が少し明るくなった赤翼さん。

 デッキを召喚器にセットして、戦う準備をする。


「天川くん、もう一戦お願いします!」

「そうこなくっちゃな」


 さぁ戦おう。そして語ろう。

 俺と赤翼さんの対話じゃない。赤翼さんとデッキの対話だ。

 俺の仕事はそのお手伝いをするだけ。


「「サモンファイト! レディー――」」


 ファイトを始めようとしたその時だった。

 キーンコーンカーンコーン。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いてきた。


「放課後までお預けですね」

「不完全燃焼だ」


 だが仕方ない。

 俺と赤翼さんは急いで教室へと戻るのだった。





 懐かしくも退屈な午後の授業が終わり、放課後になる。

 さぁ、大変な時間が始まるぞ。


「天川君、今日私達と一緒に遊ばない?」

「悪いけど先約があるんだ」

「天川君、だったら私と!」

「ごめんなさいだ」

「あの、天川君、これ読んでください!」

「本当に悪いけど、今サモンが楽しくて仕方ないんだ。ごめんなさい」

「天川ァァァ! サモン部に入ってくれー! お前なら今すぐレギュラーになれるぞ!」

「放課後自由に動きたいのでパス」


 数多の女子や部活勧誘やらを跳ね除けて、俺はやっと下駄箱に辿り着く。


「モテモテだな、天川」

「面倒くさいだけだよ、速水はやみ

「その言葉、あんまり大声で言うなよ。嫌味にしか聞こえないからな」

「事実を述べただけだ。むしろ代わりに対応してくれ」

「本心からだから、余計にタチが悪いな」


 それはさておき。

 速水が下駄箱で待っているということは……


「今日は勉強会の日だろ」

「あぁ〜そうだったな」

「おいおい、しっかりしてくれ」


 忘れてなんかないぞ。うろ覚えになってただけだ。


「赤翼は?」

「日直の黒板消し。多分もうすぐ――」

「お、お待たせしました!」

「来たな」

「だな」


 走ってきたのか、少し肩で息をしている赤翼さん。

 頬が軽く赤色になっていて、なんかこう……色気みたいなものを感じます。

 流石に言葉にはしないけど。

 だって赤翼さんって結構可愛いんだもん!


「ほら天川。他の子達も待ってるだろうから、早く行くぞ」

「わーってるって」

「天川くん、今日もよろしくお願いしますね!」


 二人に背中を押されながら、俺は校門を出る。

 そのまま家に向かって……は行かない。

 通学路の途中にある比較的広い公園に行くのだ。


 他愛ない談笑をしながら、目的地まで歩く俺達。

 ほんの十数分で公園に着いた。


「あっ、お兄おそーい!」

「中学生には色々あるんだよ」


 公園に着くと、我が妹こと卯月うづきが出迎えてくれる。

 その後ろには卯月の友達が二人ほど居た。


「こんばんは天川先生」

「こんばんはー!」

智代ちよちゃん、こんばんは。まいちゃんは今日も元気だね」


 黒いロングヘアで、大人しい雰囲気の智代ちゃん。

 栗色の髪で、元気の塊みたいな女の子の舞ちゃん。

 二人とも卯月の友達である。


「せんせぇ! せんせぇ! 今日はなにするのー!?」

「ま、舞ちゃん。そんな聞き方したら先生困っちゃうよ」

「ハハハ、大丈夫。だけど今日の内容はあとのお楽しみな」


 それはそれとして。


「卯月。今日は学校どんな感じだった?」

「えっ。今日は、その……」

「せんせぇ聞いてよ! 卯月ちゃん今日もサモンの授業で大暴れしたんだよー!」

「ちょっと舞、バラさないで!」

「だって本当だもーん」

「卯月ちゃん、先生泣かせてたもんね」


 泣かせる程の事をしたのか、我が妹よ。

 まぁデッキ内容知ってるから、なんで小学校の先生が泣いたのか想像はつくけどね。


「とりあえず卯月には自重を教えるべきか?」

「お兄にだけは言われたくない」


 おいおい妹よ。俺はちゃんと自重してるぞ。

 ちょっとデビュー戦で派手にやり過ぎたけど。


「で、お兄。今日は何するの?」

「今日はみんなで昨日のおさらいからだな。その後は新しいテクニックと個別指導。それから実戦」

「やったー! ファイトできるー!」


 舞ちゃんが大きな声ではしゃいでいる。

 わかるぞー。やっぱりサモンファイトは実戦が一番だよな。


「天川先生、今日もよろしくお願いします」

「中学生で先生ってのも変な感じするけどな」

「いい加減慣れたらどうだ、天川」

「そうですよ。だって天川くん教えるの上手ですし」


 慣れないものは慣れないんだよ。

 まぁ言っても仕方ないんだけど。


「じゃあ全員揃った事だし、今日も始めるか」


 これが俺の新しい日常の1ページ。

 天川ツルギによる、サモン教室だ。

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