第十三話:青空サモン教室(名称仮)

 この世界に転移してしばらくが経過した。

 その中で分かった事が色々とある。


「じゃあ昨日の復習から始めるぞ~」


 まず、この世界の人々はプレイング技術の平均レベルが低い。

 デビュー戦の時にサクリファイスエスケープで周りがやたら驚いていたのが、いい例だ。

 原因はなんとなく察している。

 カードパックの封入率の鬼畜さだ。

 バニラカードばかり出てくる世界じゃあ、高度なテクニックを覚えようにも、高度に使えるカードがそもそも手元に来ない。

 それこそ一部の金持ちしか学びの機会を得られないのだ。


「まず一つ目。サモンファイトにおいて、手札の枚数はイコール何だ?」

「はい」

智代ちよちゃん早かった」

「手札の枚数は、イコール可能性の数です」

「正解」


 当然、こんな基本的な事さえも中々学びづらい。

 そりゃあ強いサモンファイターに中々出会えないわけだ。


 で、俺は今何をしているのかと言うと……簡単に言えば異世界人を魔改造する教室だ。

 切っ掛けは卯月からの相談。

 小学校の友達に俺の事を話したら、サモンを教えて欲しいとせがまれたんだと。

 で、面白そうだから俺は乗ったんだけど……どういうことだか、速水も一緒にこの教室に参加するようになった。

 ちなみに速水曰く「受験に向けた、いい勉強になりそうだから」らしい。


「じゃあ応用編だ。自分の場にはヒット3のモンスターが1体。相手の場には疲労状態のモンスターが1体。ライフはお互いに3点だ」


 俺が口頭で告げた盤面を、皆ノートにメモしていく。


「そして自分の手札には召喚できるモンスターが1枚、相手には手札が1枚。この状況、みんなならどうする?」

「はい、せんせぇ!」

「はい舞ちゃん。答えをどうぞ」

「ブロックされないから、そのままアタックしまーす!」

「はい残念。相手の手札は防御魔法でした。返しのターンで攻撃されて舞ちゃんの負けです」

「えー」


 口を3の字に突き出して残念がる舞ちゃん。

 だがこの世界の住民としては、ごく普通の回答だ。

 しかし上を目指すなら、それでは駄目。


「今の盤面、正解を説明できる人はいるかな?」

「はい!」

「はい赤翼さん」

「えっと、自分のメインフェイズに手札のモンスターを召喚して。それから攻撃に入る、ですか?」

「正解。じゃあその理由も説明できるかな?」

「えっと……」


 流石に少し難しかったか?

 だが赤翼さんには、ここで躓いて貰っては困る。


「天川、俺が答えてもいいか?」

「じゃあ速水。どうぞ」

「相手の防御カードを警戒する必要があるからだ。仮に手札のモンスターがヒット3であった場合、そいつを召喚すれば致死ダメージを2回撃つことができる。そうなれば、相手が防御魔法を手札に持っていたとしても、確実にゲームエンドに持ちこめるからな」

「流石は速水だ。大正解」

「俺もお前に色々と叩きこまれたからな」


 眼鏡の位置を合わせながら、速水は答える。

 こいつの勉強熱心さには、俺も驚かされてばかりだ。


「あうぅ……」

「赤翼さんも、そんなに落ち込まないでくれよ」

「面目ないです」


 俺からすれば全部基本的な知識&テクニックだ。

 だけど赤翼さん達にはそうではない。

 これはもっと上手く教えるテクニックを、俺が覚える必要があるな。

 うん、教育者の魂に火がつきそうだ。今の俺、中学生だけど。


「次はもっと分かりやすく……テキストとか作ってみるか?」

「天川、どうした」

「ん、いや。なんでもない」


 さて、この青空サモン教室(名称仮)を始めて一ヶ月くらい。

 色々と俺の知るテクニックを伝授してきた(基礎的なものだけど)。

 智代ちゃんや舞ちゃんは、小学校での勝率が劇的に上がったらしい。

 速水は「お前は何故これで金を取らないんだ」と不思議な事を言ってくる。


 で、赤翼さんはと言うと。


「相手の場、相手の手札、お互いのライフ差に自分の戦略をする余裕……うぅ、考えることが多すぎます~」


 随分苦戦はしているようだ。

 まぁ、メインであるデッキの使い方に関してはかなり成長してくれてるんだけどな。


「天川くん! もう一度説明お願いします!」

「了解」


 勉強熱心なのは、赤翼さんもだな。

 これは将来成長するぞぉ。


「……」


 なんか卯月が赤翼さんを見ている気がするけど……どうしたんだ?


 まぁ、それはさておき。

 今日もサモンのお勉強会です。


「じゃあ今日は、各種アドバンテージについて学んでいくぞ」

「「はーい」」

「天川くん、よろしくお願いします」

「今日もいい勉強ができそうだ」


 なんかスゲー期待されてるな。

 今日も俺からすれば基本知識なんだけどなぁ。

 でもこうやって素直に話を聞いて貰えるの……悪くない。


「お兄。顔がキモい」


 おっと、嬉しさのあまり変な顔になっていたか。

 失礼失礼。


「じゃあ始めるぞ。まずサモンにおけるアドバンテージなんだけど――」


 夕暮れの公園で、今日も俺達はサモンを学ぶ。

 これが普通の光景として受け入れられるあたり、本当にいい世界だと思うよ。

 前なら絶対にこうはならなかった。


「で、ライフアドバンテージなんだけど。これは一部のデッキを除いてあまり重視しなくていい」

「えー、せんせぇなんでー?」

「そうだ天川。ライフが尽きれば敗北してしまうぞ」

「そこだよ速水。ライフは0になったら負けるけど、1以上残っていれば基本的には負けないんだ。だから勝つためにライフを投げ捨てるのは、戦略としては大いに有りなんだよ」

「なるほど」

「ま、中には例外もある。赤翼さんのデッキとかな」


 赤翼さんのデッキはライフ量が多い程に強くなる特徴がある。

 何事にも例外があるという、いい例だ。


「次に墓地アドバンテージについて。これは――」


 こうして解説する事で、自分自身の復習にもなるから、勉強って大切だ。

 俺は各種アドバンテージやテクニックに関する知識を解説した後、実戦演習に入る事にした。

 ある意味では、皆が一番待ち望んでいた時間かもしれない。


「じゃあ対戦相手はくじ引きで決めるぞ。卯月と俺は個別指導組な」

「なんでアタシまで」

「お前は教える側レベルの知識持ってるだろ」

「お兄に叩きこまれただけだけどね」


 文句を言う卯月を無視して、くじを引いてもらう。

 結果的に、組み合わせはこうなった。

 速水VS智代ちゃん

 赤翼さんVS舞ちゃん


「じゃあみんなは最大限の力を出して戦ってくれ。気になった所があれば俺と卯月がアドバイスするから」

「じゃあみなさーん。始めてくださーい」


 どこか気の抜けた卯月の声で、四人のファイターが戦い始めた。


「「「サモンファイト! レディー、ゴー!」」」


 召喚器から迫力ある立体映像が東映される。

 それが四人分ともなれば迫力は凄まじい。


「何度見ても、感動だなぁ」

「ねぇ、お兄」

「なんだ卯月?」

「なんで赤翼さんにデッキあげたの?」


 随分と唐突な質問だな。


「そりゃあお前、赤翼さんがデッキ失って困ってたからだよ」

「下心ありそう」

「んなもんねーよ。疑り深いなぁ」

「疑いもする。だって、この世界のカードの価値を考えてよ」

「まぁ、確かにレアカードも結構入れちゃったけどさぁ」

「やっぱり下心? やらしいやつ?」

「だから違うって」


 兄を信用しない妹だ。

 だけど何となく言いたい事は分かった。

 何故高価なものを軽々しくあげたのかと言いたいのだろう。


「俺はただ、赤翼さんが困ってたから助けただけだ。変な事は考えてない」

「本当に?」

「ホントだ」

「……本当に善意なんだ」

「最初からそう言ってるだろ」


 一応納得はしてくれたのか、卯月はため息を一つつく。


「人が良いというか、人を疑わないというか」

「なんだよ卯月」

「アタシから見たら、今のお兄って体よく利用されそうで怖い」

「そこまで間抜けじゃないぞ」

「まぬけっぽい」


 酷い言われようだ。


「はぁ。そんなに心配しなくても大丈夫だって」


 そうこう言っている内に、四人のファイトも進んでいた。

 おっ、プレイミス発見。


「ちょっと個別指導してくる」

「いってらー」

「赤翼さーん! 今のとこだけど――」


 俺は赤翼さんに個別指導をする為、小走りで行った。

 その時だった。後ろから卯月の声が微かに聞こえた気がした。


「……やっぱり、アタシが嫌われ役しなきゃかなー」





 ファイトが終わり、反省会。

 それも終えた俺達は、時間も遅いので解散する事にした。


「じゃあ今日の勉強会はここまで」

「先生、ありがとうございました」

「せんせぇ、またねー!」

「二人とも気を付けて帰れよー」


 女子小学生二人を見送ると、速水が声をかけてきた。


「相変わらず、この集まりはいい勉強になる」

「なら嬉しいよ。強いファイターが生まれる事はいい事だ」

「俺も早く、天川に勝てるようにならなくてはな」

「そう簡単に勝たせる気はないぞ」

「承知の上だ」


 お互いに不敵な笑みを浮かべる。

 こういうのって、男の手のロマンだよね!


「む、俺もそろそろ塾の時間だ」

「多忙だな~」

「今日はこのあたりで失礼させてもらうよ。次の勉強会も楽しみにしてるぞ」


 そう言い残して、速水も公園を後にした。

 残されたのは、俺と卯月と赤翼さん。


「時間もあれだし、俺達も帰るか」

「そうですね」

「あっ、ちょっと待って」


 返ろうとしたところで、卯月のストップが入る。


「ねぇソラさん。女の子同士でちょっと話したい事があるんだけど、付き合ってくれる?」

「おいおい卯月。もう時間も遅いだろ」

「卯月ちゃん、私は大丈夫ですよ」

「ありがとソラさん。というわけで、お兄は一人で帰って」

「扱い雑だなぁ」

「大丈夫ですよ天川くん。もし遅くなったら私が送りますから」

「そういうこと。女子会の邪魔しないでよね」


 うーん、なんか心配といか……虫の知らせがある気がするというか。

 卯月が何かやりそうで怖い。


「卯月……赤翼さんに変なことすんなよ」

「はいはい」

「じゃあ俺は先に帰ってるからな」


 なんか胸がざわめく気がするけど。

 俺は二人を残して公園を後にした。

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