第四十三話:ふざけた提案

 JMSカップ本戦トーナメントが開始した。


「〈ファブニール〉で攻撃!」

「ぐわぁぁぁ!」


「やれ! 〈スチーム・レックス〉!」

「きゃぁぁぁ!」


「お願いします! 〈【天翼神てんよくしん】エオストーレ〉!」

「む、無念」


 俺達チーム:ゼラニウムは順調に勝ち進み、無事決勝戦への切符を手に入れた。

 さて、問題はFairysの皆様だけど……


「どうだ、速水はやみ

「流石と言うべきだな。ややこしい事情があるとはいえ、実力は確かなファイターだ」

「アイちゃん達も決勝戦に進みましたよ」


 控室のモニターで、Fairysの試合を見る俺達。

 向こうも無事勝ち進んだようだ。

 これで約束は果たせる。それだけは安心だ。


 問題は、アイ自身の心だな。

 なんとかファイトまでは漕ぎつけたけど、作戦を上手く成功させられるかはまだ分からない。

 だけど、それでも俺は、アイとファイトをしたい。

 アイに、サモンの本当の楽しさを思い出してほしいんだ。


「決勝戦開始まで、まだ時間があるな」

「ま、のんびり待とうぜ」


 俺がソファに沈み込みながら、そう言った時であった。

 控室の扉をノックする音が聞こえた。

 なんだよ、来客多過ぎだろ俺らの控室。


「ミオさんと夢子ゆめこさんでしょうか?」

三神みかみ博士の可能性もあるぞ」

「俺が出てくる。ちなみに俺は新顔の可能性に賭けてみよう」


 とりあえず俺は控室の扉を開ける。

 扉の向こうに立っていたのは、黒いスーツに身を包んだ壮年の男性。

 うん。賭けは俺の勝ちだな。

 それはともかく……


「えっと、どちらさま?」

「初めまして。私はFairysフェアリーズのプロデューサーをしている黒岩という者です」


 黒岩。その名前が聞こえた瞬間、俺の警戒心は頂点に達した。

 この男が、目の前にいるこの男が、アイを苦しめているのか。

 俺はとにかく平然を装って対応する。


「で、そのアイドルプロデューサーさんが何の用で?」

「いやなに。君たちと少しお話をしたくなってね」


 異変に気付いた速水とソラも奥から出てくる。


「ツルギくん。その人は」

「Fairysのプロデューサーだってさ」


 俺の端的な説明で、二人は全て察したらしい。

 背後から凄まじい警戒心を感じる。


「で? 俺らみたいな普通の中学生に、どんなお話を?」

「うーん、そうだね……単刀直入に言えば、次の決勝戦で君たちに負けて貰いたいんだよ」

「は?」


 何を言ってるんだコイツは?


「私のFairysは今まさに最盛期を迎えていてね。このJMSカップで華々しく優勝すれば、その人気も更に上がるというものだ」

「で、俺達に負けろと? そっちの営業の都合で?」

「勿論ただでとは言わない。1勝2敗で負けて欲しいんだ」


 それとこれは……と言って、黒岩は1枚の紙を取り出した。

 これは……小切手だな。


「好きな金額を書いてくれたまえ。対価はきちんと支払うよ」

「さっきから聞いておけば貴様ッ! 俺達サモンファイターを何だと思っているんだッ!」


 流石に速水も怒り心頭してるな。

 言葉にしてないけどソラも同様。

 まぁ俺もなんだけどな。八百長なんて冗談じゃない。

 あと小切手とかしょぼいもん持ってくんな。こちとらカード資産なら世界一を自負してるわ。やや反則技だけど。


「速水、落ち着いてくれ」

「だが天川てんかわ!」

「黒岩さん、だっけ? その交渉なんだけどさぁ」


 俺は黒岩から小切手を受け取り、そして……


「論外だ」


 派手に破り捨てた。


「俺達は今、この大会を金のために戦ってるんじゃない。誇りと魂のために戦ってるんだ」

「……君達は、チャンスを捨てると?」

「チャンスにすらなってねーよ。ノイズだノイズ」


 何よりアイを苦しめた罰だ。鼻っ柱へし折ってやる。

 俺達は静かに黒岩を睨みつける。


「他に、用はあるのか?」

「……いや、無いね。これで失礼させてもらうよ」


 そう言って踵を返す黒岩。

 不気味なくらいあっさりと手を引くんだな。


「せいぜい後悔するんだな」


 去り際、黒岩は何かを呟いた気がしたけど、よく聞こえなかった。

 去り行く黒岩の背に中指をこっそり立てる。

 俺は控室の扉を閉めて、中に戻った。


「噂に違わぬ最低な男だったな」

「だな。八百長疑惑ってやつも疑惑じゃないんじゃないか?」

「最低な人でしたっ! むかむかします!」


 頬をぷくーっと膨らませて怒るソラ。

 なんだかフグみたいで可愛いな。


「天川、赤翼あかばね! あんな男には絶対に負けないぞ!」

「はい! がんばります!」

「いや、戦う相手はFairysの三人だからな」


 間違っても黒岩は選手じゃない。

 まぁ精神的な話なのかもしれないけど。

 うーん、そう考えたら少し苛立ちが残っているな。いけないいけない。


「悪ぃ、俺ちょっとトイレいってくるわ」


 流石に少し頭を冷やさないとな。

 カードゲーマーは冷静さが大切な武器だ。

 俺は控室を後にして近くにあるトイレに向かった。





「ふぅ~スッキリした~」


 トイレは良い。トイレは心を潤してくれる。

 人類が創り出した最高の文明だよ。


 トイレから出た俺がハンカチで手を拭いていると、声をかけてくる人物がいた。


「あっ、天川ツルギ選手ですか!?」

「はい、そうですけど……スタッフさん?」


 公式キャップとジャンパーを着ている男性。

 うん、間違いなく会場スタッフの人だ。


「選手登録の書類で確認したい事があります。お手数ですが、一緒に来てもらってもいいですか?」

「え? はい」


 何か不備でもあったのかな?

 俺はスタッフさんの後をついて行く。

 小走り気味に進む俺達。決勝戦ももうすぐだから、早く済ませたいな。


 最初は人通りのある場所を進んでいたけど、どんどん人気は無くなっていく。

 辿り着いた場所は、大きな機材倉庫のよな場所の前だった。

 扉も開いている。


「ここで確認するんですか?」

「はい。個人情報ですので」


 色々大変だな。

 まぁ、さっさと終わらて控室に戻るか。


 俺がそう考えた次の瞬間であった。


 ドンッ!


 誰かが俺の背を強く蹴り飛ばした。

 

「痛っ!? え!?」


 何が起きたんだ?

 蹴り飛ばされた時の衝撃で、俺は倉庫の中に入ってしまう。

 誰がこんな事をしたんだ?

 俺は犯人の顔を確認しようと、急いで振り返る。


「え!? お前は」


 勢いよく閉められる倉庫の扉。

 その隙間から一瞬見えたのは、下卑た笑みを浮かべている黒岩の姿であった。


 バタン! ガチャン!


 倉庫の扉が閉められて、鍵がかかる音が聞こえる。

 オイオイオイ、嘘だろ!?

 俺は遅いで扉を開けようとする。


「クソっ! 開けろ! 開けやがれェ!」


 扉を激しく揺らすが、開く気配は無い。

 体当たりもしてみるが、分厚い鉄の扉はびくともしない。


 これは……かなり不味いぞ。


「クソっ! 完全に閉じ込められた」


 スマホを確認するけど、まさかの圏外。

 召喚器の短距離通信機能も同様だ。

 これじゃあ助けも呼べない。


「どうする……決勝戦は、もうすぐ始まるんだぞ」


 俺、とんでもないピンチに陥ってしまった。

 

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